風の彼方へ

若者もすなるブログといふものをアラカンのヲバサンもしてみむとてするなり

過去から今の私へ

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1986年。
30年前。
23歳のあたし。

少年隊は…ヒガシが好きだったなぁ…当時、いつかは【青年隊】に名前が変わるのかなぁ?で、【中年隊】まさか…【老年隊】…
とか思ってましたが、少年隊のまま個別に活動してますね。


懐かしいなぁ…
この頃ってバブルだったの?
肩パッドばっちりのジャケット、テクノカット。
でも、当時は知的障害者の施設で公務員やってたので、バブルとは無縁。
こないだここでバラした人に片思い(死語か?)してました。
仕事は楽しかったな、障害者だけど、おんなじ人間。「先生」なんて呼ばれてたっけ…


30年後、また【施設】というところに勤めることになるとはね。思わなかった。ってか、ずっと定年までそこで働くもんだと思ってた。交通事故にさえ遭わなければね。
時間を戻してもらえるのなら30年前に戻してください。
やり直せるならやり直したい。

恋していた頃

今日、昔の職場(知的障害者更生施設)の同僚と30年ぶりくらいに会いました。
これは偶然の出会いがもたらしてくれたもの。

5月まで働いていたデイサービスでのことです。ある利用者さんを送迎して、おうちの方にただ今帰りました〜って挨拶したら、その女性が「亀井さん?○○園にいた?私、Hです」って言われて、「はっ?」と思ったら思い出した。面影もあった。施設の栄養士さんでした。
一緒に仕事したのは3〜4年だったけど、懐かしいね、今度ゆっくり会いましょうって話して、後日、その利用者さんに「娘さんに渡してね」と、私の電話番号とメルアドを書いた紙を渡したんです。
その日はたまたま実家に来ていたということで、本当にすごい偶然。

それから会う日を決めたら、5月いっぱいで失業が決まり、まずは次の仕事が見つかってから会いましょう、といったん延期になり、それが今日でした。
もう、5時間くらいた〜っぷり話しました。それでも話し足りない。やっぱり20代って人生で一番輝いていたのかも…
私はあんまり人づきあいがよくない?ので、かつての職場仲間とつながってる人はすごく少ないんですが、彼女は結構みんなの動向を知っていて、驚きな事実が沢山ありました。


うちに帰ってきて、つい、なつかしさから、昔の手帳を探し出しました。

1987年。24歳。好きな人がいました。同い年でした。でも、彼女がいました。彼女とも友だちでした。
切ない思いが手帳につづられていました。

いけないことだとわかっていて、無理にドライブに連れて行ってもらったこと、当時、ちょこっと独り暮らしをしていたアパートに連れ込んだ(笑)こと、既に彼女とは結婚が決まっていたので、アパートを借りて先に彼がひとりで住み始めていたそのアパートにも押しかけていたこと、克明に日々の気持ちが書かれていました。

そして8月31日の書き込み。
「恥知らずは私です。人の彼氏。でも抱かれたら拒むことができなかった。あのぬくもりをいつまでも感じていたかった。朝まで残っていたあの人の香りが少しせつなくて、身体に残った痛みとともに…私が4人目、遊びで3人目」

彼は…俗にいうプレイボーイ(死語か?)でもててました。私もひとめぼれしたクチ。でも胸にしまって友だちづきあいをしていた。いつか告ろうと思っていたら…先に「亀井にだけ言うけど、俺、Mと付き合ってるんだ」と言われてしまい、言えなくなった。でも、それなのに、色んな人と噂になり、友だちだからと言って聞き出すと、お手つきしている。
ある日、私だって好きだったんだよ、ずっと。みんなに手を出して…だったら私にも手を出して、と、今思えばすごいことを言ったんでした。上げ膳差し出した…ってか?

友だちでもある彼女には絶対に言えない、一生誰にも言わずにお墓まで持ってゆくつもりだったのに書いちゃった。時効だよね?
結婚式(呼ばれた)から帰ってきて、アパートの部屋で泣きまくったんでした。
この人と人生を生きてゆきたいと思った人でした。最初からかなわない人だったのにね。
そういえば、最後に会ったのはいつだろう…もう15年ぐらい年賀状だけだわ。二人に会いたくなりました。

亀井の知られざる?意外な?過去でした。

入院・昭和篇

入院ももう四回目。多いですよね。

一番初めは子どもの頃の右肩骨折・ヒビ。次が職場に行く途中の交通事故。三度目はこないだの精神科の病院。そして四度目も精神科の病院。この病院はT県K市にあります。



今日は一番初めの入院のことを書きます。

その夜も何が原因だったのかわからないけれど、父にひどく叱られていた。言い返したのか?何をしたか覚えていないけれど、気がついたら父に肩から投げ飛ばされていた。背負い投げ?っていうの?それも二回。肩がすごく痛くて涙が出てきたけれど、「お前の顔なんか見たくない、もう寝ろ!」と隣の寝る部屋にどつかれた。
言いつけを守らないとまた怒られるから泣きながらセーターを脱ごうとして(…ということは冬のことだったんですね。)セーターを脱ごうとしても右の腕が体にぴったりはり付いたような感じで動かない。無理に動かそうとするとものすごく痛い。でも怒られるからそーっと脱ごうと色々やってみた。でもダメ。
涙を拭いて茶の間に戻り、手が痛くて上がらないから着替えられない、と両親に告げた。

父か母か、覚えていないけれど私の右腕を動かそうと触られただけで悲鳴を上げそうなほど痛かった。父は、これはただ事ではないと思ったようで、夜の8時頃だったと思う。自転車に乗せられ、整形外科病院に連れて行ってもらった。自転車とはいえ【飲酒運転】です。今なら罰金もの?

