出雲・・・我が故郷
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月遅れの端午の節句を前に29日、島根県安来市広瀬町比田地区で、地元住民による恒例のちまき作りが始まった。作業は約10日間続き、同地区のコメ、ササを使って手作りした5万本が全国各地へ届けられる。
昼夜の寒暖差の大きい比田地区のもち米、うるち米(コシヒカリ)を使った食味の良さが人気を集める。35年ほど前に地区有志が始め、現在は「いきいき比田の里加工部会」が中心になって行っている。 部会員ら40〜80歳代の地区民約40人が、同町西比田の同部会加工場で作業。コメを石臼でひき、団子を手作りすると、地元で刈り取ったササの葉6、7枚で丁寧に包む。 既に北海道から九州までの常連客らから注文が入っている。同部会の田辺チカ子代表(66)は「コメは例年通りの品質が保たれ、ササの葉は天候に恵まれて大きい。素朴な味を届けたい」と話した。 1箱20本入りを2500箱作る予定で、送料込み3900円。6月3日まで注文を受け付ける。問い合わせは同部会、電話0854(34)0999。 ちまき・・・昔はこの時期によく食ったものだよ
笹を取りに行って、団子をこねて、笹の茎をぶっさして、茹でて、作る片手間に食って・・・
よく考えたら、10本やそこらは一度に平気で食ってたから、約2000円分も、ちまきを食ってたのか・・・
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古代から人や物資集まる 山陰中央新報社の島根政経懇話会の定例会が26日、松江市内であり、出雲大社(出雲市大社町杵築東)の千家和比古(よしひこ)権宮司(64)が「出雲大社の御遷宮をめぐって」と題して講演した。2008年から続く出雲大社の「平成の大遷宮」を紹介しながら、時代とともに変遷する遷宮の意義を説いた。要旨は次の通り。 出雲大社は、古代から幾度ともなく遷宮を現在の地で繰り返してきた。近くには現在の神西湖を含む大きな湖があり、港としての役割を果たした。古代からの一大交流センターで、人や物資、情報が集まっていた。 出雲大社の建て方が大きく変わったのは1609年。掘っ立て柱から礎石の上に柱を立てる方式になり、遷宮がほぼ60年に1度繰り返されるのも、この年から始まった。 60年に1度の御遷宮では技術の伝承が非常に厳しい。本殿の大屋根をふく檜皮(ひわだ)1枚が長さ4尺(1・2メートル)もあるのは出雲大社だけ。今回の遷宮にあたった作業者も経験がなく、工事中は、現場に設けた模型で試し葺(ぶ)きをして、体に覚え込ませた後、本作業にあたった。 改修が終わった本殿にご神体を戻す「本殿遷座祭」は昨年終わったが、摂社や末社の工事は2016年まで続く。摂社や末社は大黒様(オオクニヌシノミコト)を支える神様。支えが必要なのは人間社会に限らず、神様の世界も同じで、最後まで気を緩めないであたっている。 |



