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旧御調郡河辺村役場
少し前までは、歴史民俗資料館として使われていましたが
昔の建物は趣と温かみがありますね
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秘蔵の写真
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福山市金江町金見の「宮尾貝塚」
現在、丘陵の尾根上に貝層が現存する
「福山市史」上巻によると、弥生時代の貝塚で、屈葬された人骨が箱式石棺の中から出土したという
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延喜式神名帳によると、備後には17の小社がある。
備後は14郡だから、3社が余る。
それは沼隈郡に3社と、安那郡に2社あるからだ。
沼隈郡3社の内、連綿と祭祀を継承してきたのは1社だけ
それが、福山市瀬戸町長和に鎮座する比古須佐伎神社である。
かつては、彦山の山頂近くに鎮座していたが、明治中期、現在の地に移されて今日に至っている。
現在の比古須佐伎神社
かつては彦大明神と呼ばれていた
社殿から望む彦山
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世羅郡世羅町甲山の今高野山の支院安楽院の本堂である。
普通の寺院建築と違い、中世の武家屋敷の面影を伝えている。
それもそのはずで、この建物は上原氏の沼城にあったものを現地に移したと伝えている。
なお、元の建物はこの二倍の規模を持ち、その遺材は現在でも保存されており、再建可能という。
県重文安楽院本堂
現在の沼城址
安楽院本堂は、沼城の城主居館であったと言う
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広島県史跡「熊野上代土器窯址」
上代土器窯跡というと、イメージが涌き難いが、要するに古代の須恵器の登り窯の跡である。
福山市の中心から沼隈方面へ車を走らせ、旧沼隈町へ入る手前で右へ折れる
300メートルほど行った辺りの北の丘陵に窯址がある。
1200年前の窯址がほとんど完全な形で残っているのは驚異である。
窯址焚口(惜しくも少し削られている)
内部の様子、奥に煙道がある
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