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秋上は 富高らかに 相かして 思うことなく 長生きせん
その通り。だが君は考え違いをしている。我々は悪ではない、善なのだ。

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国連人種差別撤廃委員会、会議で日本に慰安婦問題など叱責

8/17(金) 15:17配信
中央日報日本語版
16日(現地時間)、スイス・ジュネーブで開かれた国連人種差別撤廃委員会会議で、日本の慰安婦問題の立場に対する叱責が相次いだ。

会議に参加したゲイ・マクドゥーガル委員(米国)は日本の人種差別審査で「なぜ慰安婦被害者が満足する形で日本政府が謝罪と補償ができないのか理解できない」と発言したと共同通信が17日、報じた。

また、ボシュイ委員(ベルギー)も「被害者の立場が反映されていないという指摘がある」とし、韓国市民団体が提起している「韓日慰安婦合意に被害者の立場が反映されていない」という主張を提起した。

このような各委員の発言に対し、日本政府代表の大鷹正人・国連担当大使は「慰安婦被害者に対する補償問題はサンフランシスコ平和条約、そして2015年韓日政府間合意で法的に解決が完了した」と反論した。

日本は17日中に、慰安婦問題や在日韓国人などを対象にしたヘイトスピーチ、沖縄米軍基地の住民被害と日本政府の対応などに対して答弁書を提出しなければならない。委員会はこれを検討し、30日に日本に対する勧告文を発表する予定だ。

蛮族がなんか言ってる。

奴隷商人たちがなんか言ってる。

誰でも良いから、あの世から松岡洋右を呼び戻してこい。

「さいなら!」って言えないのか。日本代表は。情けない。

一億総無茶口さん

「愚将」牟田口廉也 “不適材不適所”を生んだ組織の病とは何か?

8/13(月) 7:00配信
文春オンライン
 毎年夏になると、各メディアではアジア太平洋戦争(当時の日本での呼称は大東亜戦争)をテーマにした特集が組まれる。この記事もその例に漏れず、日本の戦争について振り返っていきたい。

【写真】「愚将」と呼ばれる牟田口廉也
失敗した「インパール作戦」とは何か?
 毎夏の戦争特集のなかで、日本の戦争の失敗例としてよく取りあげられるのが、インパール作戦だ。これは、1944年3月、ミャンマー(当時の国名はビルマ)を占領していた日本陸軍が、インド北東部の都市インパールを攻略する目的で始めた戦いであった。ミャンマーは5月頃から雨季に入るため、作戦期間は雨季前の1ヶ月間と設定された。

 しかし、インパールまでの道のりは、2000〜3000メートル級の山々が連なる密林地帯で、わずか数キロ先ですら容易に進めないことが多々あった。

 インパール作戦で日本軍が敗れた決定的原因のひとつとなったのが、戦いに向かう日本軍将兵に充分な食料を補給しなかったことだった。短期間で作戦を決着させるため、将兵らは険しい道のりを素早く踏破できるよう、できるだけ軽装にさせられ、食料も最低限の量しか渡されなかった。

 将兵が持てなかった荷物は、彼らの後方をついてきた羊や牛などの家畜に背負わせた。そして、もし将兵の食料が足りなくなったら、その家畜を殺して食べてもよいとされた。

 インパール作戦は、誰が聞いてもむちゃくちゃな計画だった。案の定、実際に作戦が始まると、進軍に手間取り、なおかつ、前線指揮官が作戦途中に更迭されるという前代未聞の事態まで起きた。前線の将兵は食料が尽きると、戦うことなく次々とその場に倒れ亡くなった。インパール作戦での日本軍の戦死者数は、総兵力約9万人の3分の1にあたるおよそ3万人だったといわれている。このなかには、多くの餓死者も含まれていた。
SNS上に現れた「牟田口的」という批判
 この敗北の結果、現地でインパール作戦を計画実行した牟田口廉也軍司令官は厳しい批難を浴び、戦後、「愚将」という不名誉なレッテルが貼られた。

