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三番街シネマ3



前記事「三番街シネマ1」に引き続き、三番街シネマ3を紹介します。
(三番街シネマ2はこのブログ初期に紹介しました)






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三番街シネマ3
(本来なら私が撮影した写真で紹介したかった。残念です)
キャパ500人弱ほどやったかなぁ・・・。
ご覧のように縦長構造で天井が低いため、キャパとスクリーンの大きさがまったく釣り合っていない劇場でした。
現TOHOシネマズ梅田の悪名高いシアター7とそっくりなんですよね。
音響がやたらに良いところもそっくり。
だから、その音響効果を売り物に、大作の拡大公開の時によく使用されていました。
一番驚いたのは、大阪北地区で『サタデーナイト・フィーバー』が公開されたのがたしかここでしたわ。






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このシネマ3だけ後で開館された。
1977年12月オープンです。開場番組は『007私を愛したスパイ』
前記事でも紹介した通り、入れ替わりで閉館したのが旧・梅田劇場、旧・北野劇場、旧・梅田スカラ座、梅田地下劇場。だから旧・北野劇場の最後の番組も『007私を愛したスパイ』でした。



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私が三番街シネマ3で初めて見た映画は、1978年暮れに見たお正月映画、『ピンクパンサー4』でした。
土曜日の学校帰りに友人とシネマ3に入ったら、立ち見の超満員で、1回目は立って見ました。
第一印象は、「なんちゅう細長くて狭い映画館」かと。
この三番街シネマは、ビルに入った三つの映画館の個性がバラバラやったところが素晴らしい。
今のどれも同じようなシネコンとはハッキリ違っていました。おもいっきり三つの映画館だった。
『ピンクパンサー4』はお客さんバカ受け。赤で統一された綺麗なロビーにある売店で、ピンクパンサーの缶ペンケースを買ったのを憶えていますわ。





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私が三番街シネマ3で鑑賞した作品を並べてみましょう。

『ピンクパンサー4』 『おかしなおかしな石器人』 『愛は静けさの中に』 『バタリアン2』 
『グッドモーニング・バビロン!』 『月の輝く夜に』 『九龍の目』 『ビッグ』 『ヤングガン』 『ブロブ』 
『裸の銃を持つ男』 『ジョニー・ハンサム』 『恋人たちの予感』 『ダーク・エンジェル』 『ゴースト』
『ゲッタウェイ』 『60セカンズ』 『フロム・ヘル』 『ボーン・アイデンティティ』 『グエムル』 『スネーク・フライト』
『アポカリプト』



同じビルの中にあるからといって、昔の映画館は新聞で発表した劇場は変えなかったものなんですが、お客さんの入り具合で臨機応変に変えていたのが三番街シネマ。
その代わり、全席指定になるのが遅かったのも三番街シネマ。

シネマ3の思い出・・・。

幼い私の息子が、急に飛行機のトイレ内で始まったファックシーンに驚いて、『片腕ドラゴン』のジミー・ウォングのごとき起き上がって、前のめりで見ていた『スネーク・フライト』(超爆)・・・。

まだ大阪にちゃんとしたミニシアターがなかった頃に公開してくれた『グッドモーニング・バビロン!』という作品にすごく感動したこと。

友人と三人で『おかしなおかしな石器人』をオールナイトで観に行ったとき、チケットを買って時間調整で梅田の東通りというデンジャラスゾーンに行ったら因縁をつけられてね。
二人組に騙されて、財布を預けた友人がそいつらにかつあげされた(爆)・・・。
直接ではないんですが、私の生涯で最初で最後の恐喝をされた(超爆)・・・。
財布を盗まれた友人を責める事もできず、歩いて帰るまでに観た『おかしなおかしな石器人』、友人は笑っていたけど私ははらわた煮えくり返っていたのが強烈な思い出ですね。

三番街シネマの入った百又ビル、後年によく家族でボウリングや映画鑑賞に行ったので、今も原型は残っているんですが、中身が変わった時は寂しかったですね。
(梅田ピカデリーなんて、いまやライヴハウスに巨大クラブですからね)

三番街シネマ1





実は私が一番大切にしていた映画館を撮影した写真のアルバム、春に模様替えしたときに大事にしまいすぎて行方が分からなくなった(大汗)・・・。
探しているうちに、このブログでまだ紹介していない昭和の映画館がある事に気づきました。
アルバムが見つからないので、画像はみんな借り物になりますが(汗)・・・。