病院はもうしまっていたのですが、診てくださいと頼んだら開けてくれたみたいだった。このへん、昭和は良い時代だったと思う。今なら夜間は救急病院以外は何があっても診てくれません。
レントゲンを撮る。待つ。診察室に呼ばれる。
「右肩を骨折してヒビも入ってます。今夜から入院して下さい。でもどうしてこんな怪我をしたんですか?」と医師に聞かれて「プロレスごっこやっていてつい打ちどころが悪かったと言うか…もにょもにょもにょ」と答えていた。まさか自分がせっかんしたとは言えなかったらしい。

病室の隣のベッドのおじさんが「あーいてなぁ、いてぇ」と何度もつぶやいていた。私も仮に固定されて仰向けに寝ながら痛いよぉ…と思いながら眠ったようです。

翌日、ギプスをされました。てんぷらの衣みたいな白いとろっとした液体がついた包帯より幅の広い布を、腕を身体にぴったりくっつけて、右手を曲げて乳の下あたりに固定した格好でぐるぐる巻かれた。冷たかった。固まるまで動かさないように、と言われた。
固まってからは肩が固定されたので痛みは止まった。でも別のものに悩まされた。冬とはいえ、室内はあったかいです。右の脇の下に汗をかいて、そこがあせもになってしまったようで痒くて痒くてたまらない。家から30cmの物差しを持ってきてもらって首のところからわきの下をそれでかいていた。

一週間くらい入院していたのかな?記憶がない。退院したら学校に行ったけれど、右手が使えなくて困った。鉛筆も、スプーンもうまく動かせない。この時に左手でできることをいくつか習得したようで、右ききなんですが、たま〜に左ききの人と同じことしているときがあります。

ギプスが外れたのは何ヶ月後くらいだったのかな?細いのこぎりみたいなのでぎこぎこと切ってパッカリ二つに分れたギプス。ものすごくスーッとした。楽になった。
http://x4.ninja-mania.jp/bin/ll?06784900u.gK


今時はこんな治療はしませんが昭和の時代はこうだったのでした。
そしてこういう事態になることがあるかも…と懲りてくれればよかったんですが、その後も相変わらずぶっ飛ばされたり食器を投げつけられたりしました。

一度だけ…

父からは日常的に暴力・暴言を投げつけられていましたが、基本的に母は口ゲンカになっても体罰はしな

い人でした。


でも、そんな母から一度だけぶたれたことがあります。

口ゲンカしていて、母に向かって「バ〜カ!」と言った時。

パンッ!とほっぺたをひっぱたいて「親に向かって!バカとはなんだ!」とすっごく怒られました。


この時私は「決して親にバカと言ってはいけないんだ」と悟りました。

以後、一度も言ってません。



現代っ子は親に向かって平気でバカバカ言ってますが、親の対応も考えた方が良いと思いました。

人には言ってはいけない言葉がある。

親はそれを教えなければならない。

私にとってそれは「親に向かってバカと言ってはいけない」でした。


冗談話の中で「バカだね〜」とか「バカじゃん」とかは言いますが、真剣な話をしている時には決して言

いません。


昨日の疲れが取れません。天気にも閉口しています。気鬱です。雨は好きじゃない。
http://x4.ninja-mania.jp/bin/ll?06784900h.gin


私の出身高校はできたてほやほやで、一年生の私たちしかまだ生徒がいませんでした。建築が間に合わなく、一年生の間はプレハブ小屋が教室。トイレはキョーフの汲み取り式。暑いし寒いし…今じゃ考えられませんね。http://x4.ninja-mania.jp/bin/ll?06784900h.gik


さて、高校一年生。始めての体育の授業でした。
内容は縄跳び。
体育の教師は女子で…知ってるかな?ムーミンに出ていたミムラねえさん&その妹のミイ。見た目はミイで体格?はミムラねえさん。性格は体育教師故?なのか、どっちかっつーとガサツ。

さて、普通跳びをした後、二重跳びです。実は私はコレができない。(涙)…そう、二重跳びが出来ないんです。出来ないながらもいつも必死に縄を回すんですが…出来ないんですよねぇ…
周りではビュビュビュン!ビュビュビュン!ビュビュビュン!と音を立てて跳んでいる。

そしたら…見つかってしまったんですね、その体育教師に。
「亀井さん、二重跳び出来ないの?ちょっともう一回やってみて」と言われ、跳ぶのをやめてなにごとか?と注目する生徒もいる中でレッツ・トライ…

出来ません…

「うそー!二重跳びができないこっているんだ。よく中学卒業できたね」←グサ…


あの〜教育基本法のどこに二重跳びができない生徒は卒業してはならないって書いてあるんですか?、と今なら言える。けれど当時の私はまだ15歳。

二重跳びができない、というただでさえコンプレックスを持っていたのにこのコトバ。15歳の春には悲しい思い出です。

この教師が大嫌いになったのは言うまでもありません。

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