飛騨何でも案内人

飛騨のこと、何でもお尋ねくださいね(^_^)v

ミステリーガイド

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

シュメール

シュメールとヒッタイトの八幡神

著者の住む飛騨宮村に位山と呼ばれる聖山がある。万葉集でむらさき山と歌われ、標高1,500mほどの秀麗な山である。山の容姿がピラミッド型をしていることもあって、日本のピラミッドの一つとも言われている。頂上には天の石戸と呼ばれる巨石があり、飛騨一宮の水無神社の奥宮となっている。

頂上まで続く登山道には多くの巨石群が連立していて、シュメールやケルトの遺物と考えられていて『竹内文献』の富山の皇祖皇太神宮の大元宮があった所とも言われている。

位山の麓にあたる渡瀬地区に大森神社というひなびた神社がある。元一宮である。大森神社という名称は出雲の神奈備山の麓に必ずある神社の名称で、出雲では王守神社・王森神社とも書いている。位山は出雲系民族が富山の神通川沿いに上って来て、神通川の源流である位山を神奈備山としたものと考えられる。その証拠に水無神社の祭神は出雲のスサノオ神の子の大歳神の娘の御歳神となっている。

位山の巨石群から「 」と「井」と「 」のペトログラフが発見され、「 」と「井」はシュメールの太陽神を象徴する図形文字で、「井」は齊部(忌部)文字記号で数字の五を表す図形でもあり、「 」は牛神(牛頭天王)を象徴するとともに、やはり太陽神を表す図形文字であり、「井」は真名井の井である。

位山の南20kmほどの所に位山八幡宮(岐阜県益田郡萩原町山之口)がある。ここも神体山がピラミッド型をしていて、巨石群が連立している。古代ではおそらくピラミッド型の山容の山を位山と名づけ、神奈備山としたのだろう。この近くの郷土史家に聞いたところ、山之口の住民の言い伝えでは、位山八幡神社の「八幡」の語源は「ハティム・アン」であると言う。

「ハティム」の「ハティ」は「ハッティ」と言われたシュメール時代にシュメールの都市国家群の西北に隣接して国家を構えていたヒッタイト王国の民族の原名である。

ハティの英語読みがヒッタイトで、ヒッタイト王国は鉄の発明と騎馬民族で有名であり、『旧約聖書』の「ヘテ人」の国であり、エジプトでは「ヘタ人」と呼ばれた。古代イスラエル王国のソロモン王の母がヘテ人のバテ・シヴァであったから、ソロモン王にはヒッタイト騎馬民族の血が流れていたことになる。

ソロモンの名がモンゴル語では「ツォロモン」となって、明けの明星の金星を指す言葉に転用されている。ソロモン王は金星と太陽を象徴する六芒星をソロモンの封印として使用していた。このことが騎馬民族によって、モンゴル地方に伝わった。さらにハティム・アンの「ム」はアッカドのナラム・シン王の「ム」と同じで「の」「と」の意味の接尾語であり「ナラ」は光り輝く太陽を示し、日本の奈良になった。

ヒッタイト人とフルリ人

ユダヤ教やキリスト教の神(全能者=シャダイ)は、シュメールの天空神アンの別名の山に住むエル(エル・ハル・シャダイ)のことである。この「アン」が、安倍氏や平安京や天の安河の「安」になるが、イスラエルとエルサレムの「エル」がエル神(アン神)のことで、エルサレムが平安の意味であることにもつながるのだ。

天空神アンはアンシャル(天霊)とキシャル(地霊)から生まれている。天霊と地霊はアプスー(真水)とティアマト(塩水)から生まれている。このティアマトはアッカド神話のエヌマ・エリシュ(神々の戦争)で子孫であるマルドゥークに捕らえられ、魔力ある怪剣で身体を二つに切られ、一方は天空になり、一方は下界の水に被せて大地にされた。これが天地開闢である。