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三番街シネマ1
大阪・梅田の阪急百貨店前から、今のロフトや梅田芸術劇場に行く途中にあった「百又ビル」
ボウリング場や囲碁会館と並んでビルに入っていたのが三番街シネマの3館でした。
先日、私が記事で触れたミナミの千日前スバル座のリニューアルオープンと同時に、1975年(昭和50年)頃に開場したようです。
洋画封切館のシネマ1はキャパ700人ほどの、2階席を擁する大劇場でした。
(同時にオープンしたシネマ2、当初は2本立ての名画座やったようです)

私が初めて三番街シネマ1で映画を見たの、1978年8月の市川崑監督作品『火の鳥』でした。
実は、梅田東宝会館(現TOHOシネマズ梅田・ナビオ)が1978年のお正月映画公開後、建て替え工事に入った為に、東宝邦画専門の梅田劇場が一時閉館。
私が友人たちと初めて梅田で洋画(ブルース・リー死亡遊戯)を観に行ったとき、現ナビオは周りを囲われて工事中やった。それが1978年の春です。
1980年の秋にナビオ阪急がオープンするまでの間、東宝の邦画専門館の役割を果たしていたのが三番街シネマ1やったんです。

でもね、面白い例外もありましたよ。
1979年の春に、東宝邦画系で『ベルサイユのばら』が公開されたとき、『ベルサイユのばら』はお菓子で出来た巨大なベルサイユ宮殿の展示と共に、お隣の阪急プラザ劇場で公開されたんですよ。
その間、三番街シネマ1で珍しく公開された洋画が、あの『ゾンビ』だった。
グロシーンになるとストップモーションのモノクロになり、エンドロールのなかったヴァージョンの『ゾンビ』を、私は雨の日に朝から三番街シネマ1で鑑賞しました。
ケン・フォーリーが学校のいじめっ子そっくりなのも含めて忘れられんわ(笑)・・・。



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1980年秋から再び洋画ロードショー館になったシネマ1、1990年代にスクリーンを70mm仕様に張り替えた。
記念すべき初の70mm公開作はロバート・レッドフォード主演の『ハバナ』でした。
この劇場が壊れるのではないか?という大ヒットを記録したのは『もののけ姫』でしたね。



私が三番街シネマ1で鑑賞した作品を並べて見ます。

『火の鳥』 『ゾンビ』 『夜霧のマンハッタン』 『プロジェクトA2』 『サンタリア』 『危険な情事』 『サイクロンZ』
『告発の行方』 『ホームボーイ』 『ワーキング・ガール』 『アパッチ』 『プロジェクト・イーグル』
『ハバナ』 『ハードウェイ』 『硝子の塔』 『ウルフ』 『ジャッジ・ドレッド』 『レリック』
『トリプルX』 『日本沈没』 『犬神家の一族』



個人的に三番街シネマ1は後のニューОSと共にジャッキー・チェンの映画のイメージが強い。

嫁さんがデートに遅刻した影響でむっちゃ前でスクリーンを見上げた『硝子の塔』

結婚式の翌日に見て疲れから爆睡してしまい、帰りにフラフラになって三番街シネマの階段から落ちて、通行人と嫁さんに助けられた『ウルフ』(汗)・・・。

本当は買った前売りで千日前セントラルの最後の姿を見るはずやったのに、劇場前で「その前売りウチでは使えまへん」言うて門前払いされたので(爆)、しかたなく三番街シネマ1で観た『日本沈没』

その『日本沈没』を家族で観た帰り、阪急ビル前のスペースでオッサンが女ホームレスにフェラさせていてね、嫁さんが幼い息子に見せんように立ちふさがり、「こいつら何してんの、気持ち悪る!」と叫んだ夜(超爆)・・・。

こうして見ると、洋画のロードショー劇場やったんですが、私の鑑賞歴は市川崑さんの作品で始まり、市川崑監督の作品で終わっているんですよね。
意外に鑑賞作品が少ないのは、この劇場は綺麗で設備も良いので女性に人気があり、いつも混んでいるイメージが強かったからです。








「知らない町を歩いてみたい♪
どこか遠くへ行きたい♪」
先日亡くなった永六輔さんが作詞したテレビ番組『遠くへ行きたい』のテーマ曲、知ってる人は昭和世代と書こうかと思ったら、あの番組、今も現役でやってるらしくてビックリしました(汗)・・・。



