曷不委心任去留 胡爲遑遑欲何之

Uターンラッシュに巻き込まれた…実家に帰ることしか考えてなかったOTL

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こちら↓は1997年東京再演時のパンフレット。

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まだ四季が専用劇場を持たないころで、日比谷の日生劇場を1か月以上?借り切っての公演だった。

トモコは当時、翌年の大学院の修了を控えていて、おそらく東京を離れて就職する可能性が高かったため、「ミュージカルはもう見納めかも」と考え、週に2回は、日比谷に通っていました(笑)

というのは、当時のミュージカルの東京一極集中度は、ものすごいものがあったんです。
四季はこのとき、日生劇場を数か月借り切ってレパートリーを連続上演するという離れ業をやってのけ(「クレイジー〜」のあとだったか、前だったかが「エビータ」だったと記憶)、品川キャッツは無期限ロングラン中。
そして、TBSの近くの「赤坂ミュージカル劇場」(いまは違う名前になってますが)では、これまた「美女と野獣」が無期限ロングラン中。

日生劇場にほど近い帝国劇場では「レ・ミゼラブル」をやっていて…

ミュージカル・ファンは「東京ブロードウェイ状態!!」って呼んで、祭りになってたんです。

で、当時のキャスト表がこちらでございます↓

大量に出てきたんで、適当にピック・アップ。
松下さんや脇坂さんのお名前が見えますね。

で、このキャスト表にはないのですが、サムは八巻大さんも演じていらっしゃいました。
八巻さんといっても、ご存じないかたが多いかもしれません。
一般社会で話題になったのは、元フィギュア・スケーターの伊藤みどりさんと結婚したときでしたね。すぐに離婚したみたいだけど。おそらく帰国子女でいらっしゃるのではないかと思うのですが、「ザ・リアル・アメリカン・フォークソング・イズ・ア・ラグ」での発音が際立っていたものでした。

そんで、ご覧になって分かるように、ムースを演じていたのは阿久津陽一郎!(笑)
まさか後年、エジプトの将軍になっちまうとはね。

渓なつきさんはヅカ出身で、のちに芸名を本名にあらためられました。
ヅカが、四季で舞台に立つ場合はヅカの芸名を使っちゃいかんとかうるさいこと言ったらしい。
ヅカ出身者は、鎌田真由美さんとか、前からたくさん居たのにさぁ。

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1997年東京再演にあたっては、演出の故マイク・オクレントと振付のスーザン・ストローマンが来日して、四季のキャストの指導にあたっていました↓


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この写真のインタビューで、マイクは、「例のフランス革命のミュージカル…」ってせりふを加えたときのスーザンとのエピソードを披露しています。

スーザンはそのせりふを入れることに反対で、喧嘩になったんですって。
というのは、スーザンは当時、「レミゼ」の関係者と付き合っていたんだそうです。
おそらくは、スーザンに既に惚れてたマイクが、スーザンを刺激して遊んでみたんでしょうね。
この写真の時には、もう二人は結婚していますが、マイクがあんなに早く亡くなるなんてね…

4人でプリッツ持ってます(笑)

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こちら↓は、ムースを演じる…分かりますね?(笑)

ミスター阿久津です!
ほぉんと、ぬぼーっとして、いかにもどんくさい感じだったんだよ。

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オリジナルキャストでアイリーンを演じた末次さん↓


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「美女と野獣」初演ではポット夫人でした。

飯野おさみさんの奥様、飯野めぐみさんのママです。

加藤ボビーの相手役としてはちょっととうがたった(笑)印象だったけど、「おどきっっっ」のときのあの迫力に勝るアイリーンをまだ見たことがない。特に、語頭の「お」の、あのドスの効いた響きは、まさに「姐さん」。肉感的でセクシーでもありました。

2000年の「クレイジー・フォー・ユー」福岡公演のとき(だけだと思う)、開演前に毎回、出演者のロビー・パフォーマンスがあったんです。
フォーダー夫妻が仲睦まじく腕を組んでそこらを歩いていたり、つんとした様子で、アイリーンがカフェテーブルに片肘をついて立っていたり。
手を後ろ手に組んだザングラーがふとそこに立ってたり。

サインを求めるのは自由だったのですが、末次アイリーンの、あの他人を拒絶するようなお高くとまった高慢な態度にはみんな気圧されて引いていて、誰もサインを求めなかった。本当にそこに、ホンモノのアイリーンがいるようで。そのくらい、演技力のある女優さんでした。

で、最後に、加藤ボビー。

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トモコは、この演目、1993年の東京初演から観ていて、実は今回の北九州公演で42回目の観劇でした(笑)

本当に初めて観たのは、実はいただいた招待券で、でした。
ある企業のかたがご夫妻で招待されていたのをいただいたんです。
だから、日生劇場のグランドサークルのB列中央で母と観ました。
その席は招待用の可動式の席で、だから日生劇場の座席表には載ってないんですね。

すごくいいお席で、舞台が、手を伸ばしたら届きそうなくらい近くに見える。

そんな席でしたが、観劇前は、93年当時の四季ってのは「キャッツ」、「オペラ座の怪人」のような大型ロンドンミュージカルか、「ひかりごけ」、「この命だれのもの」みたいなシリアスな演劇を上演する劇団というイメージがトモコの中に強くて、「コメディーなんてありなのかな」ってちょっと懐疑的でした。

でも、一瞬で心を鷲掴みにされました。

東京再演の翌年に亡くなった、映画評論家の淀川長治さんも初演を観にいらしていて、加藤ボビーをたいそうお気に入りだったそうで、レセプションでべた褒めだったと、どこかで読みました。
本当に愉快そうにご覧になっていたもの。

そういや、初演のプログラムもどこかにあるはずなのですが…手元になさそうなので、おそらく実家かなぁ。

初演のプログラム、見たい人います?
いたらポチしなさい。
って、ウソウソ(笑)

探しても見つかるかどうか分からんな。
うちの母、自分のものもひとのものも、見境なく捨てるので…

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