|
朝早くから、も〜やんの墓参りに行ってきました。
大阪はこれから天気が下り坂なもので。
12月23日はも〜やんの命日。
満二年目なので、3回忌になります。
早いものですね・・・。
|
も〜やん
[ リスト | 詳細 ]
|
本日12月23日は、も〜やんの命日でした。
当ブログのアイドル・モルモットでもあったも〜やんが逝ってしまって、早いもので1年が経ちました。
本日は息子とふたりでも〜やんの墓参りに行ってきました。
嫁さんはKFCに勤めているので、1年で一番忙しいとき。
今日も朝4時半に起きて出勤、夜22時まで仕事なんですわ。
だから、も〜やんの墓参りには行けない。
そう、そんな嫁さんがバタバタしている時にも〜やんは亡くなったんですよね。
昨年の今頃、私と嫁さんが交代で、も〜やんを毎日病院につれて行ってた事なんかを想い出していました。
嫁さんの仕事柄、我が家にはクリスマスもへったくれも毎年ないんやけど、昨年はも〜やんの死で年末年始もなんにもなかったね。
家族みんなが悲しみのどん底状態やった。
努力して忘れたそんな事が脳裏に甦ると、1年って長いようで早いなと思う。
エキゾチック・アニマルの魅力を教えてくれたも〜やん。
私も頑張って、少しでも多くのモルモットなんかを救いたいなんて思っています。
ホンマにも〜やんはいいヤツ。いい男やったなぁ・・・。 |
コメント(12)
|
本日はも〜やんの法事でお寺に行ってきました。
↑
今日から我が住宅の敷地内にも鯉のぼりが・・・。
↑
も〜やんの遺骨を納骨した西区の正福寺に家族とオカンと弟の5人でお参りしました。
この追悼会は正福寺で春と秋の2回行われる行事で、も〜やんの百日法要も兼ねて参加しました。
↑
境内の祭壇にも〜やんの遺影と花を祀っていただき、勤行していただいた。
私のファミリーの他にも、約30人ほどの人たちが参列されていました。
↑
約1時間の法要が終わり、トイレに行ったオカンを待つ私の嫁と息子。
帰りにみんなでファミレスに食事に行きました。
↑
じゃ〜ん!
(ヒロシ09さん、使わせていただきました(笑)・・・)
どこにでもある地元のガストでんがな・・・。
↑
みんなオカンのおごりだから食べる食べる(爆汗)・・・。
↑
息子はひとりでプレート2枚分の料理を平らげてた(汗)・・・。
↑
家に帰って、も〜やんの遺影はいただいたお花と共に定位置へ・・・。
も〜やんも喜んでくれたと思います。
正福寺の住職が仰られていた・・・。
人生には3つの間が大切だと・・・。
「時間」、「空間」、「仲間」
いろんなタイミングによって結びついたこの3つの間が大事なんだと。出会いと別れね・・・。
↑
我が家の新しい仲間テディ&ラン、明日で我が家に来てちょうど一か月。
先日からケージを掃除する時に解放してあげているんですが、相変わらず寄り添ってビビっています(汗)・・・。
この姉妹のように仲良しのモルモット2匹、縁があって共に暮らしてる訳ですから、3つの「間」を大切にして末永く一緒に人生を歩んでいきたいものです。 |
|
(この記事は当ブログのアイドルモルモットだったも〜やんの最期を綴った重い記事です。
興味ない方はスルーしてください)
早いもので、昨年末に最愛のペットも〜やんが亡くなってから今日でちょうど四十九日でした。
も〜やんは昨年の12月23日の午前1時38分、病院で処置中に亡くなりました。
いろんな都合で、翌12月24日にペット斎場にて火葬してもらい、以後は遺骨を家に持ちかえり、四十九日の今日を迎えるまで、我が家で供養してきました。
↑
ひとつの区切りとして個人的な事を書かせていただきますが・・・。
画像は病院のフロア。
実は昨年の秋頃、私の両親が揃って病院の検査に引っかかりましてね。
ふたり一度に手術するのは大変なんで、入れ替わりで手術する事になったんですね。
ただでさえ家族にストレスがかかる状況なのに、我が住宅の改修工事が始まって細かいトラブルが重なるなど、我が家族とも〜やんには凄くストレスが降りかかり、他にも色んな事がこれでもかというくらいに重なった。
ホンマに悪い事って重なるものです。
両親の手術が決まった頃からも〜やんの背中にコブができて、病院に通院して薬治療が始まった。
12月の4日に私の父親が手術を受け、18日にオカンが手術を受けた。
