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神石高原は夏の落雷の多い地域で、雷を神として祀る神社がある。
この大樅もそうで、「避雷針」としての役目を果たしていたらしい。
ほかにも「ヘキレイ」神社と称するものもある。
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緒川の城跡を後にして、衣が浦の対岸刈谷の亀城公園へ
そして、水野勝成が一番首を取った「長久手古戦場公園」へ
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11月17日・18日の両日、備陽史探訪の会で福山開祖水野勝成の足跡を訪ねてきました。
最初に訪ねたのは、緒川水野氏の菩提寺乾坤院
写真は、緒川城ただ一つの遺構とされる、同院の惣門です。
立派な惣門でした。
近くの「お大公園」にある緒川城主3代の墓石
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尾道市御調町大塔に残る山城跡。
北向きの標高340メートルの山頂に南北方向に曲輪が連なる。
山深い里の、更に奥の山頂に築かれ山城のため、私も一度しか訪ねたことがない。
備後の山城の中でも、攻略の難しい山城の一つである。
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庄原市比和町森脇の禅宗永昌寺の境内に残る自然石の墓石。
『芸藩通志』に、「森脇豊前元定墓 森脇村永昌寺境内にあり。碑面に法鏡院殿前森光正忠覚頭現居士と刻す。是錦山城第一世なり」、とあるものである。
限界集落の廃寺寸前の荒れ寺に建つ姿は、栄枯盛衰を感じさせる。
文字は微かに読める
永昌寺全景、無住になって久しいようである
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