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「仕方がない」!「やむをえない」!だけでは、政治は動かない、一人でも発言していくことだ!真実 を本音の言葉でずばりと言うブログ!

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◎「日本一新運動」の原点―247

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 平成27年(2015年)新年の活動は「デモクラテレビ〝永
田町風雲録〟」の2時間にわたる生放送から始まった。第1部が
「当面の政治話題」で、題目は「安倍の持ち時間・どっこい共産
党・朝日危機の裏側」だった。これにはいつものメンバーで、司
会は早野透・鈴木哲夫・平野貞夫の三人で激論となった。第2部
は「戦後70年を考える」で、テーマは「昭和天皇と平成天皇・
戦後保守とは何か、日本は右傾化軍国化するのか」であった。
ここには、私の50年来の親友・成田憲彦駿河台大学教授(元学
長)を特別ゲストに招いて、70年にわたる日本政治を整理して
もらった。一般の視聴者が約30名も参加し、最後は短時間では
あったが意見交換を行えた。結論は「政治家・小沢一郎の真の活
躍はこれからだ」で、地上波テレビやBSテレビでは放映不可の、
政治の本質を突く内容であった。

(第1部 当面の政治課題の要約)

 司会の早野氏が話の切り出しに、暮れの総選挙で80歳を迎え
る私が、突然に立候補したことを冷やかし半分に出したので、
「これからの日本を改革する思想と方法は東北にあり」として、
年賀の俳句を〝雪国に学ぶことあり総選挙〟としたことで幕にし
てもらった。

1)大義なき総選挙の総括 早野氏も鈴木氏も開票日翌日の各紙
の見出しを採り上げ、「自公大勝とは誤った報道だ。自民は減ら
した、民主は増やした」などは事実に反した報道と強く批判した。
私は「数字だけで総選挙を総括するとは何事か・問題の本質を見
ろ」と昨今のメディアのあり方は問題だと気合いを入れておいた。
「(有権者を分母とした)絶対得票率で与野党の状況を分析する
と、自公与党にとって最悪の結果であった。あれだけ与党に有利
な選挙体制ながら、投票率が52%という致命的なもので、投票
率が7%増えれば野党が逆転する構造だ。有権者は次回の総選挙
で政権交代を内在的に示唆したものだ」と整理しておいた。

 もうひとつ腹が立ったままになっていたことについても警告し
ておいた。総選挙直後から正月にかけての政治番組で、後藤謙次
氏ら安倍首相の旗振りたちが、「自公は4年間の安定という政治
資産を得た。これで政権交代の政治には戻らない。新55年体制
といえる〝15年体制〟が確立した」と、まるで自分で天下でも
取ったような痴呆発言。こんな輩が自公政治の〝太鼓持ち〟とし
て、日本という国を劣化させているのだ。

2)どっこい共産党 共産党が21議席に躍進した。私は「共産
党は田中政権時代に40議席(昭和47年)とり、以後20議席
とったことが4回もある。民主党が理念も政策も劣化して行き場
を失って浮遊する票が一時的に共産党に流れただけだ。沖縄の戦
略・戦術を全国に展開できたとしても政治的に限界がある。不破
元議長が朝日新聞のインタビュー記事で『本当の新しい自共対決
の始まりだ』と豪語し、小選挙区体制で政治が単純化し劣化した
と宣っているが、健全な政権交代を生き抜く政治家を育成するた
めには、小選挙区比例制の長所を生かす制度が最も適切であるこ
とを知らないようだ。自己讃美が、最も非弁証法的で非科学的な
ことは、マルクス主義の第一歩だよ、不破さん・・・・。

3)朝日危機の裏側 従軍慰安婦問題や原発事故・吉田証言の誤
報や後始末問題で、朝日新聞は第三者委員会の報告を受けて、改
めて反省を表明した。鈴木氏は一部の競合紙が攻撃を続けている
ことを止めるべきだと主張した。議論としてはその通りだがマス
コミのあり方で放置されているもっと大事な問題がある。「読売
にしろ、産経にしろ、まったくの誤報と虚報を、司法や政治権力
と談合して繰り返してきたのが『小沢・陸山会問題』ではなかっ
たか。どのマスコミが〝正しい報道を続けてきた〟といえるのか。
小沢弁護団の弘中弁護士は『(検察の)妄想から始まった事件は
実在しなかった』と専門誌で公言している。この件は一部マスコ
ミの単なる誤報とは異なり、司法と政治権力が闇で手を握りマス
メディアを悪用して民主政治を崩壊させたのが根本原因である。
この問題は国民全体で総括しなければならない課題であり、それ
なくして日本の民主政治は実現しない」と発言すると会場参加の
視聴者から拍手が起きた。小沢支援者の健在ぶりを改めて感じた。
 第2部の「戦後70年を考える」は、次回に紹介する。

