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現在、広島県東部の旧備後国で最大の前方後円墳は神石高原町の辰口古墳(74メートル)ということになっている。
だが、今は破壊されて見ることが出来ない尾道市高須町の大元山古墳が全長150メートルで一番大きかったという証言がある。
大元山古墳は昭和42年の考古学年報で「全長50メートル」の前方後円墳と紹介された。
ところが、これは50は150の誤植で、150メートルの代前方後円墳であったという説がある。
証言者は今は無き備後の考古学者村上正名氏で、筆者の質問に、大元山は、隣の黒崎山(70メートル)よりはるかに大きかったとはっきり言われた。
尾道市教委のM氏も筆者に同じことを言われた。
今となっては確かめようもないが、古墳を破壊されて建設された旧浄水場の地下に、痕跡が残されているのを祈るのみである。
南から見た大元山
かつては瀬戸内海に突き出た岬で、山頂に古墳はあった。
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備後の古墳
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庄原市本村町の中国縦貫道高架下に「投石古墳群」というのがある。
横穴式石室を内部主体とした後期の小規模な群衆墳だが、その3号墳を注目したい。
何と、全長15メートルの「前方後円墳」なのだ。
そんな小さな前方後円墳があるものか、と行って見たところ、確かに前方後円墳であった。
写真では分かりにくい、と言うか、雑草を刈り取らなければ映像で表現するのは無理がある。
是非、現地に行って、足で確認してほしい。
墳丘を東から見た様子、マウンドは確認出来る
これは3号墳ではないが、「たまゆら」がはっきり写っているので紹介する
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福山市金江町、岩田古墳群の元禄塚古墳の今と昔の写真です。かつては果樹園の中にあった古墳が今では雑木林の中に埋もれています。
ほぼ同じアングルの現在の写真です。
正面の写真もアップしておきましょう
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広島県でただ一つ「石棚」を持つ横穴式石室です。
何のために設けられたのでしょうか?
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1970年代の猿ヶ馬場古墳です。
神石高原町の西南部には後期の群集墳が存在していましたが、戦後開拓団の入植でほとんど破壊され、現在残っているのはこの古墳を含めて数基のみです。
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