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「仕方がない」!「やむをえない」!だけでは、政治は動かない、一人でも発言していくことだ!真実 を本音の言葉でずばりと言うブログ!

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国政上の重要テーマとして、

原発、憲法、TPP

消費税、沖縄

という問題がある。

国論を二分するテーマであり、安倍政権の五大テーマを推進する政策方針に抗
する主権者が大同団結して、政権の暴走を防ぐことが重要である。

現在の安倍政権の国会議席を確保させた主権者は、全有権者の約4分の1であ
る。

選挙の投票率が5割強、投票に行った人の約半分の有権者が自公の与党に投票
した。

全有権者に対する投票の比率は4分の1だが、議席数においては、衆議院で6
7.9%、参議院で55.8%を占有した。

国政上の重要決定を行う最高機関は国会である。

国会における多数議席は、圧倒的な意味を持つ。

全有権者の4分の1の支持しか得ていなくても、国会で過半数、圧倒的多数の
議席を確保すれば、巨大な力を発揮することになるわけだ。



しかし、恐らく、少なくとも全有権者の4分の1の人々が、安倍政権が推進す
る上記五大テーマに対する推進の方針に反対の考えを有していると思われる。

福島の原発事故を経験して、なおかつ、原発利用を推進しようというのは、愚
の骨頂としか言いようがない。

将来世代に対して、あまりにも無責任な態度である。

財政論議で、「子や孫の世代につけを残さない」と主張する人が、どうして原
発の問題になると、「子や孫の世代につけを残さない」と発言するのをやめる
のか。http://image.with2.net/img/banner/banner_22.gif


 
明らかな矛盾である。

原発は「トイレのないマンション」にたとえられるが、使用済み核燃料の処分
の方策が何も決まっていない。

この状態で原発利用を推進するのは、今のことしか考えない、自分のことしか
考えない、そして、カネのことしか考えない姿勢である。



私は憲法を絶対に変えてはならないとは考えない。

変える必要があれば変えるべきものだろう。

しかし、権力は必ず腐敗し、暴走するものだから、その権力を縛るために憲法
は存在する。

だから、憲法を変更するためのハードルは高めに設定されている。

安倍政権の憲法改定方針の最大の問題は、96条改正を先行させようとしてい
る点にある。

憲法改正発議要件を衆参両院の3分の2以上の賛成から過半数の賛成に変更し
ようとしているのだ。

この改定が通ってしまうと、主権者の4分の1の賛成で憲法が改定されてしま
う事態が発生する。

これはあまりに危険である。

憲法改定を全否定するものではないが、憲法改定のハードルは高めに維持する
べきだ。

このハードルをクリアできる状況が生じることを条件に憲法改定を考えるべき
だ。

96条改定先行論は、憲法をないがしろにする考え方である。
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日本の諸制度、規制のあり方にTPPが与える影響は甚大である。

最大のカギはISDS条項にある。

日本がISDS条項を呑めば、世銀傘下の裁定機関が国家権力の上に位置する
ことになる。

つまり、国際金融資本が日本の諸制度、諸規制を決定する権限を有することに
なるのだ。

国際金融資本の行動原理は、資本自身の利益追求である。

日本国民の幸福、福祉の向上など眼中にない。

日本は国際金融資本の強欲な利潤動機によって破壊されることになる。

国際金融資本が標的にしているのが、農業、医療、保険の三分野である。

日本農業は破壊され、外国資本に支配されることになるだろう。

医療では、公的医療保険でカバーされる医療の比率が引下げられ、医療の政界
に露骨な貧富の格差が持ち込まれることになる。

日本社会の本質が完全に変質させられることになるだろう。



消費税増税は文字通り悪徳の政策である。

財政構造改革は必要だが、安倍政権が推進する政策は、財政構造改悪である。

利権支出を激増させ、社会保障を切り刻み、大企業に減税をして、低所得者に
重税を押し付ける。

悪代官政治=悪政そのものだ。

この増税でもたらされる不況は悪政不況である。

沖縄の負担軽減が叫ばれるが、辺野古に基地を建設する場合、沖縄の基地負担
は軽減されない。

日本政府は、ただ米国の命令に従って、辺野古の美しい海岸を破壊して巨大な
軍事基地を建設しようとしているだけである。

ひたすら米国にひれ伏す外交を続ける政府を独立政府とは言えない。

植民地政府なのである。
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五つのテーマについて、安倍政権の政策方針に抵抗しようと考える主権者は膨
大である。

