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文民統制とは? これって解説はものすごく簡単。 国民に選ばれた政治家が軍事に対する決定権を持つこと。ただ、これだけ。 でも、なぜかそれで済まない話が世の中には多いんだよね。 サヨクの人は「自衛隊が暴走する」とか言い出すし・・・ ミギの方からもおかしな話が聞こえるし・・・ 文民統制ってなんですか? そう聞かれたら、上の解説をするのが、まあ常識的なんだけど、それでは中身が分からない。 確かにね。 じゃあ、中身ってなんだ? 難しい言葉を使ってああだこうだ言うのは非常に簡単だし、そう言う事言う偉い学者だの政治家だの自衛官だのの言う事に賛同して、それをそのままコピーするのもまた簡単。 で、イザとなるとそれは自分の身に付いていないから頓珍漢な事を言い出す。 今そう言う事になってる人が多い気がするんだよね。 ものすごく簡単に文民統制を言うと、遠足のおやつで説明できちゃう。 遠足のおやつって、大した決まりは無いよね? あるのはお決まりだけど、300円までとか言う上限だけ。 実は、文民統制の中身も同じなんです。 何かおかしいでしょ? そんなんじゃ。 でも、本当にそれだけ。 まあ、そのまま遠足の話をしましょうか。 とある小学校のとある学年の遠足のしおりが配られました。 日程や行き先とともに「おやつは300円まで」と書かれています。 で、あるクラスの先生が不安を覚えた。 そんなんじゃうちのクラスはどうなるんだろうか? A君は見栄っ張りだから、300円するお菓子を持って来てみんなに見せびらかすかもしれない。 B君は食いしん坊だから近くの駄菓子屋かスーパーで駄菓子を袋一杯とか、徳用袋のチョコとか買ってきそう。 Cさんは考えてる事が他の子と違うからスルメとか持ってきたらどうしよう。 で、その先生は、クラスの中を見回してA君には2つ以上のお菓子を持ってくるように言い。 B君にはサイズや種類を指定した。 Cさんには、Dさんと買い物に行くように言った。 これ、今の日本のブンミントーセーですよね。 自衛隊派遣に際して、機関銃いくつ持っていけとか、イージス艦はダメとか、武器を使う時は自衛隊の司令部を通して指示を仰げとか。 普通の国の文民統制はどうか? さて、遠足に際して別のとあるクラスでは、「300円のおやつは何を持っていくかみんなで話し合いましょう」となって、ホームルームになった。 先生はほとんど発言せず、児童たちの進行に任せて、いくつかの注意をしただけだった。 そこでグループや班の集まりがいくつかになり、その中で持っていくお菓子の内容が話し合われた。 これと同じように、大きな枠での決めごとのみを議会や閣議で決めて、中身は軍の作戦に任せる。 一応政治の意向がある部分だけ修正して、軍の計画を承認して派遣する。 これが普通の文民統制の国のやり方。 そんなのでは軍が勝手なことをやるじゃないかって? どうやって? 例えば、レバノンPKOには戦車を派遣してるフランスのような国もあれば、戦車など派遣していない国もある。 フランスは戦車が必要と判断したけど、そういう判断をしていない国も多い。 で、じゃあ、フランスの判断は間違いか?フランスは戦車もって来てるから、他の派遣国と違う行動を取るのか? 上限300円のおやつの話で言えば、これ、さっきのA君が300円のお菓子を持ってきたり、B君が駄菓子をワンサと袋で持ってきた状態なんだよね。 でも、本人の判断で持ってきた。しかも300円以内という決まりは守っている。 フランス軍が戦車をレバノンPKOに派遣しても、「PKOの任務」という枠から行動がはみ出さないのならば、それは何の問題も無い。 それをサヨクは危険だって言ってるんだよね。 ソマリア沖の海賊対策に護衛艦を出した時にも「監視が出来ずに文民統制が働かない可能性がある」とか言いだした。 彼らのブンミントーセーは、本来の文民統制ではなく、あの児童個々にお菓子を指定するクラスの先生の事なんだよね。 たしかに、偉い法律の専門家からすれば「どっちでも同じ事」という話を難しく語ってくれるんだろうけど・・・ 確かに、300円ルールの中で決めてる事だから、間違いじゃないかも知れないけど、300円の中で児童がお菓子を選ぶ自由まで縛るのが、ルールとして決められてる訳じゃないんだから、過剰な干渉だよね? で、話は飛んじゃうんだけど。 