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というコラムが読売新聞にある。
執筆者は編集委員の芥川喜好。 昨日の26日は、ナチスの優生思想に言及していた。 読み進めながらふと思った。 「一億総活躍社会」って考え、図と地を反転させると優生思想につながらないかと。 国の役に立たない人材はいらないってのと、国のために活躍できる人材だけで構成される社会を造るってのは、近しい考えでしょ。 優生思想がたち現れたドイツは、第一次大戦後、政治的、経済的に国力が落ち、自信を喪失した時期だった。ドイツに国力を取り戻そうとした試みのひとつだったわけだけど…たしか、五輪も誘致したような…似てない? |

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オカルトや似非科学が流行ったのも含め、よく似た状態でしょうなぁ。
ただ、
『社会状況』というのは、どこまでも個々の構成員の心理症状の総和だろうと考えますんで、実はいつの時代も似たようなモンなのかもしれません。
「社会から活躍を期待される"べき"私」
と
「私の活躍を期待する"べき"社会」
というのは、
まぁ同じような要求ですよね。
一方で
「価値の多様化」みたいな、逃げを打ってるワケでして、
「なにがなんでも一元化!」に向かったナチス台頭期のドイツと比べて、
個々の教養や、総じて社会全体の知が
『ヘタレ』てるとはいえるかもしれませんね。
とーっても些細なレベルでの疑義や批判に対しても
「〇〇ハラスメント!」
と叫べば、とりあえず相手を黙らせることができるような風潮ですもん。
精神活動や思考っての、そりゃ脆弱化しますかね。
2015/12/28(月) 午後 9:54 [ K工芸 ]