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福山市駅家町の服部本郷にある磨崖仏
服部谷の一番奥まった場所にある巨石の東面に数体の仏像が陽刻されている。
年代は不詳、判断できる方、ご教示願いたい。
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秘蔵の写真
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神石高原は夏の落雷の多い地域で、雷を神として祀る神社がある。
この大樅もそうで、「避雷針」としての役目を果たしていたらしい。
ほかにも「ヘキレイ」神社と称するものもある。
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庄原市比和町森脇の禅宗永昌寺の境内に残る自然石の墓石。
『芸藩通志』に、「森脇豊前元定墓 森脇村永昌寺境内にあり。碑面に法鏡院殿前森光正忠覚頭現居士と刻す。是錦山城第一世なり」、とあるものである。
限界集落の廃寺寸前の荒れ寺に建つ姿は、栄枯盛衰を感じさせる。
文字は微かに読める
永昌寺全景、無住になって久しいようである
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新市町藤尾は過疎の村
かつては父尾銀山で栄え、数々の史跡が残る
その鎮守が高竈(たかおかみ)神社
見上げるような絶壁上に鎮座し、水神であったことが良く分かる
社殿
神社から麓を見下ろすと
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東城町川東の西面した丘陵中腹に建つ禅宗の寺院
吉祥山と号し、宮下野守家四代、宮満重が中興したと伝える。
室町後期の住持亀渓元知は、泉州堺の海会寺の季弘大叔と親しく、その日記「蔗軒日録」に度々登場する。
戦国末期、宮氏が改易された後、東城の城主となった佐波氏によって曹洞宗に改宗され、現在に至っている。
全景
寺宝の涅槃図、天正6年の銘がある
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