|
福山市熊野町、日蓮宗常国寺の寺宝「日親自筆曼荼羅本尊」
常国寺は、山田(熊野町)一乗山城主渡辺越中守が、日親を開山として開基した寺と伝えられてきた。
だが、日親から下賜されたという曼荼羅本尊には、はっきりと
「宮長門民部左衛門尉信定戒名定親与之」とある。
やはり、以前から言われてきたことだが、常国寺は「宮信定が創建し、渡辺氏が受け継いだもの」とした方が良いようである。
因みに、原文にははっきりと「宮長門民部左衛門」とあり、俗伝の「宮近門」は長門の読み誤りであったことが分かる。
全体
はっきりと「宮長門云々」と読める
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
福山市蔵王町の「坂本共同墓地」の一番上に建つ墓石。
正面に
「小川大膳亮国家墓」とあり
側面に
「備之後州深津郡市邑 蔵王山下城」
「明応二年癸丑之歳退去 同三年甲寅三月二十八日没 施主福山道三町 文政七年甲七月小川文六国安」
とある
蔵王山下城、小川大膳亮共に、現在正体不明である。
正面
側面
|
|
福山市柳津町の橘神社
旧村社で、柳津村の鎮守。
橘逸勢の娘がこの地に来り、父の霊を祀ったのが起源と伝わる。
「柳津」が古くからの港湾集落であったことを示していよう。
|
|
各地に「長者屋敷」と称する場所があるが、これは神石郡西北部の古川にある長者屋敷である。
随分昔に訪ねた時は、ちゃんと土塁や堀跡が残っていた。今わどうか分からない。写真では分かりずらいので30年前に作成された旧神石町の遺跡カードの該当部分を掲載する。
手前が堀跡
旧神石町の「山城調査カード」より
|
|
神石高原町相度にある曹洞宗の古刹
寺伝によれば、応永年間(15世紀初頭)、近くの須子山城主宮下野守政盛が、丹波円通寺六世慈伯道順禅師を開山に請じて、開創したことに成っている。
だが、宮下野守政盛は15世紀末から16世紀前半活躍した人物。
この1世紀近い「乖離」は何を意味するのか?
或いは、別の記録に「盛政」とあり、こちらの方が正しいのかもしれない。
|