なぜ、そんな過剰にする必要はないの? ってところ。 300円ルールでもう一つのクラスはホームルームで児童たちが自分たちで持っていくお菓子を決めてる って書きました。 これなんですよ。 そのクラスの先生は、指導をさぼって勝手にやらせて、もう片方の先生は熱心に個々の児童に指導した? さて、それは正しい? 逆だよね。 児童自らが自分で300円以内で何が買えるか、何を持っていくと楽しいかを決めさせたんだから、どっちが指導として正しいかは・・・ そして、最終的に300円ルールを守らせてるんだから・・・ 同じような事が文民統制にも当てはまるっちゃおかしいけど、あるんだよね。 フランスの例なら、「レバノンPKOに兵員を出す。必要な装備を検討し提出せよ」と、内閣が指示を出す。もちろん、国連の活動だから決まり事あるし、フランスとしても規模はすでに提示してる。その中で、現地の状況から何が必要かを軍に調査・派遣部隊の編成計画を作らせたんでしょう。 で、その中に戦車があった。 日本なら、これは絶対持っていけないよね。 「なぜ必要なんだ」って説明が直接できないから。 そう、日本は全部先生が決めるクラスだから、児童の考えよりも先生の意思が優先するし、学級委員に文句を言っても、そこで逆に「お前が悪い」で終わる。 今の日本は国会や閣議の席に自衛官は入れない。官僚を通したチグハグな形で意見が変化しちゃう仕組み。 これをブンミントーセーだと思ってるんだよね。 先生が「児童を慮って」学級委員が「先生を慕って」全てが丸く収まると思ってるから。 でも、それじゃあ、本当に自分が持っていきたいもの、みんなで楽しめるお菓子は持っていけない。 随分前のルワンダ派遣の時なんかそれだったし、今のソマリア派遣でも言い訳じみた無理な解釈でその場しのぎしてる。 まるで、あのクラスの児童がこっそり先生に隠れて言われたお菓子じゃないものを持っていくみたいにさ。 じゃあ、もう一つの自由にやってるクラスなんかハチャメチャになってるだろうって? そんな事は無い。 何のためのホームルームな訳? 自分たちの持っていきたいものを300円以内で決めて、最低限のルールも決めた。 ゴミは自分で持って帰る。とか、みんなで決めた場所で一緒に食べるとかね。 フランス軍の場合、戦車は持っていくことになったけど、ちゃんとPKOの基準やフランス軍の基準に合わせて、事前に戦車の使い方やどういう時に発砲できるかを決めてから持っていってる。 自衛隊がイラク派遣を行った時、初めて「部隊行動基準」というのが作られて、「司令部の命令なく勝手に射撃できる」様になったよね? それを「文民統制を無視するものだ」とか反対した人たちがいた。そんな事をすれば自衛隊は好き勝手に発砲するじゃないかって。 でも、自由にやってるクラスで言えば、「児童に勝手にやらせたら300円なんてルールは守らないし、現地でゴミ撒きちらかして帰るだろう」って言ってるに等しいんだよね。 実際には300円というルールの中でどうやり、楽しく食べるお菓子を選ぶかを決めて、楽しくするためのルールを決めてる。 同じように、イラク派遣なら「復興支援活動」という目的があって、それに合う部隊編成や武器の所持が決められてる。当然、武器の使用もそうした中で起こるであろう事件、事故に合わせて基準がつくられている。 「銃なんかもったら引き金を引きたくなるもんだ」って批判する人もいるけど、それなら毎日腰に銃をぶら下げてる警察官は、バカボンの本官よろしく事あるごとに撃ちまくってるよね? ああ言うのは話にならない妄想。 目的が明確で、行動も明確に決められている以上、基準を満たさない状況で引き金を引くのは? 完全にルール違反だよね。それを明確にするための基準作りでもあるんだから。 さて、じゃあ、そのまま「行ってきます」で良いかというと、そうでも無くて、ちゃんと政府の承認を取る必要がある。 300円ルール内で何でも買える自由なクラスでも、買って良いもの悪いものって最終的に先生に聞いてみるんだから。 それを許可した以上、何を持ってきても先生の責任だよね? 派遣部隊の計画を承認すれば、派遣部隊に関する責任は政府にある。 「この内容でやって良い。何かあれば俺が責任を取る」って感じでね。 内容からはみ出せば、はみ出した部隊側の責任だけど、内容に沿う形でおこった問題は、政府が責任を負う。 警察官の発砲だって「あれは適正だった」って報道されてるじゃない。 発砲基準を満たしてたら、そりゃ当然そうなるよね。 続く