問題は、その声がひとつの大きな力に集約されていないことだ。

この考えに立つ主権者が大同団結して政治行動を起こせば、日本の政治状況が
一変するはずである。

この目的のために創設が目指されるのが「主権者政策フォーラム」である。



臨時国会が召集され、国会論戦が繰り広げられているが、五つのテーマの底流
に流れる、大きな思想対立が存在する。

それは、「誰のための政治であるか」という問題だ。

強い者に焦点を合わせ、強い者をより強くすることに主軸を置くのが安倍政権
である。

競争の結果、負けた者が厳しい境遇に直面することはやむを得ないこと、当然
のことだとするのが、この立場である。

強者の論理、資本の論理、弱肉強食奨励、弱者切り捨て、市場原理主義、新自
由主義、奪い合う社会など、さまざまな表現方法がある。

安倍政権が進めている政策の基本には、この考えが置かれている。



この対極には、別の考え方がある。

政治は強い者のために存在するのではなく、さまざまな意味で弱い立場に置か
れてしまった人々のために存在するという考え方だ。

労働の論理、共生の哲学、生存権の尊重、市場の失敗への対応、そして、分か
ち合う社会、助け合う社会の追求である。

2001年に小泉政権が登場して以来、日本において、市場原理主義の主張が
一気に拡大した。

競争原理に委ね、結果における優勝劣敗をそのまま容認するとの姿勢は、一見
すると非常に分かりやすい。

改革の言葉は耳に美しく響く。

多くの人々が、改革の政策、市場原理主義の政策主張に引きつけられた。



しかし、市場原理主義がすべての人に豊かな結末をもたらすものでないことは
明白である。

小泉「改革」路線の延長上に生み出されたのが、2008年末の年越し派遣村
の惨状だった。

背景には、世界経済の構造変化、日本経済が置かれた環境の激変があった。

1989年、ベルリンの壁が崩壊した。

冷戦が終焉し、東側世界が新たに世界経済の生産力として組み入れられること
になった。

とりわけ、中国経済の参入は世界経済にとっての激震だった。

世界は目がコンペティション=大競争の時代に突入した。

経済発展の先発国の競争力低下は著しく強まった。

そのなかから生まれた経営戦略が労働コストの徹底した圧縮だった。

折しも急展開を示したITが経営革新に全面的に取り込まれた。

ビジネスモデルを全面的に書き換え、労働コストを断層的に圧縮する経営革新
が急進展したのである。



具体的には、コストの高い中間所得者層が標的にされ、大多数の労働者が低所
得労働力に置き換えられていった。

日本では、正規労働者が徹底的に削減され、新たに大量の非正規労働者が出現
することになった。

企業の労働コスト削減の行動を政策面で全面的に支援したのが小泉政権であっ
た。

企業行動が労働者を使い捨てる、切り捨てる方向に動くなら、政策は、その行
動を踏まえて、逆に労働者の生活の安定を確保するために行動するべきであ
る。

ところが、小泉政権は逆に行動した。

その結果が、年越し派遣村の悲劇になって表れたのである。



安倍政権が推進している経済政策の方向は、小泉政権の政策路線とほぼ同一で
ある。

基本に置かれているのは、強者の論理、資本の論理、市場原理主義である。

富める者をますます富裕にさせる。

貧しき者をさらに徹底して絞り上げる。

利権をむさぼってきた官僚には、さらに官僚利権を提供する。

与党政治家には政治利権を徹底して供与する。



地方経済においては、財政支出のおこぼれが、末端にまで流れ落ちる仕組みが
形成されている。

金額的には大きくなくても、こうした財政資金配分のおこぼれにあずかる地方
の市民は、巨大な財政利権構造のなかに取り込まれてしまうことになる。

かくして、格差拡大を助長し、弱肉強食を推進する政策が固定化されてしまう
のである。



消費税と社会保障負担の増加で9兆円もの負担増を国民は押し付けられるので
ある。

消費税増税に伴う経済悪化を緩和するために6兆円の経済対策を実施するな
ら、その対象は、消費税で苦しめられる中低所得者に対する財政支出に振り向
けられるべきだ。

ところが、経済対策の太宗は、利権公共事業と法人減税に充てられる。

安倍首相は企業収益が増加すれば労働賃金が増加すると主張するが詭弁であ
る。

企業収益が増大するとき、労働賃金は増加するが、企業収益の増大ほどには増
大しない。

生産活動の果実は資本と労働に分配されるが、労働に分配される比率を労働分
配率という。

企業収益が増大する局面では、常に、労働分配率が低下する。

つまり、恩恵は資本の側に多く落ちるのである。
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現代経済の大きな特徴は、格差の際限のない拡大にある。

