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エバ(命)

「アダムは女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべて命あるものの母となった
からである。主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた。」
  (創世記 3章:20,21より)

3章の初めには、蛇の誘惑(園の中央に生えている木の果実だけは、
食べてはいけない、触れてもいけないとの)に負け、神の命令を破り、
食べてしまったので、それまでは裸のままだったのに、神に知れたので、

裸の恥ずかしさを知り、いちじくの葉を身に着けていた。神はいちじく
の葉では可哀そうと、二人に皮の衣を着せたと言うことである。
アダムがエバの言うことに従ったと言い訳したが、

「何と言うことをしたのか」ととがめ、結果、女は出産の苦しみ、男は労働
と最後は塵に返る(死の苦しみを味合う)苦しみを与え・・・神は、二人を
エデンの園から追い出したとある。

この「何と言うことをしたのか」はこの後、アブラハムなどにも言われる言葉
で、何回も出てくる。蛇の誘惑とアダムとエバの違反が、人類の「罪」を犯し
たことを説明している、いわば神話的な表現である。ある教派はアダムと

エバ物語をそのまんま受け取り、計算して二人は紀元前何千年に生まれた
説いているところもある。これを「逐語霊感説」という。当然宇宙論・進化論
とは矛盾するから、進化論を教えないそうだ。そんな無理をしなくても

聖書がなぜ、神話論的な説明をするかを考え、人類が有史以来あらゆる悪
を行っているのはなぜかを考えた方がよいと思う。それだからこそ、キリスト
が現れ、福音を宣べ伝え、最後は十字架上で死に、三日目に復活したという

流れを知る方が分かりやすい。いつも言われる疑問だが、神が全能なら、
なぜ、禁断の実を食べることを阻止できなかったと難癖をつけたがる者が
いるが、それは「神は愛」であるから、罪を犯す自由も取りさらなかった。

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