 また、最近になって、SNS上では東京オリンピックにまつわる話題のなかで、牟田口のことに注目が集まっている。それは、オリンピック開催中、猛暑が予想されているにも拘らず、再検討をしない小池百合子東京都知事や、森喜朗JOC会長を名指しし、彼らの考えを「牟田口的」であると批判する書き込みが現れたからだ。これは、無理な計画を推し進めた「愚将」牟田口のイメージが今でも残っているといえるのではないか。

 実は、私は牟田口が「愚将」であったかどうかはどちらでも構わないと思っている。それは、たとえ牟田口を主観的に「愚将」と見なしたところで、歴史学的に何ら意味をなさないからだ。

 問題とすべきは、インパール作戦の失敗を取り出して牟田口を評価することが、はたして適切かどうか。実は、牟田口は日中戦争勃発のきっかけとなった盧溝橋事件の当事者のひとりであり、また、太平洋戦争で真珠湾攻撃よりも早く始まったマレー作戦でも、師団長として部隊を指揮していた。すなわち、軍人牟田口の足跡を見ていくことで、アジア太平洋戦争の歩みをたどることができる。このような観点は、インパール作戦だけで牟田口を評価している限り見えてこない。
キャリア軍人の「左遷」が生んだもの
 今年7月に刊行した拙著 『牟田口廉也 「愚将」はいかにして生み出されたのか』 (星海社新書)は、インパール作戦を含む牟田口の一生を追い、アジア太平洋戦争のなかでいかなる役割を果たしたのかを探るとともに、牟田口が「愚将」と評されるに至った日本陸軍の問題点はどこにあったのかということに着目した。

 拙著では、牟田口の置かれた状況を「不適材不適所」ということばで表した。これは、「適材適所」という四字熟語をった私の造語である。ここでは、ひとまず適切でない人材が適切でない地位や任務に就いてしまったという意味としておく。

 もともと、牟田口は陸軍大学卒業後、陸軍中央の部局で実務にあたった、今でいうキャリア官僚のような軍人だった。しかし、1930年代なかば、牟田口は陸軍内の派閥抗争に巻き込まれ、一転して、中国の前線部隊の司令官に「左遷」された。そこで起きたのが盧溝橋事件だった。指揮官の経験がない牟田口は、命令を二転三転し、現場を混乱させた。

牟田口が証明した「不適材不適所」
 牟田口は、マレー作戦で自ら先頭に立って勝利を手にした。しかし、その結果、牟田口のなかに「イギリス軍は弱い」という意識が芽生えてしまった。牟田口がインパール作戦を強行したのも、そのような意識が根底にあった。

 牟田口は、しばしば感情によって方針を決定することがあり、変化する状況に対し、合理的判断を要求される軍司令官の職には不向きだった。彼のことを「不適材不適所」と称したのはそれが理由である。そして、その結果が「愚将」というレッテルではないだろうか。

 このように組織内の人間関係が人事に影響を及ぼすことは、今日でもよくある。たとえば、経営者の周りが「イエスマン」ばかりとか、何か不祥事が起きても、その責任者がなぜか懲罰を受けることなく、いつのまにか昇進しているとか。そのような組織は、いつしか誰かが「不適材不適所」となるのではないか。もし、そうなった場合の結果は、すでに牟田口が証明している。

 次はあなたが「牟田口」となって、前線に行かされるのかもしれません。


今の日本は揃いも揃って無茶口さんだらけの状態じゃぁございやせんか?

ブラック企業ややりがい搾取とか無茶口さんそのものよ?ええ、経営者さん、あんたのことだよ。


沖縄県知事選挙にオール沖縄は宇宙人こと鳩山由紀夫を担ぐという話だ。

勝てる候補立てて余裕の弔い戦をするのが選挙ってもんじゃねぇの?

何時だったか、長崎市長が暗殺された際に娘婿を立てて弔い戦をしていたが、それが選挙の基本じゃねぇの?

