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消えた村
7月3日から4日にかけて、テレビや新聞で、鞆の埋立架橋推進派の住民が県庁に押しかけて、知事が埋立架橋を撤回したことに対し、猛抗議を行なったことを報じた。その数150人余、白髪交じりの頭が並ぶ様子は鬼気迫るものがあった。
彼等の言い分も分らないではない。30年に渡った論争は常に埋立架橋派が多数を占め、行政もそれに沿って動いてきた。
県庁に押しかけた住民たちの年老いた顔を見ると、彼等の苦悩が良く分る。この30年の間に鞆の人口、中でも若者の人口は急激に減り、祭りの山車さえへも町外の若者の力を借りなければ儘ならない有様となっているのだ。鞆の埋立架橋問題の裏には、この「人口減少」と「高齢化」という切実な問題が横たわっていることを忘れてはならない。
「人口減少」と「高齢化」は鞆だけの問題ではない。福山市内でも市街地以外ではどこでも抱えている深刻な問題である。その象徴的な言葉が「限界集落」「消えた村」だ。
この連載でも度々この問題を取り上げて来たが、関心を持つにつれ、如何にそれが急速に進みつつあるか、実感として迫ってくる。
殆ど無人となった「横内」集落
芦田町上有地の「横内」は、福山市の西北を画す大谷山山系の真っ只中にあって、かつては新市方面から尾道への往還沿いの集落として栄えたところである。行ってみると、家はあるにはあるが「人影」がない。様子を聞いてみると、殆ど離村して今は無住だという。こうした実例は多く、これから急速に増えるだろう。
いずれも、社会の変化によって、住みづらくなり、やむを得ず離村し、無人の村となったものである。
鞆の人口減少、高齢化もそうした消えた村々の例と同じで、それを一層大規模にしたものに他ならない。鞆はかつては瀬戸内海の要港として繁栄を極めた。江戸時代、福山城下の町人人口が1万人前後であった頃、鞆町の人口はそれに匹敵する7千人から8千人であった。明治維新後、汽船の発達によって港としての繁栄は衰えたが、鞆鍛冶から発展した鉄工業が栄え、それは高度成長期まで続いた。
倒壊寸前の四ツ堂
だが、今はかつての繁栄はない。鞆鍛冶の伝統を継ぐ鉄工団地の工場群も火が消えたようである。結果、若者は職を求めて町外に去り、町は火が消えたようになった。人々はその原因を「道路」に求めた。埋立架橋が実現すれば、また若者は町に戻り、町は活気を取り戻すだろう。しかし、この考えは誤りである。町に魅力がなければ人は寄り付かない。鞆がかつての繁栄を取り戻すには、鞆自身の魅力を高める以外ない。それは、観光だ。今回の知事の決断は、頭を切り替えるいいチャンスだ。(中国ビジネス情報2012・7月20日号田口義之「話題を追う」)
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話題を追う
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「平清盛」に期待する
相変わらずTPPの是非を問う論議が喧しい。野田総理のAPECでの発言を問題とする声が多いが、やはり、ここは国民にその必要性を明示し、信を問うべきだと思う。
ここのところ政治の話題ばかりを取り上げて来たが、今回は、もう少し身近なやわらかい話題を俎上に載せたい。
福泉坊(沼隈町)にある平通盛の愛妻「小宰相」の墓 私が今気になっているのは、来年のNHKの大河ドラマに対する我々福山の取り組みだ。来年の大河ドラマが「平清盛」に決まった時から聞こえてくるのは、県内や各地の関係自治体の盛り上がり振りだ。音頭の瀬戸のある呉市や宮島のある廿日市市では来年の観光客の増加を見越して準備に余念がない。
わが福山市はどうか…。一昨年の「龍馬伝」でのフィーバー振りと比べると、全く関心がないようである。平清盛の放送を機会に観光客を呼び込もうとする気配は今のところ見られない。
NHKの大河ドラマは全国各地のヒーローを取り上げ、舞台にするところから、地域の活性化の材料とされることが多い。現に福山市でも、龍馬伝では鞆が「いろは丸事件」の舞台の一つになったことから、官民一体となって盛り上げ、鞆に観光客が押寄せたことは記憶に新しい。
では、来年の「平清盛」は福山と全く無縁かといえばそんなことはない。大いに関係があるのである。何しろ、平家は瀬戸内海地方を勢力の基盤とした「武家の棟梁」だ。無縁のはずがない。