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核武装を考えるときには、どの程度の射程、要は、日本がどのあたりの地域までの政治をコントロールするのかという問題を考える必要がある。 必要になる項目は以下の三つ 1・抑止能力 どこの国を仮想敵国として核武装し、何を達成しようとするのか。 2・コミット能力 核武装により規定した影響圏において、政治、軍事、民生の多分野で支援や政治介入、軍事介入をどのように行うのか。 3・継続能力 予測可能な財政事情の変化のなかで、核保有量が急激な増減を起こしたり、整備不良が大量に起こり核抑止力を棄損せずに所定の核戦力として維持できること。 核武装によって規定されたコミット能力を発揮できる通常戦力を整備し、常に発揮できる状態を維持できること。これを基準にやらないといけない。 しかし、今出回っている核武装「論」は、1だけを主張し、2,3を無視しているのが目立つ。 敵だけを想定して、「抑止力」や「外交力」だったり「発言力」を向上させるために核武装するのだと。 その耳障りの良い主張には支持や賛同が集まるが、誰も足りないものには目を向けていない。 皆が皆、その視野を東シナ海と日本海程度に狭めて「核武装!」と叫んでいる。 だが、核武装はそんな視野狭窄の中で行うことなど不可能だ。 日本はイスラエルの様に自国の生存の為に目の前の敵だけを相手にすれば良いのか? 確かに、そのような考え方をすれば楽だし、話しとして解りやすい。 が、日本にはそんな一国主義ではやっていけないはいない。 日本がこれまで同様に繁栄するには、日本海と東シナ海という狭い範囲ではなく、東南アジアから太平洋、インド洋まで影響力を行使することが求められる。 こんなことはあまりにも簡単な事。 日本海と東シナ海だけ見つめる視野狭窄な核武装支持者には理解できないかもしれないが、対中国を考えるならば、太平洋からインド洋まで、この広範囲な地域を日本が優位な立場で影響力を行使することが出来なければ、日本が確保すべき資源地域や経済圏を中国に席巻されてしまう。 いや、安易な核武装に飛びついて視野狭窄に陥り、コミット能力を持てなくなるくらいなら、核武装よりも、現在の「国際貢献」とか言う意味不明な政策をちゃんとしたコミット能力へ昇格させた方が実質的な外交力、抑止力は格段に上がる。 コミット能力が無い、或は現在の「国際貢献」程度の能力で核武装するのは「豚に真珠」にしかならないのだが、現在「議論」しようという人たちは、核武装とは何か、何を目指すから核武装が必要なのかについて本当に理解しているのだろうか?
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戦争を防ぐには「戦争のできる国」になる必要がある http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2014/05/post-837.php 集団的自衛権をめぐる与党協議は難航し、今国会の成立はあやしくなってきた。政府は武力攻撃に至らない「グレーゾーン」への対応などを公明党に説明したが、創価学会が集団的自衛権に反対を表明した公明党は動かない。こんな常識的な問題でここまで話がこじれる原因は、日本人の平和主義にある。 平和主義というと日本ではいい意味に使われるが、英語のpacifismは、他国が攻めてきても抵抗しないで降伏する「無抵抗主義」のことだ。朝日新聞は、集団的自衛権についての安倍首相の記者会見の翌日に「近づく戦争できる国」という見出しで反対キャンペーンを張ったが、これが平和主義の典型である。 朝日新聞が望むように日本が「戦争のできない国」になったらどうなるか、考えてみよう。軍事的な問題を考えるとき、よく安全保障のジレンマという概念が使われる。これはゲーム理論でいう「囚人のジレンマ」で、次の図のような利得行列であらわすことができる(数字は自国の利得で、他国と対称とする)。 たとえば他国が攻撃しない場合は、自国が一方的に攻撃する(右上)と最高の利得(2)が得られ、他国が攻撃してくる場合には自国も報復する(左上)と利得は−1になり、これは何もしない場合の利得(−2)よりましなので、どっちにしても攻撃することが有利だ。