いや、ソースが現代だからかなり眉唾な話だが、オキナワの叛徒どもならやりかねん......。

賎しいことこの上ない

女子受験生、東京医大に受験料返還求める「落とし前を」

8/9(木) 21:05配信
朝日新聞デジタル
 東京医科大の入試で女子の合格者を抑える得点操作が行われていた問題で、同大を受験した女性らを支援する「東京医大入試差別問題当事者と支援者の会」が9日、発足した。今後、同大などに受験料返還などを求めていくといい、すでに受験生3人から相談を受けている。

 作家の北原みのりさん(47)と元衆院議員の井戸まさえさん(52)が共同代表に就き、複数の弁護士も賛同している。東京医大に対し10日にも、受験料の返還や得点の開示、追加合格の今月中の発表などを求める要望書を送る。

 9日は、同会の会合が都内であり、東京医大を3年前に受験生した女性が、50人を前に思いを語った。女性は「とてもむなしい気持ち。今後の受験生のためにも東京医大には落とし前をつけてほしい。医師の過剰労働についても議論が深まればとも思う」と話した。2018年度入試の女子受験生らが「事実公表と受験料の返還を求めたい」などと書いた文章も読み上げられた。(山下知子)

仮に返還するとしてだが、そもそも、合格ラインにあったのか?

合格している水準の人間が対象なら理屈は通るが、それ以下の水準の人間に要求する権利なんてないだろ。

当然とかさも正義のように語るゴミどもの理屈が賤しく浅ましいことにあきれるばかりだ。

豚めが死んだぞ❗

<翁長知事死去>辺野古移設反対派に悲しみと喪失感

8/8(水) 20:19配信
毎日新聞
 「あまりに急すぎる」。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設阻止のため政府と激しく対立してきた翁長雄志(おながたけし)沖縄県知事が8日、膵(すい)がんの末に亡くなり、移設反対派は深い悲しみと喪失感に包まれた。目前に迫る辺野古埋め立ての土砂投入を食い止めるため、翁長知事が前知事による埋め立て承認撤回を進めようとした矢先の悲報。沖縄の基地の行方に影響するのか、関係者は行方を注視する。

【写真特集】2014年、初登庁した翁長知事

 移設反対派のリーダー的存在で8日も辺野古で抗議の座り込みをしていた山城博治・沖縄平和運動センター議長(65)は「残念でならない」と嘆く。「緊急入院していたと聞いていた。昼から翁長さん無事でいてくれ、助かってくれと天に祈っていたのだが。病床から命がけで副知事はじめ担当者に指示を出していたと思う。翁長さんありがとう、立派でしたと言うしかない」

 反対派にとって今は承認撤回が頼みの綱だ。「残された県の担当者たちは知事の遺志に背を向けずに、政府にもの申すことはもの申し、あらがっていかなくてはいけない。私たちも知事の思いをくみ取っていきたい」と移設阻止への決意を新たにしていた。

 「翁長さんは保守や革新を超え、基地はこれ以上いらないという一点で動いてきた人だった。これからの活躍を期待していただけにただただ残念」。辺野古に住む移設反対派の自営業、西川征夫さん(74)は惜しみつつ、今後に不安も抱く。「何としても埋め立て承認撤回を維持してほしい。だが、今後流れが変わるのではないかと心配だ。知事選では翁長さんの遺志を受け継ぎ、基地建設にノーと言える候補を擁立していきたい」

 容認派も複雑だ。条件付き移設容認派で辺野古商工会理事の飯田昭弘さん(70)は死去の一報を受け「言葉がない。私たちと立場は違ったが、県民の民意を受けてそれを全うしようとしてきた人。ご苦労さまでしたと言いたい」と悼んだ。一方で「国策で進む基地移設は止まらず、地元の辺野古は(普天間飛行場返還の日米合意以来)もう22年も翻弄(ほんろう)されてきた。こうした辺野古の閉塞(へいそく)感も理解し、自分の思いばかりを貫くのでなく、腹を割って落としどころを話し合ってほしかった」と語った。【柿崎誠、青木絵美、西嶋正法】

当番、シャンパンを持ってこい‼️
豚めが死んだぞ‼️

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