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「仕方がない」!「やむをえない」!だけでは、政治は動かない、一人でも発言していくことだ!真実 を本音の言葉でずばりと言うブログ!

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 最近はテレビを見ないのだが、なんとなくチヤンネルを開くとTVHだった、丁度午後の7時前だ、番組は池上彰の「戦争を考える特攻とは何だったのか」であった。特攻といえば戦争中は「神風」かみかぜと読むであろうが「しんぷう」というどであることが番組ね説明されていた。番組は元特攻隊員で生き残りの方の生の声を何人か交えてのものであり真実そのものである。すでにみんな90歳以上になっている。語っていたが志願兵というが、実際には志願ではなくて命令で当時は、反対すればどういうことになるかのであってであったとも、語っていたのが戦前の日本のまさに軍国主義そのものであったことが生々しく、語たられていたのが印象的であった。今から考えると空恐ろしさを感じた。アメリカとの戦争追い詰められた日本は為す術がなくなっていた。本土への攻撃を避けるためにはどうすべきかの思案中に考え出されたのが、爆弾を搭載して敵の主要な攻撃標的に飛行機もろとも攻撃するいわゆる特攻神風隊によって防ごうと考えたのが当時海軍中尉であった大西龍治郎である。映画化さてている下記にその映画のURLを示しておく。


【号泣必至】特攻の生みの親、大西瀧治郎海軍中将の凄絶なる生涯。 http://d.hatena.ne.jp/images/b_entry_dg.gif http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://d.hatena.ne.jp/hyuga226/20090924 http://r.hatena.ne.jp/images/popup.gifhttp://s.hatena.ne.jp/images/comment.gifhttp://s.hatena.ne.jp/images/add.gifhttp://s.hatena.ne.jp/images/star-green.gif
64年前の8月16日…
ある男が自決に果てたのはご存じだろうか?
かの男の名は
海軍中将 大西瀧治郎
特攻の生みの親」とされ、特攻隊を送り出し、
多くの若者を死なせた全責任を取り割腹自決した…
私は17の時に大西中将の遺書を読み号泣し、
涙に誓って祖国を取り戻すと誓った。
さらに19の時、元自衛官の先輩から大西中将を描いた映画を知り、
その映画を購入し、見た。
私は軍刀で自決しかけるほどに申し訳がなかった。
最期の…あのシーンで…
その映画は「ああ決戦航空隊」
大西と特攻の全てを凄絶に描いた映画である。
以下が大西中将の基礎データである。
大西 瀧治郎(おおにし たきじろう、1891年6月2日 - 1945年8月16日)は旧日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将兵庫県氷上郡芦田村(青垣町を経て現在は丹波市)出身。海軍兵学校第40期生。「特攻生みの親」として有名ではあるが、これが事実であるかは議論の余地がある
その「ああ決戦航空隊」で大西役を演じたのが、
特攻隊員であり、軍歌歌手だった鶴田浩二だった。
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/h/hyuga226/20090925/20090925043957.jpg
さっそく話を進めよう。



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