これは他国についても同じなので、互いに攻撃する戦争(−1)が均衡になり、それより望ましい平和(0)は実現できない。 これは実はジレンマではなく、先制攻撃は支配戦略(つねに望ましい戦略)だから、人類は100万年以上にわたって戦い続けてきた。ガットの『文明と戦争』によれば、石器時代には人類の10〜20%が戦争で殺されたが、その原因は人類が武器をもったことだった。石斧で殴り殺すと先手必勝になる非対称性があるからだ。 戦争を防ぐために国家ができたが、今度は国家間で戦争が起こる。ここで上の図の自国を中国として、日本が「戦争のできない国」になると宣言したら中国はどう考えるか、シミュレーションしてみよう。 日本(他国)は右の欄の行動(攻撃しない)しか取らないのだから、中国(自国)の利得は攻撃したら2で、攻撃しないと0だ。したがって尖閣諸島などを攻撃することが有利だ。日本は報復しないのだから中国には失うものがなく、戦争は際限なくエスカレートするだろう。つまり日本が「戦争のできない国」になることは中国の先制攻撃のリスクをなくし、戦争を誘発するのだ。 だから中国が攻撃してきたら、確実に報復する「戦争のできる国」になることが、平和を守る上で必要だ。ただ日本が先制攻撃すると中国も報復するので、日本は「先制攻撃しない国」になる必要がある。これは自衛隊の専守防衛の原則に近いが、「戦争のできない国」になることではない。つねに報復できる軍隊も集団的自衛権も必要だ。 20世紀は世界大戦が2度も起こったが、延べ人口に対する死亡率は1%程度で、石器時代よりはるかに低い。現代は、人類史上もっとも平和な時代なのだ。それは軍事力が均衡して、先手必勝の非対称性がなくなったからだ。ここでは核戦争のような「相互確証破壊」になるので、互いに先制攻撃しないことが合理的戦略になった。 つまり平和主義によって平和を実現することはできず、戦争のできる国になることが戦争を防ぐ道なのだ。これは日本人の直感に反するかもしれないが、戦略論の初歩的な常識である。日本人も平和主義を卒業し、世界の常識を身につける必要がある。 ↓↓↓こちらの応援もよろしくお願いします↓↓↓
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まず問題になるのが、政治決断の問題ですが、それは行なえないと考えるのが適当ではないでしょうか? これまで「平和という名の綺麗事」を言い続けてきた多くの日本人が、現実の問題に目を向け、目を背けることなく解決に努力すると思いますか? 間違いなく、そのような努力はどこかで放棄されます。 まず第一に、事実かどうかの確認もなく「日米関係が悪化する」と信じ込んで、米国への自己主張を控えることにより確実に「核武装の時期」を逃す人たち。 第二に、日本独自の防衛のみに特化して、外交関係を後回しにしている人たち。 彼らは、日米関係についての考察を後回しにしており、結局、「日米関係悪化」を叫ぶ人たちに対しての反論が後手に回る。当然、そのような状態では支持を得ることは難しい。 第三に、「平和」思想や平和の甘美な言葉にどっぷり浸かって、「日本の防衛」に対して思考停止してしまう人たち。 彼らにとって軍事はアンタッチャブルな世界。 第四に、そもそも日本が今後とも独立であることを疑い、中国に併合されると考えている人たち。 彼らにとって重要なことは、中国のご機嫌を伺うこと。日本が独立を維持したり、他の国と同盟を結ぶことを嫌う。 まあ、日本にいるのはそういう人が大勢ですね。 そして、第五に、基礎知識や考察を全く行なわない感情論で「核武装を唱え」周りをより非核に引き込んでしまう人たち。 彼らは、自分達が周りを非核に引きずり込んでいるとは思ってないでしょうが、彼らの強硬論は、周りへの説得力より恐怖心をより振りまいている。ただ、中には「核議論」と言いながら、核武装を否定したり、悲観させるために意図して「空虚な核武装論」を語る人もいる。 これらの現状を考えれば、今、一番多い「日米関係悪化」論や、「空虚な核武装」論が、その多くを占め、真に核議論をしようという人はどこまでいるのか? まず問題なのはそこになります。 まずやらなければならないのは、核議論を真に行う気があるかどうかであり、その考え方が、どこまで現実的かではないかと思います。 