ここから本文です
秋上は 富高らかに 相かして 思うことなく 長生きせん
その通り。だが君は考え違いをしている。我々は悪ではない、善なのだ。

書庫蒸気機関車

日本の発展と繁栄の立役者・・・。当時の浪漫が詰まってます。
記事検索
検索

全1ページ

[1]

タバコじゃないですが、煙を吸いたくなってきました。

ええ、蒸機から吐き出される石炭と重油を燃やした煙です。そう、梅小路や山口や会津に行って蒸機の煙を吸いたいです。

というわけで、もうちょっと暖かくなった頃に梅小路にでも行って煙を吸って来ようと思います。ついでに写真を撮ってきてKATOのC62東海道形のディテールアップに役立てようかと。

蒸気が足りません

 私は最近、蒸気と石炭の成分が不足しています。このままでは消化不良で行動不能に陥る可能性があります。それを防ぐために蒸気と石炭の補給を行うべく、梅小路に行きたいと願う。

 今年一年、あらゆるところを走ってきましたが、やはり一番楽しかったのはSLやまぐち号乗車かなと思います。近いうちに出来ればばんえつ物語号に乗りたいと思います。さすがに5時間も乗車できるなんて魅力的じゃないですか・・・。でも、JR東日本は旅客輸送が『客扱い貨物』状態なのでどうも好きになれません。

 まぁ、というわけで梅小路で鉄道省規格の蒸機に囲まれて心の栄養を摂取して復活したいものです。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 『C57 1』 やまぐち号(新山口駅&津和野駅)
 『D51 194』 津和野駅前
 『C62 1』 梅小路蒸気機関車館
 『C62 2』 梅小路蒸気機関車館
 日本最初の鉄道が開通してから百数十年。開通から百年もの間鉄道の王者は蒸気機関車でした。また、昭和戦前期は鉄道省規格蒸気機関車の完成期でもあり、鉄道がもっとも幅をきかしていた時代でした。当時の旅行といえば鉄道による『参詣』旅行であったり、『温泉地』旅行であり、『新婚』旅行であったようです。そのため、鉄道省だけでなく大手私鉄も特に『参詣』輸送を重視し、各地の大きな神社へ線路を延ばしていました。
 その輸送を担ったのが蒸気機関車による客車列車です。今でこそ客車といえばイベント列車の代名詞となりつつありますが、当時は通勤から長距離特急に至るまでほとんどが客車による運行でした。実際、大正時代に電化が始まっていた帝都圏(首都圏)においても電車の運行は少なく山手線や中央線程度だったようです。

全1ページ

[1]

ブログバナー

出雲守護
出雲守護
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事