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「仕方がない」!「やむをえない」!だけでは、政治は動かない、一人でも発言していくことだ!真実 を本音の言葉でずばりと言うブログ!

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日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                  通巻第256号・2015/3/12
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                     顧問:戸田 邦司
                     発行:平野 貞夫
                     編集:大島 楯臣
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◎「日本一新運動」の原点―256

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○平成の日本改革の原点 (初回)

「戦後70年」になる。安倍首相は「過去の首相談話にこだわら
ない談話を出す」とはしゃいでいる。平成時代になって27年目
に入ったが戦後の38%にあたる時間だ。
 戦後70年のうち55年間、約78%を政治に関わってきた私
の思いは、戦後政治の評価と反省を踏まえ、戦前の軍事国家への
回帰を阻止することである。
 それにしても平成の世は大変化の時代だ。平成21年、NHK
の大河ドラマ『龍馬伝』に反抗して『坂本龍馬と十人の女と謎の
信仰』(幻冬舎新書)を執筆した。その『はじめに』で「(民主
党に政権交代した)平成21年8月30日の衆議院総選挙を坂本
龍馬はどうみたであろうか。〝皇紀2669年の日本で、初めて
民衆がつくった国家権力だ。民衆の心に(北辰)妙見の星信仰が
生きていたのだ。ワシが夢みた政治が実現できそうになったんだ〟
と語ると私は思う」と書いた。ところが、民主党政権は敢え無く
自己崩壊した。

 平成26年2月、私は『戦後政治の叡智』(イースト新書)を
刊行した。その『はじめに』には「平成25年12月6日の深夜、
議会民主政治の自殺といえる〝特定秘密保護法〟が成立した。違
憲状態の国会が制定した法律である。この国の将来に起こる悲劇
が、私の瞼から消えない。(中略)重大なことは、この法律を強
行成立させた自民・公明党はいうに及ばず、野党各党もこの法律
の本質的問題に気づかず、個別技術論に終始したことである。
 その結果として立法権を否定する立法を許したことは〝国会の
自殺〟と言っても過言ではない。本書は(中略)21世紀になっ
て劣化・崩壊したわが国の議会民主政治をなんとか再生できない
かという思いから執筆したものである」と書いた。

 この日本政治の劣化については半世紀を超えて直接間接に政治
に関わってきた私にも責任がありその原因を究明する義務がある。
そのためには、まず平成初期に行われた政治改革を始めとする、
「日本改革」の動機と目的そして内容を検証しなければならない。
現在の政治家やマスコミ有識者の多くが無関心か、あるいは意図
的に拒否しているのか、それを知ろうともせず、語ることもない。
昭和末期の政治の実態を知り、平成の日本改革が何故に必要であ
ったか、多くの人々にこのことを理解して貰うことが民主政治を
再生させる大事な道と思っている。

 自社55年体制といわれる政治状況の中で、与野党から揉みく
ちゃにされた私は、昭和60年から日記をつけるようになった。
それは、平成4年2月、衆議院事務局を退職するまで続いた。
いつしか政治家や官僚、評論家から求められて作成した〝メモ〟
や〝レポート〟を残すようになった。これらの中には、平成にな
って展開された政治運営や、改革の原動力になったものがある。
それらを参考にして「平成の日本改革」の原点を考えてみたい。
初回は、日本の大改革が必要となった背景ときっかけを確認して
おきたい。

(昭和50年代にあった日本改革論)