ところが、ヒッタイト神話のクマルビ神話では、ヒッタイトの先住民のフルリ人の神のクマルビの精子を受けて、石から生まれた怪物のウルリクムミがどんどん大きくなり、背丈が天上界まで達し、イシュタル女神が誘惑したが成功しなかったが、智恵の神のエア(エンキ)がマルドゥークの怪剣で、ウルリクムミの巨大な足を切って打ち倒したという。この二つの神話のティアマトとウルリクムミが合体して、インドのプルシャ神話・中国道教の磐古神話・北欧のユミル神話になった。

ヒッタイト王国の先住民族のフルリ人は、『旧約聖書』でホリ人と記されている。フルリ人はノアの方舟がアララト山に漂着したとされるアララト山麓のウラルトゥ地方(アルメニア地方)に住んでいた。アララトがウラルトゥの語源である。アララト(ウラルトゥ)は高地(高いところ)の意味で、位山の一位の木(アララギ)から作った笏を応神天皇以来代々の天皇の即位に献上する習わしがあるのは、天皇家がアララト山に漂着したノアの子孫のイスラエル王家であることを記憶するためである。アララト(高い山)とアララギ(高い木)のアララの符合がこれを的確に物語っている。

ヒッタイト神話の石の怪物のウルリクムミは、万物が生まれたとされるエルサレムの地下にある聖なる岩と重なり、ゲルマンの巨人ユミル・インドの巨人プルシャ・中国の巨人磐古となって、あげくの果てに我が国の神道の一大勢力であった物部氏の氏神の石上神宮の石神となった。 

石上神宮の楼門上に掲げられた額の「萬古猷新」の文字は「萬古名を新たましむ」と読むが、これは「磐古猷(猶)神」のことで「磐古は猶太(ユダヤ)の神」であることを「萬古」という新しい名に変えたことを示しているのである。

「猷」の漢字の意味は「はかりごと」がしてあることを示し「猷」の同音漢字の「猶」を充てれば、猶太(ユダヤ)となることを想定して書かれていたのだ。

フルリ人とホリ人

フルリ人の石の怪物ウルリクムミがフルの御魂を祀る石上神宮の萬古神(磐古神)になった。饒速日命の別名のフルはフルリ人を示していることになる。丹後一宮の籠神社の宮司を務める海部氏の系図によれば、天照国照彦天火明奇甕玉饒速日命の別名がホホデミノミコトでもあるから、山幸彦のホオリノミコトと同一神となる。ホオリがフルリ人を『旧約聖書』でホリ人と記した民族名を示し、アララト山麓の高地に住んでいたホリ人のことを山幸彦としたわけだ。

フルの御魂と大物主神は同一神であったし、饒速日命の正式名に天照が充てられていることから、饒速日命=フルの御魂=大物主=天照大神という等式になり、天照大神を象徴する八咫鏡はフルの御魂の別名の天下万物聚類化生大元乃神宝に相当することになり、その正体は大和大物主奇甕玉命と呼ばれる物で、大和大物とは、「大+大」=「☆十☆」=十芒星デカグラムの図形の描かれた物であり、奇甕玉と呼ぶ玉であった。これは大大和国玉命(大倭国魂命)と呼ばれる物とも同じ物で、十芒星の描かれた玉であったが、大大和=大和大=大山和(山和大)=☆の描かれた三角形△の和を示し、△+▽=六芒星となり、六芒星の中に十芒星が描かれた玉が大和大物主奇甕玉命(大大和国玉命)であり、天下万物聚類化生大元神宝だった。

マルドゥークは神々の支配のシンボルのシムトゥと魔力ある怪剣を持っていた。そして日本神道の最高の祭主である天皇家では、支配のシンボルの八咫の鏡と草薙の剣を三種の神器の二種としているし、日本神道の大元である物部氏の祀る石上神宮には天下万物聚類化生大元乃神宝があり、霊力ある神剣フツの御魂があった。シムトゥと神道は同じであり、シムトゥが八咫鏡(天下万物聚類化生大元乃神宝)であり、魔力ある怪剣が草薙の剣や神剣フツに相当することになる。