そう考えれば、日本における識者と呼べる、政治家、評論家、軍事アナリストなどを見通して、どれだけに人物が、具体的な核武装論を持ち、それを公言し、説得力のある説明を行なえる能力があるのか?そして、「核の無い平和な世界」に抗しきれるような意見、あるいは、論破できる意見をどれほどの人物が持っているのか? そこまで考えれば、今の日本では、「核武装など不可能」と悲観する以外の結論は出てきません。 兵頭二十八氏も、単純明快な説得力のある書を出しているが、その中には、逆に読めば確実に現状の日本では核武装は不可能としか思えない内容が含まれているのも事実です。 日本の政治システムや政党は、核武装を行なえる状況か?原潜開発や弾道ミサイル開発、あるいは核弾頭開発の能力がすべて揃っているとして、政治家がそれにGOサインを出し、そして、確実に配備に至るまで持って行けるのか? 残念ながら、現状の日本にそれは不可能というほかありません。 日本の内閣システムを眺めてみれば、1年あれば所管大臣である防衛相が変わってしまう。首相ですら、小泉氏のような長期政権になることもあるかと思えば、宇野、羽田両氏のような一か月や二か月程度で崩壊してしまう内閣もある。 このような内閣において、どのように意思決定が行なわれるのでしょうか? 日本の歴史上には院政や元老制度というものがある。連続した核の運用や、長期的な運用戦略を念頭に置いた古老政治家による「核の独占」が起こらない保障はあるのだろうか? なにより、安定した政権が持続しない国に対して信頼感を持つ国はどれくらいあるだろうか? そして、倒閣運動のような事態に外国勢力の工作が入り込む余地を与えない保障は存在しないし、そうした不安感を常に日本が持ち続けているような状況で、本当に核が抑止力として確立されたといえるのでしょうか? 日本が核武装するには、まず、政治システムを核運用に耐えるものに改変し、政権担当可能な政党すべてが核の配備や運用に賛成であることが大前提です。 その前提が揃いもせずに核武装実行などありえません。 まず、原潜の心臓部は何か? 単に原子炉と答えるのでは、正解とはいえません。 原潜の心臓部は、原子炉の冷却系です。 その冷却系の静粛性技術は日本に全く存在しません。 ただ単に原子炉の小型化が出来たのでは、原子力船舶は建造できても、現在日本が保有する静粛性の優れた通常動力潜水艦のような高性能艦の建造は不可能です。 日本の企業が、原潜の原子炉を製造した経験のある原子炉メーカーを買収したからといって、静粛性技術が日本に入ることはありません。 そして、原子炉には、もう一つの問題があります。 信頼性のある原子炉を作ることが出来ても燃料棒の寿命が短すぎると問題です。 原子力発電所ならば、巨大な施設なので、定期的に燃料棒の交換が可能ですが、空母や潜水艦のように完全に艦上を塞がないと性能を発揮できない艦種では、燃料棒交換自体が建造費用に近い高額になるため、頻繁に行う事は出来ません。 現在、原子力艦艇を運用する国々は、そうならないように高濃縮燃料棒を使用しています。 当然、そのような燃料を使用するには、原子力発電所とは違う特殊な製造、制御技術も必要です。 しかし、今の日本には、本格的なウランの高濃縮施設もなければ、高濃縮ウランによる核爆発や炉心制御の技術はありません。 冷却系静粛化技術、高濃縮燃料棒、炉心制御技術という原潜の核となる技術を一から開発することになります。 せっかくある通常動力艦の技術を捨てて、原子炉技術に資金を投入して得られる利益と、現在の通常動力型潜水艦をより高性能化していく事と、どちらが費用対効果に優れているのか? 昨今の原子力潜水艦の費用高騰を考えれば、日本のようにもとから船価の高い国で、原子力潜水艦を新たに開発するとどのくらい掛かるのか・・・。費用の高騰は開発や配備の長期化を招きます。 単純に考えただけで、抑止力となるほどの配備が出来ないように思います。 それは、日本の抑止力そのものを弱体化させるだけで、失敗した場合のリスクばかりが高くなります。 そして、第二に。 弾道ミサイルについても、日本には大型の液体燃料ロケットや固形燃料ロケット技術はあっても、それを能力をそのままに小型にまとめるようなノウハウはありません。当然、商用目的のために軍事用に求められる即応性や整備性など皆無です。 今のところ、商用としてすら、打ちあげ数が少なく、米ロのような信頼性確保が出来ず、人員の宇宙への打ち上げが出来ていません。 