 わが国は昭和40年代後半になると、高度経済成長により豊か
な経済大国になったものの環境汚染、石油ショック、物価の高騰、
国際通貨の動揺、資源供給の不安定が続くようになる。私はこの
時期(昭和48年〜同52年)、前尾繁三郎衆議院議長の議長秘
書をやっていた。
 前尾さんは「暗闇の牛」が綽名で、無口で目立たないが4万冊
の蔵書を持つ、戦後政治家で一番の学識を持っていた人物だ。池
田勇人さんとは大蔵省時代の兄弟関係で、池田政権で3期3年間
自民党幹事長を務めた。高度経済成長を始めとする池田政治の全
てを提案し、政策化する総責任者であったことはあまり知られて
いない。世間の噂とは無責任なもので無口どころか、私と2人の
時は、しゃべるはしゃべるは、戦前戦後の政治・経済・社会問題
について「話を聴いてくれ、若い世代に伝えておきたい」という
ことで、数かぎりない薫陶を受けた。
 前尾さんは『政の心』(毎日新聞社)を執筆中に議長に就任し
た。そのゲラの校正などを手伝ったことから、その後の執筆にか
かわることになる。昭和50年8月、前尾さんが突然こう言い出
した。「日本も病める文明国になった。爆弾騒ぎもある。物質的
に豊かになったとはいえ人間的には少しも幸福とは思えない。経
済成長を唯一の目標にして、人間たることを忘れていた。前後の
経済成長によって、日本人自身が疎外され、経済成長そのものさ
え不安定となった。人間の幸福とか社会の福祉とは何か、人間と
は何か、という根本の疑問が起こってくる。人間の原点を考えよ
う」と。
 そして『人間的成長論』を書くから手伝えとなった。高度経済
成長政策を推進した責任者の話である。そして草案としてできた
小冊子の中で次の論旨が私の頭の中に叩き込まれた。「資源のな
い日本は資源ナショナリズムという冷厳な事実の前には粛然たら
ざるを得ない。今こそわれわれは高度経済成長以前の、原点以前
の原点に立ち返り、われわれ自身の今までのあり方全般にわたっ
て反省を試みなければならない。(中略)最近の日本人は、肝心
な資源がないことを忘れている。〝金さえ出せばなんでも買える〟
と思い上がり、〝使い捨ての経済〟を平気でやるようになった。

 日本は人的資源に恵まれていたからこそ、高度経済成長も生ま
れたのである。国民は単なる群衆ではない。一億の人間に秩序と
進歩を与えるのは政治であり、国会である。国民も政治家もこの
人的資源を真に資源として活用し、人間的成長の歩みを続けて、
国民の幸せを実現する国造りのため抜本改革が必要である」。
 そして前尾さんは逝去する5日前昭和56年7月18日の講演
で、「高度経済成長が低成長にならざるを得ない時代が来る。そ
の壁がどういうものか、十分な認識を持たねばならん。低成長に
対してどういう対策を採っていくかを考えねばならんという時代
だ。福祉社会を続けるのに苦労することになる。それをいろんな
ところで提言しているのに、残念ながら指導者たちにその認識が
できていない」と語ったのが遺言となった。私には、その一週間
前「時代の移り変わりを正しく認識して、僕の政治理念と政策を
発展させて欲しい」というのが最後の言葉となった。

 私が参議院議員となった直後、小沢一郎さんから「平野さんは、
前尾さんの理念や政策を、僕を使って実現するつもりだろう」と
言われたことがある。読心術を持っているのかと驚き調べてみる
と、小沢さんの初出馬の総選挙(昭和44年暮)の公約に解答が
あった。

1)日本は高度経済成長を遂げたが歪みが生じた。地方や中小企
  業の対策を強力に進めるべきだ。

2)高度経済成長は日本人に多種多様の欲望を増長させた。政治
  が適切に対応できないので政治不信が生じ、社会が混乱して
  いる。日本の行く末は暗澹たるものだ。
3)そのため官僚支配政治を打破し、政治家が政策を決める政治
  の浄化と刷新を行う(要点)、

と27歳の青年が主張していた。
 小沢さんは万博開会という高度経済成長の絶頂期、資本主義の
歪みと政治の刷新を国民に訴えていたのだ。前尾さんは石油ショ
ックという資源問題のなかに「資本主義の構造←変質」を指摘し
ていたのである。私にとってこれらのことが、日本改革の原点と

なった。



(平成政治改革の直接の動機は
           リクルート事件による政治不信の解消)