両親の手術は共に成功したんですが、不思議な事に両親の手術ごとにも〜やんの状態が急激に悪くなったんですね。
毎日も〜やんの世話をする嫁さんから、私はも〜やんの様子がおかしい事は聞いていたんですが、私は両親の事が気になっていたし、も〜やんは通院させていたので少し医者任せにして安心していたんですよ。
しかし、オカンの手術前からも〜やんが歩けなくなったんで、私は慌てても〜やんを大きい別の病院に連れて行った。それが12月19日、オカンの手術の翌日ですわ。
(ちなみにその日は会社の同僚のお父様のお通夜の日で、ホンマに大変な1日でした)
も〜やんの背中のコブは悪性腫瘍で、可愛そうに背骨が曲がって動けない状態。
病院の都合で12月25日にも〜やんは手術することになった。
それまでの数日間、も〜やんの体力維持のために毎日も〜やんを点滴の為に病院へ連れて行った。
最後の日は、私が電車に乗っても〜やんを病院に連れて行った。
その時私は初めても〜やんと外に出たんですね。も〜やんに青空を見せて話しかけていた。
最後の一週間、なぜかも〜やんの顔がビショビショに濡れている。
私、も〜やんが水を飲むのが困難でヘタになっていたので、それで顔が濡れてるのかと思ってたんです。
病院のロビーで,も〜やんの顔をマジマジと見ながら話していると、も〜やんの顔がなぜ濡れているのかわかった。
も〜やんの目から溢れた涙で頬が濡れていたんですよ。
動けないからも〜やんは涙を拭えない。も〜やん、辛かったと思います。
私がも〜やんを病院から連れ帰り、排せつの世話をし終えたら、も〜やんはグッタリして何も食べなくなった。
↑
コレ、昨年の12月19日に撮った、も〜やんの生前最後の写真。
背中のコブが脇腹にまで垂れるように及び、も〜やんは横向きにしかなれない状態。
よく見るとも〜やんの頬は濡れています。
12月22日の夜、クリスマスシーズンの多忙で遅く仕事から帰宅した私の嫁さん、心労でコケて顔面から落ちて帰ってきた。嫁さんの顔面が血だらけなんですよね。ホンマに悪い事って重なる。
その嫁さん、軽く顔面の応急処置をしても〜やんの世話を始めると、「も〜やんの体温がいつもより冷たい」と言い出した。
私と嫁さんは午前零時を回ってから、タクシーでも〜やんを病院へ連れて行った。寒い日でしたわ。
(私はこの時、息子に留守番させた事を後に後悔した。まさかも〜やんが死ぬとは思わんかったから)
病院は夜中なんで、若い経験のない先生しかいなかった。
「胸腔に水がたまり、呼吸困難になっている。朝まで待って、経験のある医師の処置を受けるか、経験の少ない私が水を抜いても良いか。どちらか判断してください。危険な状態で、このままでは手術まで体力が持ちません」と、私は若い医師に言われた。
私は、「このままだと手術する望みもなくなる。今できるベストな状態の処置をお願いします。覚悟はできてます」と、若い医師に処置をお願いしたんです。
しばらくすると、医師は人間が採血されるくらいの注射器を私に見せた。中は血でいっぱい。
それを見せて医師は私に、「これで全体の10分の1です」って言った。
私は「こらアカン」と思ったんですが、医師は「もう少し頑張ってみます」と、再度処置室に消えて行った。
扉一枚向こう側で、も〜やんの鳴き声が聞こえる。すると、医師が「呼吸が止まった。来てください」と、私と嫁さんを慌てて呼びに来た。
も〜やんは呼吸器を口に当てられ痙攣していてね。
数分前まで目の前で生きていたも〜やんは、私のジャッジによって目の前で死んでました。
泣き崩れる嫁さんの横で、私はも〜やんに謝るしかなかったわ。
私は当然、も〜やんの死は悲しかったんですが、それ以上に嫁さんが心配でね。
も〜やんを我が子のように可愛がっていましたから。
間が良いのか悪いのか、嫁さんはケンタッキーに勤めているので、クリスマス商戦で休めなかった。
仕事に行くのは辛かったと思いますが、嫁さんは責任感が強いので、悲しんでる暇もあまりなかった。
も〜やんの為に、住宅内に生えた笹を生前も死後も摘み続ける嫁さん。
・
・
・
も〜やんの四十九日を迎えた本日、も〜やんを火葬していただいたお寺に納骨に行ってきました。
我が家族3人と、オカンと弟の5人で。
↑
お寺の隅に火葬場と共同慰霊碑がある。
こちらのペット斎場にはホンマによくしていただきました。感謝です。
も〜やんが大好きだった巣箱と、おやつをお供えして合掌。