○ 消費税制度物語  (6)

 昭和57年10月に成立した中曽根内閣は、行財政改革で実績
を挙げるべく努力する。国鉄など3公社の民営化は知られている。
昭和59年には行財政改革は峠を越える。翌60年第102回通
常国会の財政演説で、竹下大蔵大臣は政府税調の「幅広い視野に
立って、直接税・間接税を通じた税制全般にわたる本格的な改革
を検討すべき時期にきている」との答申を引用し、「税制全般に
わたる広範な角度からの論議と検討が行われるべきである」と宣
言。昭和54年12月の「財政再建に関する国会決議」以来6年
目にして税制改革議論が再開されることになる。
 野党各党は「福祉税・一般消費税・付加価値税その他の名称如
何を問わず、大型間接税導入の意図があるのか」と迫った。中曽
根首相は「税制のゆがみと不合理性を是正し、これを合理的なも
のに改めるものである。公平・公平・簡素、あるいは国民の選択
などの原理を中心に検討していくべきである。いわゆる一般消費
税というようなものは、中曽根内閣では導入しない」と答弁し、
抜本的税制改革について国会論議が本格化する。

(売上税をめぐる前哨戦)

 昭和60年9月20日、中曽根首相は政府税調に対し「税制の
抜本改革」の諮問を行った。その主旨は「国民の選択の方向をく
み取り、納税者の理解と協力を得られるよう望ましい税制のあり
方について審議を求める」とし、取りまとめにあたっては「まず、
税負担の軽減、合理化のための方策について明らかにし、次いで
その財源確保のための方策などを含めた税制改革の全体的方向に
ついて明らかにすることとされたい」というものであった。
 この諮問の翌日、竹下大蔵大臣は極秘に成田空港を発ち、ニュ
ーヨークで開かれる「G5プラザ合意」の会議に出席する。米国
のドル高修正のため為替協調介入のためである。米国側は日本に
対し、内需拡大、特に個人消費を活発にさせるため「所得税の減
税」と「マル優など利子非課税制度」の廃止を強く要請していた。
中曽根首相の抜本的税制改革への諮問には、国際的背景があった。

 税制の抜本的税制の議論が国民的に深まるかに見えたが、この
時期大きな政治課題として「衆議院の定数是正問題」があった。
それは同年7月17日、最高裁が「現行の衆議院定数配分規定は
違憲」と判決した。選挙の無効については棄却したが、昨今の最
高裁違憲判決と同様であった。 
 当時の国会は、与野党とも現代よりも憲法と国民に対し誠実で
あったから、この違憲状態を解決することを優先させた。その混
乱が翌61年の5月まで続く。5月8日、衆議院の坂田道太議長
が「8増7減・周知期間30日間」の調停案を各党に示した。共
産党を除く各野党はこの調停案で中曽根首相が狙った「衆参同日
選挙」が回避されたと思い込み、了承してしまった。これには周
知期間の数え方で、同日選挙が可能となる工作がなされていた。
 中曽根首相は6月2日、衆議院を解散して7月6日に衆参同日
選挙を断行した。坂田議長の下で調停案の作成事務を行った弥富
事務総長と私は、野党からさんざん批判を受けた。この混乱で立
派であったのは、選挙制度担当の小沢一郎自治大臣であった。最
初から最後まで、大平内閣の時とは異なる意図的衆参同日選挙は、
憲法の精神に反すると主張していた。結果は衆参両院で自民党の
圧勝であった。

 この中曽根首相による衆参同日選挙が、その後の税制改革に大
きな障害となる。事実上選挙戦に入った6月14日、中曽根首相
は自民党必勝総決起大会で「国民が反対し、党員も反対する大型
間接税と称するものは、やる考えはない」と発言した。大型間接
税が選挙の争点から離れていった。ところが、同日選挙により圧
勝した中曽根首相は第107臨時会の所信表明で、「公平で簡素
な活力ある合理的な新しい税制の確立に固い決意で取り組む」と
の趣旨の発言を行った。選挙前の公約に反する発言に、国民も野
党も猛反発したがこれには中曽根首相独特の政治的野望があった。
                         (続く)
 
 
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