そのようなロケット技術で弾道ミサイルをいきなり造って抑止力になると言う話自体が暴論です。 まず、軍事用として必要な小型化、整備性、即応性と言う、特殊なノウハウを蓄積しないといけません。 結局、原子炉同様、軍事用に使用するのに肝心な技術やノウハウが存在していないために、どうしても開発の長期化は避けられないという事実を物語っています。 つまり、核兵器、もとい、核爆発装置をどんなに短期間で造り上げることが出来たとしても、その小型化が早期になされたとしても、全く兵器としては用をなさないお荷物にしかならないと言う事になります。 日本に必要な核抑止力日本に必要な核抑止力とはどのようなものなのか。 戦略原潜配備による核抑止システムは、その秘匿性、生存性から報復システムとして最も有効であるといわれています。 ただ、見逃してはならないのは、その射程は「海から届く範囲の地上すべて」であるということ。 報復システムである理由が生存性であるが、それとともに先制攻撃システムとしての機動性も兼ね備えている。 イギリスが戦略原潜を残し、他の戦略核廃止を行なった理由は、「本土からの射程内」に明確な脅威対象が存在しなくなったからです。 ただ、それは、イギリスが核抑止力を削減したわけではなく、戦略核の機動性と秘匿性をより重視したということ。 それは、本土防衛という日本における核武装の根拠をはるかに越えた、世界戦略と投射力の確保にあることを忘れてはなりません。 これは当然、フランスにも当てはまることであり、戦略原潜の運用には、一国の防衛をはるかに超える規模での戦略構築なくしてはその運用に支障をきたすであろうことはまず認識すべきことです。 核戦力の構築において、自国防衛という戦術目的の核配備を行なうのか、地域バランスのコントロールや世界戦略という戦略目的の核配備を行なうのか。日本の核議論においては、多くの場合、この部分の議論が欠落しているのではないか。と、常に疑問に思っています。 日本の核武装は、イスラエルのように、基本的に自国の防衛を第一目的とした戦術的な核配備というのが、大多数の意見ではないか。と、私は理解しています。ところが、その運用内容となると、地域コントロールや世界戦略を念頭に置かない、異様な形での戦略原潜の運用が構想、議論されようとしているように思えてなりません。 専門的な部分まで立ち入って書いていないからか、兵頭氏の著作を一つ読んだだけでは、実は同じようなものを感じてしまいました。 自国防衛のための核運用ならば、それは戦術運用に限定され、外交的な扱いも世界戦略を念頭にした運用とは違ってきませんか? ところが、戦術運用と理解している発言から、どう考えても世界戦略でしかありえない運用構想を見出せば、どうしても不信感を持たずにはいられません。 私が核を語る場合、地上サイロを主張している理由は、その配備期間の相対的な短さとともに、その運用目的の明確さです。 仮に原子力潜水艦に2500kmのミサイルを搭載したならば、世界の海から大陸棚分を差し引いた内陸部、最低でも地球上の海岸線から2000km以内をすべて射程に収めるのに対し、地上配備ならば、発射基地から2500kmという明確な範囲が現れてくるからです。 日本の防衛という戦術目的ならば、そのような明確な意思の表明がまずは必要ではないでしょうか? 根本的に核議論の中で、「日本の防衛思想は?」と問い、日本に必要な戦略や戦術を見出すより先に「日本の防衛に何が適当か」を問い、いきなり実体としての兵器の話になることには、少々疑問があります。 そりゃ、話が分かりやすくていいですよ。でも、話の分かりやすさと、その兵器が持つ意味は別にありはしませんか?
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集団的自衛権行使、閣議決定へ 暴走暴挙許さぬ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140628-00000006-khks-pol 集団的自衛権を行使できるよう憲法解釈を変更するための閣議決定案が固まった27日、東北では賛同する声がある一方で、懸念と警戒が広がった。自衛隊の海外での武力行使を可能とする案は、7月1日にも閣議決定される見通し。「戦争ができる国になる」「徴兵制も導入されかねない」。