これからこのお寺にはしょっちゅう手を合わせに来ると思います。
帰りに腹が減ったんで、みんなで「王将」に行った(爆汗)・・・。
王将で食事中に、私、オカンに言ったんですよ、「あれだけいろんな事が重なるのも珍しい。俺は思う。も〜やんは爺ちゃん婆ちゃんが大好きやったから、二人の悪い病気をみんな背負って逝ってくれたんとちゃうか」って。
オカンは泣きだして、「も〜ちゃんが死んだって聞いたとき、私はそう感じとった」って。
も〜やんはそういう男気のあるヤツでしたわ・・・。
昨年、も〜やんの死を伝えたとき、まだオカンは入院中で、その時もオカンは号泣してた。 も〜やんの遺骨の一部はペンダントヘッドに入れて家に残す事にしました。
そういう風に遺骨の一部を手元に置く人が多いそうです。
私が死んだ時に、やはりも〜やんの骨の一部と一緒にしてほしいしね。
つまらん余談なんですが・・・。
昔、関西で制作された花登筺さん原作のドラマ『とてらい男(ヤツ)』
私の友人が大好きだったドラマで、西郷輝彦演じる山下猛造という主人公のあだ名が「もーやん」やった。
私はも〜やんの名前をそこからつけた。
今回、も〜やんを火葬&納骨させていただいたお寺、大阪西区の立売堀というところにある。
調べて驚いたんですが、『どてらい男』というドラマは、大阪の問屋で、私の会社の得意先でもある会社の創業者がモデルやったんですね。丁稚奉公からのし上がる男のドラマでした。
その会社の本社があるのも立売堀なんです。偶然ですよね・・・。
最近、やはり家族は寂しいようで、新しいペットが欲しいみたいですわ。
あんなに辛い想いはもうたくさんだと思いながらも、やはり心に空いた穴は大きいんですよ。
遠くの身内より、共に暮らした生き物の死の方がよっぽど辛い。
も〜やんがいた日常が楽しすぎました。
も〜やんには感謝です。私にとってのオンリーワンです。
ホンマにも〜やんはどてらい男やった。 |
|
区切りとして、今年最後の記事を更新させていただきます。
最後のも〜やん通信です。
当ブログのアイドルやったモルモットのも〜やん。
12月23日午前1時半に、虹の橋に旅立ってしまいました。
実はこの12月、我がファミリーはいろいろと災難続きで、それらを乗り越えていく最中に、ダメ押しのように唐突に訪れたのがも〜やんの死でした。
元気だったも〜やん。
今月の中旬から体調が悪化し、私が慌てて違う病院へ連れて行き、25日に手術する事が決まっていた。
しかし、手術前に容態が急変し、夜中に病院で処置中に亡くなった。
以前の記事で紹介した背中のコブが悪性腫瘍やったんです。
今思えば、も〜やんはいろんなサインを出していたんです。苦しんでいた。
しかし、他のいろんな事で精神的に参っていた私はサインに気付くのが遅れた。
日頃も〜やんを通院させていた病院に任せていた私がバカだった。
設備の整った病院へ1週間早くも〜やんを運んでいたら、も〜やんは助かっていたと思うと後悔ばかりが残る。
このブログでね、も〜やんは大活躍やったね。
時にはレクターに扮して『ショーシャンクの空に』のパロディをやったり(笑)
ドン・コルレオーニに絡んだりスーパーマンになったり、『激突!』のパロディではトラック役だった(爆)・・・。
このブログを通しても〜やんを応援してくれた方々、ありがとうございます。
私も、も〜やんには「ありがとう」という言葉しかないはずなんですが、最悪の死なせ方をさせてしまったので、ただただ、「も〜やんゴメンな。許してくれ」と詫びたい気持ちの方が強くてね・・・。
我がファミリーがも〜やんと暮らしたのは2年8か月。
その間はとても楽しく幸せでした。
も〜やんはクリスマスイブの日に、ペット斎場にて火葬していただきました。
今は四十九日まで家で供養しています。
も〜やんはとても寂しがり。
このブログを通しても〜やんを応援してくれた方々、も〜やんの一生に拍手してあげてください。
「ナイス」大歓迎。も〜やんが喜びます。
クリスマスからお正月へと盛り上がる時期に、暗く重い記事で申し訳ない。
私も来年のも〜やんの四十九日までは更新しないと決めていたんです。
でも、も〜やんは今月も生きていたんですよね。
ちゃんと報告してあげないと、も〜やんが可哀想だと思い、おもいきって記事にしました。
も〜やんよ、安らかに眠ってください。
ありがとう。 |



