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秋上は 富高らかに 相かして 思うことなく 長生きせん
その通り。だが君は考え違いをしている。我々は悪ではない、善なのだ。

書庫【鉄旅】現場より中継

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帰省

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明日から帰省する予定でしたが、山陰は明日から雪らしいので、早めに動くことにしました。

とりあえず、特急やくもはグリーン車で!

座れない自由席や確保できない指定席に比べれば2000円くらい安いもんです。

というか、グリーン車を味わうと普通車には座れない。

あと、さくら・みずほ用のN700に乗ると普通のN700と700には乗れなくなる。

そうでなくても、のぞみなんぞ乗れたもんじゃないと思って格下のレールスターに乗るんだから、何をかいわんや。

というわけで、切符を買って、梅田でウォークマン用の外部電源と携帯の外部電源を買ってレールスターかさくら・みずほ用のN700で岡山経由のやくもで帰省です。

我が町の戦争遺産

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我が町にある鉄に関する博物館、和鋼博物館

その敷地の一番奥にひっそりと佇む二門の大砲

写真一枚目の奥側(左)が海軍の12.7cm砲、出前(右)が陸軍の12.7cm高角砲

製造年次はともに1942年

陸軍の奴は形式を割り出すのは割と容易だが、海軍のはどれかわからない

何しろ高角砲なのか、駆逐艦用なのか、それすらわからん

仮に駆逐艦ならば大方夕雲型に搭載していた奴だろうが、夕雲型は全て撃沈されて海の藻屑だ

かと言って松型かと考えるがそれもあり得そうにないと思う

じゃあ陸上配備かと考えるがこれもどうだろう?

結局、どの型式かは海軍の装備を記した文献を片っ端からしらみ潰しにしないとわかんない

なお、二枚目の写真は陸軍の奴で、12.7mm機銃弾(ほぼ間違いない、当時の米軍機の機銃は基本的に12.7mm)の掃射で抉られた跡だ

ひょっとしたら当時の日立金属の工場防衛に配備された奴かもしれない

神蹟黄泉比良坂伝説地

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山陰本線揖屋駅からレンタサイクルして、まずは揖夜神社に、そして黄泉比良坂へ

揖夜神社は出雲国東部ではありふれた様式の神殿を持つ神社である。

沿革御由緒はWikipediaを参照していただき割愛。

さあ、今日最後の目的地黄泉比良坂です

揖屋駅から自転車で約15分のところにある神蹟黄泉比良坂伝説地。

伝説の地にして流石と思える雰囲気漂う地でした。

明治に建てられたであろう神蹟黄泉比良坂伝説地の石碑、そして、千曳岩

素晴らしい

さすがは神話の地である。言葉では表せない何かを感じる。

やはり来て正解であった。

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松江城

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四捨五入で約20年ぶりくらいに松江城に行きました。

武骨な戦国の気風溢れる天守閣、近年復元された三つの櫓、それも下見板が張られた豊臣系建造様式。

戦国の臨戦態勢を残した城も今はそうは残っていない。

さて、今日は一日実に有意義な旅が出来た。

慣れ親しんだ地元と言えど、まだまだ楽しめる場所は山ほどある。

旅の最後は黄泉平坂へ

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