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尾道と林芙美子
昭和の女流文学に一時代を築いた林芙美子【1903〜1951】は、生まれこそ別の場所だが、その文学は間違いなく尾道の風土と生活の中ではぐくまれたものである。
尾道の「ええもん」持光寺山門
芙美子が尾道に移り住んだのは大正4年【1915】、13歳の時のこと。
行商をしていた父が汽車の窓から顔を出して、「祭りでもあるらしい、降りてみんかやのう」と言ったのがそのきっかけであった【風琴と魚の町】。以来大正11年【1922】、上京するまでの7年間、彼女はここで育ち、多感な少女時代をおくるのである。
芙美子が文学的な才能を開花させるのには尾道の人々の温かい人情があった13歳で小学校の5年生に編入した彼女は、ここで生涯の恩師小林政雄先生に出会う。芙美子に豊かな文学的センスを見いだした小林先生は、強く進学を進言。
貧しい中で尾道高等女学校【現尾道東高】に進学した彼女はここでも多くの素晴らしい先生や友人に巡り会い、感性を磨いて行った(田口義之「備後の歴史と人物」)
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2012年05月25日
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