「経済の低成長時代への国家対応を考えろ?」と、警鐘を発する
前尾さんの他界を侮辱するように始まったのが、昭和50年代末
期からのバブル経済であった。戦前戦後を通じ最大のバブルで、
株や土地など異常な高騰で国民は酔いしれた。平成二年頃まで
続いたが、〝投資すれば永遠に儲かる〟との神話に日本人の勤勉
さを失わせた。また拝金主義による精神の汚染は日本民族の誠実
さを喪失させた。その渦中に発生したのが、超大物政治家が多数
関わったリクルート事件である。
 昭和63年7月の消費税国会の直前に発覚し、中曽根・竹下前
現首相、宮澤副総理、安倍自民党幹事長、塚本民社党委員長等な
ど、政界関係者を中心に歴史的スキャンダルとなった。未公開株
という特殊なものを利用しての政治資金づくりに、国民の政治不
信は頂点に達した。消費税関係法案の審議が混乱する中、ようや
く11月16日に衆議院を通過した。しかし、参議院での混乱が
必至であった。
 竹下首相は11月25日、自民党選挙制度調査会長の後藤田正
晴会長を官邸に招き、リクルート事件による政治不信を解消する
ための方策を話し合った。政治資金のあり方、選挙制度、国会運
営など幅広く「政治改革」を断行することで一致する。
 同月27日、竹下首相が長崎市での記者会見で「政治改革」の
決意を表明した。
 参議院での消費税関連法案審議は、宮澤蔵相の辞任と引き替え
に12月24日に成立する。竹下内閣は税制の抜本改革の実績を
踏まえ、27日内閣改造を行った。長期政権の見通しが大勢にな
ったが、政治の現実は甘くはなかった。       (続く)

※「日本一新運動」の原点ー256(統合版)より「転載」


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「文民統制」の意味

2015/3/10

 今、あらためて、軍隊に対する文民統制(シビリアン・コントロール)の意味が問われている。

 文民統制とは、本来、軍隊の運用については、政治が決定し政治がその責任を負う…という憲法上の原則である。それは、防衛省内で、いわゆる制服組に対していわゆる背広組が上位に立つという原則ではない。

 国家が有する広義の「行政」機能の中で、「軍事」力は、例外的に強烈なものである。つまり、国家の軍事活動だけは、他の行政分野と比べて、その効果が大きすぎてやり直しが効かない「異次元」のものである。

 例えば教育、公衆衛生等の行政作用は、社会的な必要(例えば児童の学力の低下、インフルエンザの流行等)に対して、学校のカリ キュラムの改廃や予防接種の実施などの対策を行う。それが効果を発揮す ればそれでよいが、失敗した場合にはまた別の対 策が試みられる。試行錯誤である。

 このように、行政とは、一般に、国民の幸福の総体の増進を目的に法律の枠内で継続して行われる国家による試行錯誤である。

 ところが、軍事分野は別モノである。つまり、国家の決断として戦争を決定した場合、勝てば国家は存続するが負ければ国家は滅びる。だから、この問題については試行錯誤など許されない。

 そういう意味で、戦争と平和の問題に関する決断だけは、その分野の専門家である官僚たちに一次的な判断権を委ねず、あくまでも、国の主(あるじ)たる主権者国民の直接代表たる国会を中心に、直接、国家の存続にかかわる歴史的決断を下す仕組みになっている。

 だから、文民統制の意味をより具体的に説明すれば、国会に宣戦と講和の権限があり、機動性を維持するために一部閣僚による国家安全保障会議による決定と、それを執行する最高司令官としての内閣総理大臣が役割を分担している。

 ただ、軍事も他の行政分野と同じく高度な専門的学識と技術が必要な領域であるので、政治家は、その決断に際して、専門の行政官による補佐を受けなければならない。そして、そこに、軍事の専門家としての公務員の能力が生かされることになる。そこには背広を着た専門家と制服を着た専門家がいる。つまり、制服組と背広組が協力し合いながら政治家による決断と執行を支えている関係、これが文民統制(政治による軍の統制)である。

(慶大名誉教授・弁護士)

※小林節一刀両断コラム3月10日より「転載」


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2270 ・人権意識のない人間が、人権意識のない人間を持ってくるからこうなる――中原大阪府教育長辞職

