デュッセル通信

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トルコ

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去年イスタンブールへ行った時、「コンスタンティノーブルの陥落」を読んでいたら、見方も変わったかもと思い、時代と位置関係を確認してみました。

まず時代

1258年、バグダッドがモンゴル軍の前に陥落

1270年、第八回十字軍の失敗

コンスタンティノーブルが陥落したのは、1453年
ビザンチン帝国が滅亡し、トルコ帝国の首都となり、イスタンブールと名を改めました。

トルコ海軍が聖ヨハネ騎士団をロードス島から去らせたのは、1522年。

コンスタンティノーブルが陥落の方が、ロードス島での戦いよりずいぶん早かったそうです。

ちなみに、ロードス島を私が訪問したのが、2006年春。駐在開始1年目の旅行で、とってもハイでした。



次に地理関係

攻防があった城壁、海の位置関係はコレ。陸側の城壁が破られたのですが、封鎖された金角湾に陸を越えて船を運んで海からも攻撃したそうです。

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聖ソフィア大聖堂を北側の丘から眺めながらワインを飲んだものです。


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しかし、陸地側のメソティキオン城壁とか、黄金門とか、金角湾は、戦いがあった場所としては見ませんでした。

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アジア側のホテルに泊まったと記憶していましたが、金角湾の北側の旧ジェノバ居住区に泊まったようです。

もし次に行く機会があれば、陸側の城壁を見てみたいものです。

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この週末、コンスタンチノーブルの陥落という塩野七生さんの本を読みました。

いまのイスタンブールがトルコに征服された1453年のお話。

一年前にトルコに行く前に読みたかった本です。



ロードス島訪問の際は、ロードス島へ向かう飛行機の中で、「ロードス島戦記」を読んだものです。

現在のヨーロッパ、特に地中海沿岸国の現在を理解するには、とっても良い本です。

楽しかったトルコ旅行も最終日。ホテル出発の11時30分まで、イスタンブールの街を散策しました。

電車で旧市街まで行き、天気が良いので、ブルーモスクにもう一度入りました。
期待通り、ブルーのステンドグラスが綺麗でした。
写真ではイマイチ、判りませんが。レンズの汚れで霞んでます。

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地下宮殿。これはかつての貯水池だったそうです。

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工具類を売っている店がたくさん。経済成長中ってことでしょうか。

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ほんの3時間くらいの間に、いろんなトルコの方に声をかけられました。

電車の中の車掌さんのような人からは、「日本とトルコは友達」と肩を組んで記念撮影。

ブルーモスクの中では、トルコ人ガイドさんから流暢な日本語で。

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街角では、今から日本に桜を見に行くと言う、やはり日本語のうまいおじさんに。
お茶までごちそうになりました。
最初は怪しい人かと思いましたが、どうも単に親日家のようです。


こんな感じで最終日は短いながらも充実。五日間の旅を無事終了しました。

おまけ
1.空港で、美人が僕の方を見てにっこりウインク。カッパドキア現象の再現かと思いましたが、後ろを見ると旦那さんらしき方が。そう、これが普通です。
2.デュッセル空港で荷物をピックアップしようとしていると、同じテニスサークルのメンバーにばったり遭遇。やはりトルコへ行っていたとか。奇遇です。
そして、数日後知ったのですが、その方は、もう日本に本帰国となってデュッセルを去ったそうです。
さらば、Hさん







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ヤズルカヤというヒッタイトの野外神殿遺跡

ヒッタイトの12神の行進 紀元前13世紀

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ここからハットウシャシュというヒッタイトの古王国の首都の遺跡です。
紀元前18世紀あたりだそうです。

このあたりは神殿と食料庫跡 だそうです。
地中に保存してあった食料などが、壺の中から発見されています。
トルコでは珍しくないそうです。

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大城塞
土に埋もれていたので、いまでも石垣が新築並みです。少し怪しいと思うのですが。
この遺跡から、エジプトのラムセス二世とヒッタイト王の平和条約が発見されたとか。
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駐車場にいた子供たち。なんだか親しみのある顔立ち。
左の少年の何か語りそうな表情。

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遺跡見物を終えて、アンカラ空港へ数時間ひた走りました。
夜9時の飛行機だったのですが、6時前に到着しそうな気配に。

ガイドさんは、ショッピングセンターに寄って行きますか、なんて話してましたが、
ここで旅のベテラン F氏、 飛行機を早めることはできないか調べてくれと依頼。

電話で交渉すると、一人30ユーロくらいで7時(だっけな?)の飛行機に変更できるとか。

空港に到着し、チケットを変更する時には、結局只で変更してくれました。

おかげでイスタンブールでケバブを食べ、その後、ビルの屋上にあるバーで、最後の夜の乾杯をすることができました。


ワガママっていう名前の店。なんの店なんでしょうか。日本語通の国です。
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バーからの夜景。ロマンチックでしたよ。
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このバーは二日前に夕食後お腹が痛くなったメンバーがトイレを探して駆け込んだ時にお世話になった店なのです。お礼のつもりで店に行ったのですが、帰りがけ、カップルが1Fのホテルロビーで、トイレは無いか、というカップルが居ました。店にとってはいつものことなんでしょうね。
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4日目
すっかりトルコファンになった私の乗せて、ミニバスは荒野を走ります。時々奇岩見物のため留ります。



これはラクダって呼ばれてます。
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最初に着いたのは、絨毯屋。HISのツアーなんですが、こういう店に寄るんですよね〜。
個人的には引きながら、トルコの文化を見学。

8人くらいの女性が伝統の絨毯織りを実演。
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この人が説明の営業マン。流暢な日本語で、「トルコの文化を見てください」「政府公認」「商売じゃない」って言う解説付きで、結構興味深い説明をしてくれました。
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その後、いよいよプレゼンテーションの本番です。
いくつもの絨毯を敷き詰めた部屋で、安物と高価な物の違いを説明しつつ、サイズもいろんなものを提案。ころころと丸く巻いた絨毯をどんどん広げていきます。

泣かせどころは、キッチンマット。奥様方、ここで「あら、いいじゃない」と思うように出来ています。
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この後シルクの絨毯なんて、超高価なものを見せて、さて商談開始です。3人くらいの日本語をしゃべる営業マンが、トーク開始!
あれれ、商売じゃ無いにしては、ずいぶんな営業です。
私はトイレなんかに行って撤退してましたが、メンバーの一人が2000ユーロくらいの絨毯をお買い上げ。私には出来ません。
そういえば前日のトルコ石の店で、買ってる人もいました。

ツアーでは、お土産屋は最小限にすべく、交渉しないといけません。ま、面白かったですけど。

絨毯屋から走ること数時間、ヒッタイトの遺跡に着きました。写真はナズルカヤという遺跡。紀元前13世紀の露天神殿にて。
ガイドさんは、やっぱり日本語ぺらぺら
つづく
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