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「文民統制」の意味

2015/3/10

 今、あらためて、軍隊に対する文民統制(シビリアン・コントロール)の意味が問われている。

 文民統制とは、本来、軍隊の運用については、政治が決定し政治がその責任を負う…という憲法上の原則である。それは、防衛省内で、いわゆる制服組に対していわゆる背広組が上位に立つという原則ではない。

 国家が有する広義の「行政」機能の中で、「軍事」力は、例外的に強烈なものである。つまり、国家の軍事活動だけは、他の行政分野と比べて、その効果が大きすぎてやり直しが効かない「異次元」のものである。

 例えば教育、公衆衛生等の行政作用は、社会的な必要(例えば児童の学力の低下、インフルエンザの流行等)に対して、学校のカリ キュラムの改廃や予防接種の実施などの対策を行う。それが効果を発揮す ればそれでよいが、失敗した場合にはまた別の対 策が試みられる。試行錯誤である。

 このように、行政とは、一般に、国民の幸福の総体の増進を目的に法律の枠内で継続して行われる国家による試行錯誤である。

 ところが、軍事分野は別モノである。つまり、国家の決断として戦争を決定した場合、勝てば国家は存続するが負ければ国家は滅びる。だから、この問題については試行錯誤など許されない。

 そういう意味で、戦争と平和の問題に関する決断だけは、その分野の専門家である官僚たちに一次的な判断権を委ねず、あくまでも、国の主(あるじ)たる主権者国民の直接代表たる国会を中心に、直接、国家の存続にかかわる歴史的決断を下す仕組みになっている。

 だから、文民統制の意味をより具体的に説明すれば、国会に宣戦と講和の権限があり、機動性を維持するために一部閣僚による国家安全保障会議による決定と、それを執行する最高司令官としての内閣総理大臣が役割を分担している。

 ただ、軍事も他の行政分野と同じく高度な専門的学識と技術が必要な領域であるので、政治家は、その決断に際して、専門の行政官による補佐を受けなければならない。そして、そこに、軍事の専門家としての公務員の能力が生かされることになる。そこには背広を着た専門家と制服を着た専門家がいる。つまり、制服組と背広組が協力し合いながら政治家による決断と執行を支えている関係、これが文民統制(政治による軍の統制)である。

(慶大名誉教授・弁護士)

※小林節一刀両断コラム3月10日より「転載」


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