安倍晋三首相が 集団的自衛権 の行使を認める閣議決定に踏み切ろうとしている。 憲法解釈 変更による戦後の安全保障政策の大転換がもたらすものは何か。憲法9条が定める平和主義は、どう変質するのか。5月に続き、専門家に聞いた。(8回連載します)
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 戦争を放棄し、軍隊を持たず、交戦権もないと定める憲法9条の下、安倍政権は憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を認め、海外派兵を可能にしようとしている。これは日本の安全保障政策を百八十度転換することを意味しており、もはや解釈の限界を超えた単なる憲法違反の行為だ。
 私は改憲論者で、自衛軍は持つが侵略戦争はしないと憲法に明記すべきだと主張している。それは憲法が定める改正手続きによって実現すべきことだ。今の憲法が権力にとって不自由であっても「立憲主義」のルールは守らなければならない。憲法という最高法規で権力者を管理する主権者はあくまでも国民だからだ。
 首相は今の憲法解釈では沖縄県・ 尖閣諸島 を守れないと言い、だから集団的自衛権の行使を認めて日米同盟を強化すると訴える。しかし尖閣諸島は日本の領土であり、これは現在の憲法解釈でも認められる個別的自衛権の問題だ。行使容認が必要という「邦人輸送中の米艦防護」の事例も個別的自衛権で対応できる。解釈変更は理由も手続きも不当な「憲法ハイジャック」に等しい。強迫観念をあおる手法に惑わされてはならない。
 閣議決定案には当初「国民の権利が根底から覆されるおそれ」がある場合に武力を行使できるとの文言を入れた。「おそれ」があるかないかなど何とでも認定できる。文言を変えても政府は可能性のある段階で自衛隊を動かせる余地を残すだろう。放っておくと米国が不利になる事態が起きた際、「同盟が壊れる可能性がある」として自衛隊を出せるようにするためだ。
 かつて私が会った米国政府高官らは判で押したように「いつになったら9条を改正して一緒に戦ってくれるのか」と口にした。集団的自衛権は戦闘に参加することを正当化する権利。行使を認めれば日本は第二の英国になる。米国とともに世界で戦争し、自衛官がひつぎに入って帰ってくる。それだけの覚悟を国民に強いる話なのに、首相はその本質を語っていない。
 根拠にもならない根拠をたてにした解釈変更を一度でも認めてしまえば、時の政権が「憲法など何とでもなる」と考える先例になる。王政じゃあるまいし、こんな横暴を許してはならない。この国のあるじは、われわれ国民だ。憲法が奪われることを黙って見過ごしてはいけない。(聞き手・平畑功一)
 
※道新電子版より「転載」
 
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