史実で確認されるのは、「敷名の泊」(福山市沼隈町常石)だ。「泊」とは港を意味する言葉で、『平家物語』では特に清盛が娘婿高倉上皇のためにしつらえたもので、上皇の厳島行幸の際にはその見事な「藤の花」が上皇の目に留まったとある。さらに敷名の泊のある沼隈町の南部には平家関係の史跡や伝説が点々と残っている。常石の隣の沼隈町能登原は平家の武将能登守平教経が陣を張った場所と伝え、近年まで教経が弓を掛けたという「弓掛け松」が存在し、国の天然記念物に指定されていた。能登原の地名が「能登守」に因むことは言うまでもない。
龍馬伝で沸騰した鞆の浦も平家に因む史跡や伝説が多いところである。小松寺は平清盛の長男平重盛の創建と伝え、境内の古松は「小松内大臣お手植の松」として古来有名であった(今は無いが…)。また、『平家物語』には鞆六郎なる平家の侍も登場し、ここが平家の重要な港湾であったことを思わせる。
ドラマで身近な地域や人物が取り上げられることは、今まで身近な問題に関心の薄かった住民に、改めて地域の話題に関心を持ってもらう格好の材料となるものだ。それは龍馬伝で実証済みだ。せっかく来年再び身近な題材がドラマに取り上げられるのだ。利用しない手はない。 |
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最近立て続けにJR福山駅前の話題が新聞をにぎわせた。
一つは福山市が建設した福山駅南口の地下送迎場の利用が予想に反して伸び悩んでいるという話題だ。新聞報道によると、7月1日にオープンした地下送迎場の利用者は、1日2200台の利用を見込んでいたものが、約14%の300台にしか達していないという(8月末現在、中国新聞9月13日朝刊による)。
市は地下送迎場の利用が伸び悩んでいるのは、市民に対する周知が徹底していないことと、駅前の整備計画が完成していないためと説明している。
確かに、施設は完成したが、関連する道路の整備が未完成だということもあろう。私も試しに2度ほど地下送迎場を利用してみたが、入る際はまだしも、出口には信号もなく、市が配置しているガードマンの誘導が無ければなかなか出れないという不便さもある。だが、実際の利用者が見込みの14%にしか達していないという現実は、こうした理由以外、もっと根本的な原因がありそうである。それは、市民がこの地下送迎場を欲していたかどうか、という問題だ。市は真に市民の利便性を考えてこの地下送迎場を建設したのか。地下に眠る福山城の遺構の一部を破壊してまで建設した地下送迎場だ。作ってみたが市民は利用しないでは、市の責任が問われても仕方あるまい。
もう一つは、少し古くなってしまったが、駅前の顔の一つであった「キャスパ」が2012年1月末をもって閉鎖されるという衝撃的な話題だ。なぜ衝撃的かといえば、これで駅前の大規模店舗は天満屋だけとなり、折角整備されつつある駅前が益々バスとタクシーだけの無機質な空間になってしまうことだ。「アイネス」があるではないかという反論もあるかもしれないが、今のところアイネスが人で賑わう空間になる気配はない。
こうした駅前の空洞化は、今に始まったことではなく、また福山だけの現象ではない。地方都市がモータリゼーションに呑みこまれて行く段階でどうしても乗り越えなければならない課題であった。
この課題は、少々駅前を整備したり、地下送迎場を作ったりするだけで解決できる問題ではない。もっと大きな構想と都市計画が必要である。
「駅前」をどうしたいのか。人で賑わう空間にしたいのか、それとも市が現在進めているような「交通の結節点」で、合理的な駅前にしたいのか…。
二兎を追うもの一兎も得ずで、この二つを両立させるのは至難である。「賑わい」を求めるならば、多少の不便さは我慢して、人が集まる空間を造らなければならない。幸い伏見町の再開発はまだ計画段階だ。どんな街にするのか、大いに議論すべきであろう。〈中国ビジネス情報10月1日号、田口義之「話題を追う」より〉 |
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今日は地方議会の在り方について考えたい。地方議会でいつも議論されるのは議員の「報酬」の問題だ。この問題について、先日、広島県の西端に位置する大竹市議会で、注目される採決があった。
市議の期末手当の額を「月額報酬を20%加算した上で支給月数を掛ける」と定めた条例の改正を求め、大竹市の市民団体からあった直接請求に基づく提案を、賛成少数で否決したのだ。
「財政状況は極めて窮状、非常勤の議員報酬は見直すべき」との呼びかけで集まった有効署名は4039名。その市民の声を、議会は賛成少数で否決してしまったのだ。
採決に先立って討論があり、賛成3人、反対5人の計8市議が意見を述べたという。賛成派は「この半年間で議会が開催されたのはわずか20日間」と指摘、「議員活動と手当が見合うものなのか」と疑問を呈した。反対派は「議員定数を減らすなどし、総経費を削減している」など反論があったという。