2015-03-12 09:34:23 | 政治
おはようございます。
生き生き箕面通信2270(150312)をお届けします。
・人権意識のない人間が、人権意識のない人間を持ってくるからこうなる――中原大阪府教育長辞職
 やっと中原徹という人間を厄介払いできることになりました。厄介払いされる中原某は大阪府教育長の立場に固執していましたが、昨日3月11日、とうとう辞職表明に追い込まれました。
 タイトルの最初の「人権意識のない人間」はご存じの通り橋下徹・現大阪市長です。橋下氏が大阪府知事在任中に、高校時代のお友達の中原という男を府の教育長に据えたのです。
 そして案じられていた通り、ずっこけました。後ろの「人権意識のない人間」は、いうまでもなく中原徹氏です。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/0d/c53464ef6cb2d9948451ef8c0988c7b7.jpg
 インターネットでは次のように、揶揄されていました。「よりによって口元チェック校長を教育長にしたりするからこうなる」と。
 橋下、中原両氏に共通するのは、「強権発動」したがるところです。権力を振り回して、いかにも「オレは強い」と見せようとするところです。
 「強権発動」したがる元祖は、日本国の総理大臣と言う枢要ポストに座っている安倍晋三という男と言えます。「戦後レジームからの脱却」がキャッチフレーズ。安倍氏の頭の中には、いわゆる欧米列強に堂々と伍して世界に認められる「わがニッポン、大ニッポン帝国」の姿があるようです。口にこそだしませんが、戦艦大和や戦艦武蔵という時代遅れの「大艦巨砲」主義のイメージがいまでも渦巻いているようです。
 「釘や木が刺さり、足は折れ、変わり果てた母の姿がありました。がれきをよけようと頑張りましたが、私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。母のことを助けたいけれど、ここにいたら私も流されて死んでしまう。『行かないで』という母に、私は『ありがとう。大好きだよ』と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました」。声を震わせて追悼の言葉を絞り出す宮城県代表の菅原彩香加さん(19)。
 「失ったものは、もう戻ってくることはありません。悲しみが消えることもないと思います。しかし前向きに頑張って生きていくことが、亡くなった家族への恩返しだと思い、生きていきたい」。昨日の震災追悼集会で思いを述べた彩加さんは、当時15歳。
 苦しみを抱え、それでも懸命に生きていこうとする普通の人々の姿があります。
 それを人為的にぶっ壊す為政者がいます。原発を作り続けようとすることも、人災のタネを蒔くようなものです。なにより、人を殺す戦争の準備にいそしむことこそ、人災のタネです。
 こうした人間には、決定的に欠けているモノがあります。「人権意識」です。そもそも人権のなんたるかが分からない。だから、一人ひとりが大切にされ、大切にする社会をつくろうとする意識も生まれない。致命的な欠陥です。
 そんな人間を日本政治のトップに戴いています。そんな人間を総理大臣にして、権力を振るわせるから、こんな日本になってしまいます。「人権意識のない人間」が、「人権意識のない人間を担(かつ)ぐ」からこうなる。この場合の前者は、国民です。後者は安倍晋三氏。国民に人権意識が薄い。それも決定的と言えるほど薄い。こうなっていくのも「やむを得ない」のでしょうか。


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             「植草一秀の『知られざる真実』」

                         2015/03/11

 愚かな権力者が国民の未来を破壊し尽くす

              第1099号

   ウェブで読む:http://foomii.com/00050/2015031107000025580
   EPUBダウンロード:http://foomii.com/00050-26249.epub
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あの地震、津波、原発事故から4年の歳月が流れた。

この日に、時間をかけて見ていただきたい講演録がある。

京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏が2月27日に行った最終講演であ
る。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/235922