したがって、現代経済における経済政策の大きな役割として、結果における格
差の緩和があるのだ。

これを所得再分配機能と呼ぶ。

獲得した果実の大きい人に多くを負担してもらい、これを獲得した果実の小さ
な人に提供する。

「奪い合う社会」ではなく「分かち合う社会」を構築するために積極的な役割
を果たすべき存在が政府であると考えるのだ。



日本国民全体が、「奪い合う社会」を希望して、市場原理主義の経済政策に賛
同するなら、それはそれで構わない。

主権者である国民の選択は尊重されるべきであろう。

しかし、現実は、多くの主権者国民が「奪い合う社会」を求めていないのに、
「奪い合う社会」を目指す政権が存在し、圧倒的な支配力を保持してしまって
いるのである。

私たち市民は、私たちが目指す社会の方向が、「奪い合う社会」であるべき
か、それとも「分かち合う社会」であるべきかを、もう一度、よく考えてみる
必要がある。

その結果として、私たちが目指すべきは、「奪い合う社会」ではなく「分かち
合う社会」であると考えるなら、安倍政権をできるだけ早期に退場させ、経済
政策路線を根本から転換する政権を樹立しなければならない。

そのための第一歩のプロセスとして、「主権者政策フォーラム」を構築し、連
帯の輪を広げることが重要であると考える。
 
 
 
※有料メルマガ版第700号 植草一秀の『知られざる真実』 2013年10月24日より「転載」
 
(^0_0^) 今進めている安倍政権の政策はまさしく「奪う会いの社会」を目指している。
国民が希求している社会は「分かち合う社会」だと思う。それと国家権力を強め
国民を制限するような制度を制定するのには、国民は到底容認できない。
植草氏が提唱している「主権者政策フォーラム」を構築し主権者国民政権を目指せ
ねばなりません。
 
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    安易にクビ切りする事は経営者のモラル・ハザ^-ドを起こす。即ち経営者の堕落だ。即ち企業体質を弱体化さす。優れた経営者が出なくなる。日本にとって一番の危険信号だ。経営者は、嘗ての戦国武将の様に、従業員と会社と運命を一体に考える人でなけねば成らない。責任逃れをする経営者は断じて選んではならない。
    一方政治では、正悪説を念頭に入れた政治をすることだ。米国のマネすれば米国の様に国が傾く。EUの真似しEUの様に消費税を上げればEUの様に斜陽国になる。一方発展途上国の真似をすれば嘗ての日本の様に次世代は発展する。即ち、高度成長期の中産階級を如何に育てるかである。中層階層を増えれば内需は拡大し、雇用は伸る。即ち売り手市場になり賃金は上がる。需要があれば設備投資は必然的に行えわれる。特別な補助金を出さなくても、如何に金利が高くても、借金してでも企業は設備投資をする。如何に高い賃金を払ってでも人を雇う。これが企業と言うものだ。
    逆に、如何に金利を安くしても、如何に貯蓄が有り余っても、需要が無ければ設備投資はしない。需要が無ければ従業員の首を切る。これが企業と言うものだ。

    [ tas ]

    2013/10/25(金) 午前 10:31

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    一世紀遅れの政策を推進しているのが、安倍政権である。強国論に惑わされて、強い国などといって進めている制度は既にアメリカを見ればわかるように、過去の政策なのである。労働者を安易に解雇できるようにするなど、正に資本の論理の何物dもない、今までの日本の制度が最善なのである。日本的経営が強い企業を作るのであって、むしろ企業の弱体化を招くものに他ならないのである。コメントどうもでした。

    roo*6ak*o

    2013/10/25(金) 午後 6:36

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