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こういう古い映画資料を見ていると、神戸・新開地にあった映画館、「聚楽館」が私は気になるわけですよ。
おそらく新開地の聚楽館は1980年代には無くなっていたと思う。
今回、ネットサーフィンしていると、偶然在りし日の聚楽館の写真を見つけた。






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見てくださいコレ。
『激走!5000キロ』と、あの『ロッキー』封切り時の神戸新開地・聚楽館の画像です。
前売り券発売の次回公開予定作が『キャリー』ですよ。
モロに1977年頃ですよね。
HI-Cとカップヌードルの自販機も懐かしい。

私の地元から神戸までは電車で50分ほどなんですがね・・・。
私、遠くへ行きたいどころか、近畿の各地、ホンマにいつでも行けると思うから、逆に行ってないんですよね・・・。
神戸の映画館なんて行った事ない。
三ノ宮の映画館にいつか行きたいと思っていたら、あの阪神大震災でみんな映画館は潰れてしまった。




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こちらは大阪梅田の旧・北野劇場の場内らしいのですが、本当ですか?
どなたか知ってる方はコメントください。





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こちらは旧・なんば花月横にあった花月シネマ。
超懐かしい(涙)・・・。
映画館になる前は蝋人形館やったという場内は鰻の寝床のように狭く、壁にペタっと貼られたスクリーンを遮るように柱が立っていたという(超爆)、伝説の映画館でした。
私はムーブオーバーの『未知との遭遇』を見た事があって、350円だった場内が超満員でビックリして、柱が邪魔で2度ビックリ!(爆)・・・。






前記事でも触れましたが、しばらく改装の為に休館していたTOHOシネマズ梅田が昨日12月5日にリニューアル・オープンしたので、さっそく行ってきました。




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TOHOシネマズでは、昨年あたりから新しい上映システムを導入。
関西は都心のシアターに導入されていなかったので、「どないなっとんねん?」と、私なんかはヤキモキしていました。









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関西で最大のキャパを誇るシアター1に、ТCX(TOHOシネマズ基準の巨大スクリーン)と、音響システム「ドルビー・アトモス」が導入された。








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撮影が暗いですが、こちらがТCXの大スクリーン。
15m×6・3m。
ちなみに、TOHOシネマズなんばの2番スクリーンの方が大きい(汗)・・・。
それは先細りで扇型というシアター1の形状からして予測できた。
以前の旧・北野劇場時代からのスクリーンと、そんなに大差ないように感じた。昔の70mmスクリーンに戻った感じ。
私は思うんですが、今回のリニューアルでスクリーンはそんなにいじっていないんちゃうかな?(汗)・・・。
でも湾曲した大スクリーンは大迫力。






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お客さんで見えませんが(汗)、プレミアシートの位置が後方に下がりましたね。
シネコン全体的に、赤と黒からシックな茶色と黒にチェンジされていました。







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緑に光っているのは、ドルビー・アトモス対応のスピーカー。
その影響で、北野劇場時代からあった天井のシャンデリアが消えた。
このシアター1はとにかく横に広いので、どの席からでもバランス良く大スクリーンが見える快適な空間だと思います。
ひとつ気になったのは、スクリーンが大きくなったぶん、スクリーン位置も若干低くなっているので、以前はまったく気にならなかった前の席の人の頭が場合によっては邪魔になるかもしれません。







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帰り道。梅田の阪急前やね。
この通路、映画『ブラックレイン』で、マイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアが歩いていたところ。





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実はですね、ある事が気になって大阪が誇るシネコン、TOHOシネマズ梅田の事を調べていたら、TOHOシネマズ梅田の歴史というか事情を解説した記事を見つけた。
その記事の内容、かなり間違っているんですよね(汗)・・・。
シアターによってかなり当たりハズレのある個性的なシネコンであるという指摘は間違ってないんですが(笑)・・・。
これはリアルタイムでTOHOシネマズ梅田の歴史を見てきた私の出番やなと。
(マニアックな記事なんで、興味ない方はスルーしてください)



まず、現在のTOHOシネマズ梅田の各シアターを紹介しましょう。




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シアター1。747席。
TOHOシネマズ梅田は、1980年、ナビオ阪急(現HEPナビオ)の8階にオープンした3つの大劇場からスタートした。
このシアター1は、元々は北野劇場だった。