岩上安身氏が現場に復帰されたが、岩上氏が主宰するIWJがアーカイブ映像
を配信している。

全篇は会員のみ視聴可能で、ダイジェスト版が一般公開されている。

質疑応答も含めて長時間の動画映像であるが、じっくりと視聴していただきた
い内容が盛り込まれている。

京都大学原子炉実験所は大阪府の熊取町にある。

この実験所の6人の研究者が反原発の研究活動を継続してこられた。

地名に因んで「熊取6人衆」と呼ばれている。

その1名が小出裕章氏である。

「熊取6人衆」は

1980年から

自主講座「原子力安全問題ゼミ」

を開講し続けてきた。

その第111回ゼミナールが、この2月27日に開講され、小出裕章氏が

「原子力廃絶への道程(みちのり)」

のタイトルの下で講演を行った。

小出氏はこの3月に定年を迎える。

定年に際して、最終講演を行なったものである。



原発の問題は、原爆=核兵器の問題と実は直結している。

日本政府が原発を推進する最大の動機がこの部分にある。

これが「熊取6人衆」が、日本で最も早い段階で公にした見解である。

小出氏の主張の裏側には、この認識が存在していると思われる。

核武装に必要不可欠の三つの技術がある。

ウラン濃縮、原子炉、核燃料再処理

核兵器の独占保有を維持している第二次大戦戦勝国で国連安保理常任理事国以
外で、この三つの技術を保持しているのは、実は日本だけである。

小出氏は、この事実を指摘する。

1969年9月25日の日本政府による外交政策大綱は、日本の核武装オプ
ションの保持を明確に宣言している。

1954年に中曽根康弘氏、正力松太郎氏が主導して急始動した日本の原子力
開発の裏側には、日本の核武装潜在能力の保持の狙いが存在していたと考えら
れる。



小出氏は政治嫌いである。

そして、裁判嫌いである。

その理由は、日本の政治と裁判の本質を見抜いてしまっているからであると考
えられる。

小出氏は若い時代に原子力の平和利用に夢を抱いた。

その夢を実現するために原子力研究の道を選んだ。

しかし、その後に、原子力の未来が自分が思い描いた方向とは正反対のもので
あることを知った。

爾来、原子力を廃絶するために活動を続けてきた。

原子力を廃絶するためには、現実的には、政治を避けて通ることはできない。

裁判を避けて通ることはできない。

しかし、戦後日本の現実のなかで、小出氏は、政治と裁判に関わることをしな
いことを決定した。

その判断はいまもぶれない。

その代り、小出氏は、自分でしかできないこと、自分だからできることに特化
して活動を続けてきたのである。



小出氏は原発事故を引き起こしてはならないと考え、そのために行動を続けて
きたが、福島の事故は起きてしまった。

原発推進勢力は、「原発絶対安全神話」を唱え続けてきたが、原発事故が起き
た。

広島原発168発分の放射能を撒き散らした福島原発事故を発生させたにもか
かわらず、責任ある当事者が、誰一人として責任を問われていない。

小出氏は、「責任者」ではなく「犯罪人」であると明言する。

法律がありながら、法律を踏みにじる罪を犯すと、法律そのものを踏みにじっ
てしまう。

こんな国の、政治と裁判に期待できるものは何もない。

小出氏がそう考えるのは当然のことかも知れない。



しかし、その小出氏が、昨年5月21日に福井地方裁判所の樋口英明裁判長が
示した判決を高く評価する。

あの福島原発事故が発生して、日本の司法もようやくこの段階にたどり着いた
と率直に評価するのである。

しかし、判決は一審のものである。

優れた判決は、下級裁判所からしか示されない。

上級裁判所に進むに連れて、司法判断の腐敗が進行するからである。

樋口英明裁判長判決の勝ちは限りなく高いが、この判決が闇に葬られることの
ないよう、市民が監視しなければならない。

しかし、その市民が問題なのだ。

現実を冷徹に見つめる小出氏の現状判断は極めて厳しい。

先の大戦で、一般国民は、戦後に

「私たちは騙されていた」

と自己を正当化したが、本当に騙されていたのかと問うのだ。

「騙されていた」のではなく、「積極的に戦争を推進していたのではないか」
と問うのである。

すべての国民が、あの原発事故から4年たったいま、小出氏の問いを見つめ直
す必要があるだろう。



あの大戦中に、戦争に反対した、ほんのひとにぎりの人々が存在した。

その人々を、一般大衆はどうしたのか。