全国各地の地方議会で、議員報酬を見直す動きは多い。名古屋市議会は、改選で河村市長派が大勝し、報酬を半減する条例が可決された。それでも年収800万というのだから、一般市民にとっては雲の上の存在だ。
全国804市の平均報酬月額は、議長51、79万円、議員42、05万円。人口5万人未満の254市に限ると議長40、79万円、議員32、67万円となる(09年末現在、全国市議会議長会調べ)。これに対し人口2万8949人(4月1日現在)の大竹市は議長47、3万円、議員37万円で、若干高めと言えようか…。それにしても、報酬を下げようというのではない、単に期末手当の加算を廃止しようとするだけでこの有様だ。
一体全体、地方議員のこの「専業化」は正しい傾向なのだろうか。議員を職業にしてしまえば、その報酬で生計を立てなければならない。そうなれば報酬は多ければ多いほどいい。
だが、一般常識からして、年間1、2ヶ月の活動で一般人より高い月収をもらうというのは異常である。非常勤の特別公務員というなら、外にも「保護司」「民生委員」の皆さんがいるが、報酬をもらっているとは聞いていない。自治会などの役員さんも、会長クラスになると多忙であるがボランティアが原則だ。ヨーロッパの地方議会では議員は原則無報酬と言うところもあると聞く。
我々は今一度、地方議会のあり方を議員の報酬を含めて見直すべきである。
なぜ市会議員に何十万円もの月額報酬を渡さなければならないのか。
その上、「政務調査費」なる意味不明のお金も出ていると聞く。
金になるから金を出しても議員になりたい。この悪循環を断ち切らねば地方議会の未来はない。
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消えていく村
「限界集落」という言葉が紙面に踊るようになって久しい。だが、そうした地域に足を踏み入れることのない方にとっては、実感の涌かない言葉でもある。
しかし、確実に人影の無い村が増えているのは事実である。
柏観音堂山を望む
先日、取材で新市町の「柏」と言う小さな集落を訪れた時のことだ。この山中の集落は市街地から遠く離れているわけではない。福山市新市支所から東北に直線距離で約3キロ、JR福塩線戸手駅から北に3キロほど歩いたところにその村はある。
室町時代、備後最大の勢力を誇った宮氏が本拠を置き、度々合戦の舞台となったところだ。ところが、そこに行こうと思っても道らしいものが無い。以前訪ねた記憶を頼りに、北の大森から目指そうとしたら、舗装は無くなり通れそうに無い。仕方が無いので戸手から北に向かい、やっと目指す柏に到着した。
柏の現状
車を降りて散策したが、人影は見られない。20軒ばかりの家並みは残っていたが、どの家も荒れ果て、限界集落どころか、「消滅」寸前の様相である。
また、帝釈峡の犬瀬からを油木に向かった時のことだ。しばらく行くと、道の両脇から雑草が押しかぶさるように盛り上がり、車はその間をやっと通れる有様だ。私はこのとき心底から恐怖を感じた。帝釈の自然が好きなこともあり、この道は年に1度は通る道であった。途中に農家が点在する牧歌的な風景は道行くものを和ませてくれた。その風景がここに来て一変してしまった。理由は明白だ。人がいなくなったのだ。かつては村普請で道端の草刈などされていたものが、いまや放置され、小型車がやっと通れる始末だ。
実際、こうした中山間地域の荒廃振りを目の当たりにすると、何とかしなければならないと言う強い思いがこみ上げて来る。
人が住まなくなった理由は明白だ。現代生活を営む場所としては余りに不便だからだ。近くにコンビにもないし病院も遠い。
しかし、こうした限界集落や無人集落が増えるのは国家的な損失である。昔から、山が河を育て、河が海を育むといわれてきた。その山を守る集落が消滅して行くのである。何れは無関係と思われていた都会の生活にも暗い影を投げかけるのは必定である。
私の考えは、こうした不便な中山間地域に、道路や施設を作るなどして無理に人々を縛り付ける政策はもう限界に来ていると思う。それより、発想を転換して、そうした地域を生活の場にするよりも、生産の場にしてはと考えている。人が住まなくなった村は、新しく特産品の栽培や生産の場としてはもってこいである。あとは、こうした地域を再開発できるように農地法を改正して意欲がある個人や企業が土地を利用できるように法整備を進めることだ。
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