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キャパ千人だった頃の、1980年代の北野劇場。
2階席のない扇型のワンスロープだった。
中列以降がスタジアム形式になった今もそんなに印象が変わっていません。






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シアター2。475席。
こちらは元々は梅田スカラ座だった。




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1980年代の梅田スカラ座。
写真の上段に白い部分が見える。2階席なんですね。
お隣にあった邦画専門の梅田劇場も、2階席のあるほぼ同じ造りでした。
この2階席が、後のシネコン化によって個性的なシアターに変身する。






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シアター3。470席。
こちらは元々は梅田劇場でした。








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シアター4。99席。
こちらはね、シネコン化するにあたり、梅田スカラ座の2階席を無理やり小さなシアターに改装して誕生したもの。
前から5列しかなく横に広く、スクリーンの圧迫感がえげつない。
私は両サイドを人に挟まれるのが嫌なんで、いつも右端から見ます。
かなりベストポジションが限られるシアターですね。






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シアター5。96席。
こちらは梅田劇場の2階席を改装した。シアター4とほぼ同じ造り。
友人のフリオが初めてここで映画を見たとき、最初に座席表を見せられて、「混んでるから劇場の一部のエリアを見せられている」と勘違いしたそうで、場内に入ってみて、「なんじゃこりゃ?」って(爆)、驚いたそうです。
やはり無理やり劇場を分けて作られているので、快適とは言えない鑑賞空間になっている。バランスもヘチマもない。







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シアター6。99席。
シアター4と5のある9階フロアに、一番最後に増築されたシアターで、元々は従業員の会議室(超爆)・・・。
四角い場内は、4や5よりは見やすいですが、真ん中後方しかベスポジがないんですよね。
ここで『バーレスク』を見たとき、満員で前から2列目しか席が取れなくてね、小さいわりにスクリーンが大きめなんで死ぬかと思った(笑)・・・。


大劇場の名残ある①②③に比べて評判の悪い④⑤⑥。
しかし、さらに評判の悪いシアターが存在する(汗)・・・。






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悪名高いシアター7。132席。
ご覧のように縦長設計なのにスクリーンが一番小さい。
目が悪い人なら最後尾から字幕が見えにくいと思う。
私はこのシアターで見るときは、前から3列目以内で見ます。






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シアター8。152席。
シアター7と同じ7階フロアにあります。
このシアター⑦⑧はね、たしか1998年にレストランフロアの一角を潰して、「ナビオシネ」というミニシアターとして開場したんですよね。
だから小さくて当然なんですが、日本は大劇場でもミニシアターでも料金が同じだから不思議なんですよね。
ただ、この⑦⑧には良いところがある。音響が良い。




ついでなので、別館も紹介しておきます。





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別館アネックスにあるシアター9。267席。
元々はニューОS劇場という老舗の名劇場で、1960年代からの名残をとどめる大阪最後のロードショー劇場ですね。
昔の劇場独特のホールエコーが、今も心地よく響いています。
シネラマОS劇場閉館後、ОS劇場の名を引き継いでいたんですが、TOHOシネマズに吸収されて生き残りました。






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別館アネックス内にあるシアター10。121席。
昔のニューОS劇場の後方にあった、スタジアム形式の指定席エリアを改装して誕生した、こちらも元はミニシアター。
でも、このアネックスの2館はまだ鑑賞しやすい空間ですわ。
スクリーンも大きめですしね。


またまたついでに、かつての老舗劇場、ニューОS劇場を紹介しましょう。






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ОSチェーンのページから拝借した昭和40年代のニユーОS劇場。





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1980年代のニューОS劇場です。
上記の現在の画像と比べても、ベースになる部分は変わっていない。
切符売り場向かいにあったモデルガン屋さん、懐かしいわ。

今回、私がなぜTOHOシネマズ梅田の事を調べたのかと申しますと、スケジュール欄にシアター1が載っていなかったから。
どうも一番大きいシアター1だけ改装中みたいですね。
中途半端な改装を繰り返してきたTOHOシネマズ梅田なんで、最新設備の導入なら嬉しいんですが、あの大劇場をまたふたつに分けるなんで事はしないでほしいですね。
梅田には他にも快適なシネコンがあるんですが、軽く湾曲したスクリーンが拝めるのはTOHOシネマズのシアター①②③だけ。
昭和の時代から数々の名画を見てきた空間は消さないでほしいものです。








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