圧倒的ではないか
予想通りではありましたが、投票すると九州説支持者は圧倒的な強さを持っていますね。私も勿論、九州説。本当は出雲説を取りたいですが選択肢がないので・・・。もっとも、九州説を取ると納得がいく点と言うか矛盾点が少ないように思われるので。
勿論、近畿説も根強い支持者がいるのも事実。邪馬台国がヤマト王権へ発展的解消されたと考えれば説明が付く点が多いのだからこれもまた矛盾が少ない。
記紀・日本書紀・古事記などのいわゆる神話という面から見れば一致する点が多いのは九州説ではある。が、しかし出雲説も同様に一致する点が多い。これは古代出雲が九州邪馬台国と同盟国であったか直轄地か卑弥呼の弟が治めていた地であると考えるか、古代出雲自体が邪馬台国であれば説明が付く。
何れの説をとるにしても古代日本は面白い。どんな理由であろうとも納得がいくし、説明が出来る。しかし、九州説が優位なのは天皇家と宇佐神宮の関係や日本神話を総合すると当然と言えば当然なのであろう。
あぁ、そんなこんなと考えていると吉野ヶ里遺跡に行ってみたくなるではないか・・・。
|
コンバンワ 邪馬台国「その時歴史が動いた」みました。私も九州説です。しかし場所は、日向だと思っています。 吉野ヶ里〜出雲〜近畿は、秦氏が辿ったルートだと考えています。彼らはユダヤ系と、ペルシャの方から流れてきた騎馬遊牧民だと思います。
[ - ]
2007/3/15(木) 午後 7:47
私は邪馬台国が九州にあったとするならば、3箇所のうちどこかになると思います。1、吉野ヶ里遺跡周辺もしくは遺跡そのもの。2、宇佐神宮周辺。3、日向高千穂及び西都原周辺。何れであっても神武東征の根拠地となったのはほぼ間違いないでしょうね。
2007/3/16(金) 午前 0:01