一内閣だけで憲法解釈の大幅変更に踏み込んだことに「権力の暴走」との批判が噴き出した。 ◎密室協議はおかしい/このまま徴兵制の道/国のかたちが変わる 山形市のNPO共同代表松井愛さん(38)は、一昨年に出産した長男の将来を思いやった。「政府・与党は日本を守るため自衛のためと言うが、武力行使とは殺し合いだ。戦地に送るために子どもを産んだわけではない」と憤る。 護憲運動に取り組む岩手県革新懇の加藤辰男事務局長(74)は「戦争できる国に道を開くことが本質だ。憲法を守り生かす上で、集団的自衛権の行使は絶対認められない」と強調。仙台弁護士会の十河弘副会長も「武力行使は、敵国から見れば日本を攻める口実になる。戦争突入への覚悟を迫る内容なのに、密室の与党協議で決めていいのか」と異を唱えた。 安倍晋三政権の姿勢を「暴挙」と言い切るのは、宮城県内の市町村長経験者でつくる「憲法九条を守る首長の会」会長の川井貞一前宮城県白石市長(81)。「このままでは徴兵制が敷かれる。先の総選挙で自民党は大量得票したが、戦争をする権力、若者を死に追いやる権力を与えたつもりは全くない」と語気を強めた。 一方、宮城県富谷町のNPO法人事務局長今村寿さん(75)は「集団的自衛権は必要。戦争できるようにするのではなく、戦争をしないよう自衛力を高めるためだ」と語る。憲法解釈の変更についても「現在の国際情勢を考えると、憲法改正の手続きを待つ余裕はない」と理解を示す。 集団的自衛権の行使容認は、戦後日本の根幹に関わる政策転換だが、国民的な議論が不十分なまま与党協議が急テンポで進んだ。 仙台市の団体職員菊池涼太さん(24)は「アベノミクスで関心が経済に向いている裏で、巨大与党の数の論理で国のかたちが変えられようとしている。同世代では話題に上ることすらないが、自衛権行使が可能になってからでは手遅れになる」と危機感を口にした。 ・武力行使とは殺し合いだ? だから何?それがどうした? 今、この時も南スーダンやソマリア沖に自衛官が居て、基地周辺の難民やアデン湾を航行する船舶の保護をやらなければならない状況にある。 難民や航行中の船舶が襲われても見て見ぬふりをすればいいのかい?話し合いとか言って、難民が殺され、積み荷が奪われるのを放置する事が平和を守る事かい? 理想ばかり語らずに、現実を見た方が良い。 ・戦争できる国にすることが本質だ? 当たり前です。戦争できる国にしなきゃ、どうやって外交や友好を実際の成果として結実させるの? お金を渡してみんな笑顔で?小・中学生の裏サイト云々の話題を見ただけで、そんなのは空想世界のお花畑だって理解できるのにね。残念だけど、そんな理想主義は今の世界では通用しない。「力」は経済と軍事という両輪が必要な現実を否定してはいけない。 ・徴兵制が敷かれる? 徴兵制を敷くほどの軍事力が日本に必要なのか?つまり、必要になると考えているんだろう? そんな膨大な軍事力で何をやるの?言ったからには自ら説明しないとね。 ・戦争しないように自衛力を高めるためだ? 真っ赤な大嘘。 集団的自衛権とは、自国や自国民を直接守る話じゃない。 利益を共有する国を守る事によって間接的に日本の利益を守る話だから、自衛力を高めると言うのは、戦争できる国になって、いつでも戦争できる体制にするという事。その事で、紛争が起きても大戦争にまで発展しないうちに終結させたり、日本への飛び火が無いようにする。それが目的。 ・憲法改正を待つ余裕はない 何大嘘垂れてるの? 待つ余裕がないのではなく、改正しようと言う意思が無いだけ。 国会が改憲発議し、国民投票が30日だか60日以内に行われるのだから、早ければ半年、遅くとも1年以内には改憲は可能。やろうと言う意思を持っていないから出来ないだけの話。 ・自衛権行使が可能になってからでは手遅れ? もう、意味不明。 事は自衛権の発動だけに限らない。無関心を棚に上げて今話題のもに飛びついていれば「関心あります」「危機感有ります」な流行に乗るその姿勢自体が大問題。 自衛権行使によらずとも、今日、今この時にでも、南スーダンやソマリア沖で戦闘が起きるかもしれない。その事については何も考えないで良いのかな? その程度の危機感しかない。それが今の日本の病巣を端的に示してる。 ↓↓↓こちらの応援もよろしくお願いします↓↓↓
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