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このところ、自分の仕事には直接関係のない古い本を再読していた。
待ち時間の多いシゴトとか、荒天で外に出られない週末、なんてのがあったから。
ちょっと前に読み終えたのは、リオタールの「ポストモダンの条件」。
それから、小論だけど、「反美学」に収められている、ジェイムソンの『ポストモダニズムと消費社会』。
リオタールの言う「統合の原理の喪失」、ジェイムソンの言うところの「分裂症」(=「統合失調症」)。
両者ともポストモダンの世界に対して同じ予感を持っていたということだろう。
要は、「知」が、文脈を持たない、その場限りで消費される、単なる「情報」として扱われる、ってことだな。
現在の日本におけるアカデミズムの置かれている状況を考えると、残念ながらその予感は現実のものになっていると認めざるを得ない。そして、いまや、それが、人々に意識されることも、ましてや警戒されることもなく、耐え難いまでに生活の隅々に行きわたっている。
正直、未来を託すべき子供を持たなかったことを、これほど幸運に感じたことはない。
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トモコさんこんばんは。
私はというと、実はそれほど悲観的でもないんです。
勿論、現在の状況を「善し」とする訳ではありませんが。
「悲観する」と「ゲンナリする」は違うでしょう?
おもいっきり「ゲンナリ」はしてますが、いろいろ(笑)
ただね、
壊れるくらいのものならば、アカデミズムも知も、一度完全に壊れてしまっても仕方ないだろうという。
先に『統合』を予定しなきゃ成り立たない知ならば、その「知に対する想定や期待」自体が、情報化の状況に対して脆弱だっただけじゃないか?
みたいな。
あ!
たぶん誤解はされないとは思いますが、トモコさんのお仕事に対して非難する気は毛頭ありませんので。
たぶんトモコさんもいろいろ「ゲンナリ」されているだろうと思われますし。
「悲観する」よりもダメージ大きかったりしますし。
2016/1/25(月) 午前 0:10 [ K工芸 ]
>「悲観する」と「ゲンナリする」は違うでしょう?
まぁ、たしかに。
絶望的に「ゲンナリ」してますが。
リオタールが言ってるのは、「啓蒙主義」みたいな、人々が共有できる「大きな物語」が失われるだろうってことなんですよね。それを「統合の原理の喪失」と呼んでいる。
で、そうなると、啓蒙主義を支えていた教養主義も、人々に必要とされなくなるだろう、と。
代わって、スポット的な、「すぐに役に立つ知識」みたいなものが幅をきかすようになるはずだ、と(このあたりの見解はジェイムソンと同じですね)。つまり、「知」の概念が変質するであろうと。
で、人文系学部の解体を主軸とした日本の教育政策(背景には産業界からの「すぐに使える人材の輩出」の要請がありますが)、まさにこの教養主義の殲滅を狙ってるわけでして。
「知」がやせ細ってうすっぺらになっていくのを、手をこまねいて見ているしかない状況に(補助金獲得に影響しますからね)恐怖すら感じます。
2016/1/27(水) 午後 10:45 [ トモコ ]
>壊れるくらいのものならば、アカデミズムも知も、一度完全に壊れてしまっても仕方ないだろうという。
先に『統合』を予定しなきゃ成り立たない知ならば、その「知に対する想定や期待」自体が、情報化の状況に対して脆弱だっただけじゃないか?
みたいな。
ええ、それは認めます。
考えてみると、戦後、それまでは「学問」ではなく、単なる「技術」であると低く見られていた「工学」や「医学」(だから、東大の全学教授会では、工学系や医学系の教員は今でも下手に座るんです、笑)が、いまじゃ受験生に大人気だし、工学系・医学系は学内で発言力強い。
医学部あるところは必ず、2名定員の副学長の一人は医学部から出しますし。
「知」の変質は、とうの昔に始まっていたんですよね。
2016/1/27(水) 午後 10:51 [ トモコ ]
うーん。
「知」そのものが変質したというより、ヒトビトが要求する「知(らしきもの)への期待」が変容したんじゃないですかね?
例えば、「人間」という概念も、近代の啓蒙思想の産物ですよね。元々は。
で、「人間」を生み出した近代の頃の「ヒト」に比べ、その「知的能力」が著しく低下しただけじゃないかと。
必ずしも「知的」に優位なことが生存戦略に適うとはいえませんが、
どうにも、その他の様々な能力と同時に「知的にも」劣ってきている気がします。我々。
たぶん
「ヒトという種族」自体が劣化しているのでしょう。
それから、
ヒトビトの間に、新しい「技術」が持ち込まれることで、「人間の知」のパラダイムが変化してきたことも、元・技術屋としては蔑ろにはしませんけど、
「短時間の内にカネになるかどーか」
のみが、技術に期待される成果ってのは、むしろまったく「技術」すら扱えていないだろうとは思いますね。
2016/1/28(木) 午前 5:48 [ K工芸 ]
言葉足らずでしたね。
>「知」そのものが変質したというより、ヒトビトが要求する「知(らしきもの)への期待」が変容したんじゃないですかね?
おっしゃるとおりです。
だから、(人々の持つ)「知」の概念の変化と。
>「短時間の内にカネになるかどーか」
のみが、技術に期待される
「技術」に限らず…ですね。
2016/1/30(土) 午後 10:03 [ トモコ ]
「技術」に限らず…
ですなぁ。
日銀の「金融緩和」とやらも。
内部留保を吐き出させて、株式や国債に投資させようって
「超短視眼的な成果」への期待感でしょ。アレ。
「一定の運転資金(運用資金ではない)を持ってる奴は、すぐに使わなきゃ罰金!」みたいな。
中長期的な戦略って、とても成り立たなくなりますよ。
2016/1/30(土) 午後 10:45 [ K工芸 ]
ま、
私はというと
「徹底した成果主義者」になろうかと。
「ゆとり」だろうと「IS」だろうと、
我々の社会が生み出したひとつの『成果』として評価しようという態度。
結果的にいくら悲惨なアリサマが予想されても、『成果』としてね。
正直
「ウンザリな成果」ばかりが目に付きますけど(笑)
2016/1/30(土) 午後 10:56 [ K工芸 ]
>日銀の「金融緩和」とやらも。
あはは。
偶然にも同じことが念頭にあったみたいです。
新手の即席株価上げ(笑)
中長期視点に立った企業経営なんて、これじゃ無理でしょう?
ま、とりあえず、選挙まではいろいろ取り繕おうってことですね。
2016/1/31(日) 午前 1:37 [ トモコ ]