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西国街道「今津宿」の本陣を勤めた河本家に残る「宿札」(関札とも言う)
「○○休」とあるところから、泊りではなく、お昼の休息所として利用される場合が多かったようだ。
備陽史探訪の会の古文書講座では9月から河本家文書を読む予定
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秘蔵の写真
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福山は足利義昭と関係が深い地域である。
市内にある「三島神社」は「そうどう神社」と訓じ、義昭の霊を祀るという。
中でも津之郷町の御殿山に鎮座する三島神社のご祭神はズバリ「足利義昭」で、本殿には義昭の木像が祀られている。少し、少し怖いお顔をした義昭公である。
因みに、御殿山とは義昭が天正9年から15年にかけて実際に居住した「御座所」の跡という
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破壊される加茂町の尾上古墳
情報を聞いて駆けつけた時は、既にこの状態
福山地方では珍しい、全長60メートルの前方後円墳であったのだが
しかも、つぼ型埴輪という、非常に古い時期の古墳に立てられた埴輪も出土したと言うのに…
平成11年(1999)6月19日に撮影したものである
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今年で35周年を迎える備陽史探訪の会
その最初の例会の写真がこれ
1980年10月26日、多分日曜日。
6人のメンバーで鞆を訪ねました。
今はもう見ることの出来ない天蓋松が写っています。
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福山市鞆町の古城山の東麓に残る庭園跡である。
庭園研究家は安土桃山時代の枯山水の庭園に間違いない、という。
鞆町の郷土史家の故池田一彦先生は、足利義昭の御座所の遺構の一部ではないかと述べられていた。
民家に庭になっているので、拝観には当家の承諾が必要である。
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