「非国民」だと罵り、村八分にして、この少数派を殺してきたのではないか。

小出氏は、戦前を抽出して、現代を表現している。

「原発のリスクは許容限度を超える」

と主張し、反原発を唱えてきた人々を、一般大衆は支えてきたのか、と。

福島で事故は起きた。

「原発絶対安全神話」を唱えてきた人々は、重大な過ちに対して、責任を明ら
かにしたのか。

原発再稼働の基準は、

「絶対安全神話」

から


「規制基準」

に置き換えられた。

「絶対安全とは言えない」

と、

基本スタンスが180度の転換をしたのである。

「原発は事故を起こす」

ことを大前提に置いて、

「事故を引き起こす確率を低下させる基準」

を設定して、この基準をクリアした原発を稼働させる

としたのである。



ところが、その過酷事故が発生し得る前提の上に設定された基準をクリアした
原発を、

安倍首相が、

「安全性が確認された原発を稼働する」

と言い換える。

「完全なる偽証」

「大ウソ」

なのである。

原子力規制委員会の委員長が、

「安全だとは申し上げない」

と明言しているのである。



福井地方裁判所判決は、

「原発を稼働させないとコストがかさむ」、

「原発を稼働させないと貿易収支が赤字となり、国富が失われる」

という、関西電力の主張に対して、

「カネと命を比べるな」

の判断で一喝する。

そして、

貿易収支が赤字になるというようなことではなく、

豊かな国土の上に、国民が根を下ろして安心して暮らせることが国富なのだ

との主張を展開した。

樋口英明判決は、画期的なものであったと言える。



小出氏は、原子力に反対する根源的な理由について、

原子力が「差別」そのものであること

だとする。

原発は過疎地にしか作らない。

大都市には原発を作らないのである。

放射能に汚染された福島第一原発の過酷な作業に従事しているのは、官僚で
も、政治家でも、東電の社員でもない。

2次、3次、4次、5次、6次、7次、8次の下請け作業員なのである。

これこそ、まさに「差別」の縮図である。

原子力推進の主張を展開する者は、福島第一原発の作業に従事するべきであろ
う。



国は放射線被曝について、これを規制する法律を定め、この法律に基づいて行
政が行われてきた。

一般国民の被曝上限は1ミリシーベルト/年と定めてきたのである。

原発事故が発生して、この基準を突然変更すること自体が法治国家を否定する
行動である。

福島、栃木、群馬の大部分の土地が、放射線管理区域に指定されなければなら
ない水準の汚染状況にある。

法律で定めた基準が適用されないなら、法律は意味を持たないし、そんな国は
法治国家とは言えないのである。



低線量被曝の健康被害については学説が定まっていない部分がある。

しかし、高線量被曝が健康被害を与えることについては異論の余地がない。

放射線被曝と健康被害の関係が比例的なものであるか、一定水準以下の被曝に
ついては、線量と健康被害には相関関係がないのか、学説は分かれている。

しかし、年齢が低いほど、放射線に対する感受性が高いことも明らかにされて
いる。

そして、福島、栃木、群馬などを中心に、深刻な汚染状況が確認されている現
実を踏まえれば、少なくとも、

「子どもたちの絶対安全」

を確保するべきことは当然のことである。

これが大人の責務である。

あの事故から4年の時間が経過し、政治権力は原発事故の風化を目論んでい
る。

しかし、絶対に風化させてはならないのが

「原発事故」

である。

私たちは未来の人々に対する責任を負っていることを忘れてはならない。


🔣コメント、植草氏は、愚かな権力者と表現している。その愚かさわは、
権力を我がものにして、みずからの野望の赴くままの政治を行ってている
点にある、心ある権力者は権力行使を、自制して行使するのであるが、
 安倍政治にはそれがない点である。すべての権力行使は正しいと結論
づけて行っていることである。例を示せば憲法をないがしろにして、集団的
自衛権の閣内決定後等である。国家の憲法最高法規を無視することは、
まさしく権力行使の行き過ぎの何物でもない、心ある権力者は従来は自制し
ていた。その自制がまるでない、政治はまさしく暴挙、暴政でる。


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