フツの御魂とフツシ御魂という石上神宮の剣神は、スサノオ神の父の名のフツとスサノオの別名のフツシを示し、フツシとはフツの子の意味になる。フルリ人の都市国家のヌーズーの近くにスーサという都市国家があったが、スーサの王をスサノオと呼んだことが定説になっているのも、当然のことなのだ。

マルドゥークは国土の中心に聖殿を造りバビロンと名づけた。これはバーブ・エル(イル)のことで、天神アン(エル)の門の意味であり、バビロンのイシュタル門には、天神エルと風神のエンリル(ハル神・バァル神)の紋章の十六菊花紋があった。アッカドのナラム・シン王の戦勝碑(フランスのルーブル博物館蔵)にも太陽を象徴する十六菊花紋が彫り込まれていた。日本の皇室の紋章はシュメールのアッシュールナシルバル二世像の腕輪の紋章とアッカドのナラム・シン王の戦勝碑の紋章の十六菊花紋につながっていて、日本の皇室がシュメール・アッカド・バビロニアと確実につながりがあることを示している。

そして物部氏は『源平盛衰記』や『新撰姓氏録』では古代のインドのマガダ国から来たことになっている。これはイスラエル王国の滅亡とともにシュメールの王族がインドに亡命したことを物語っている。

ヒッタイト王国の首都 ハットウ

紀元前2,000年頃黒海の南、チグリス・ユーフラテス河の北西部のアララト山の南西部のアナトリア地方にヒッタイト民族が侵入して、ルウィ人やバラ人というインド・ゲルマン民族語系の原語を話す先住民族を征服して、ヒッタイト古王国を建てて、王都をハットウサに定めたのが紀元前1,750年頃であった。紀元前1,400年頃にはヒッタイト帝国と言われるまでの隆盛を極めたのだが、紀元前700年頃にはアッシリアの侵攻によって歴史の表舞台から姿を消した。丁度イスラエル十部族の北王国もこの頃アッシリアによって滅亡し、イスラエル十部族がスキタイ騎馬民族によって忽然と姿をくらました時代に相当するから、スキタイ騎馬民族の中にヒッタイト騎馬民族が吸収されていた可能性もある。

ハットウサ(現在のボガズキョィ)で発見されたボガズキョィ文書版(一万枚の粘土板は、シュメール語・アッカド語・ヒッタイト語・ルウィ語・バラ語・ハッティ語・フルリ語の七種の言語が書かれていたことから、ヒッタイト帝国は七種類の言語を話す民族の居住する複合国家であったことが判明した。

しかし、ヒッタイト語とハッティ語という二つの言語が発見された以上、ヒッタイト人とハッティ人が同一民族ではないという危惧も抱くが、ヒッタイトはハッティの英語読みで、『旧約聖書』のヘテ人のことで、エジプトではヘタ人と呼ばれた民族のことだから、アナトリア地方に侵入したヒッタイト民族も先住のハッティ人も同一民族だったと言える。

おそらくアナトリア地方に侵入したヒッタイト民族は、先発のハッティ人の誘導のもとで進出が行われた可能性が高く、それまでルウィ人やバラ人やフルリ人などと長年過ごした先住のハッティ人の言語は、後に侵入して来るハッティ人の言語と違っていても、なんら不思議はない。

同一民族でも、住む所が離れていて、他民族と共存していれば、言語に違いが生ずるからだ。

さて、ヒッタイト王国の都のハットウサには、ヒッタイト王国の神を祀る神殿があった。現在でも神殿の遺構が残っているが、ハットウサの「ハット」は「ハッティ」のことで、「ウサ」は「ウシャ」のことで「神殿(社)」の意味だった。

このことから、我が国の秦族の本拠地の宇佐八幡宮の語源がウシャ・ハティム・アンであり、その意味はヒッタイトの天神アンの社であったことがわかる。さらに秦氏の「秦」を「シン」と読むのは、月神シンの信奉民族であったことを示し「ハタ」と読むのは、ヒッタイトの原名のハッティが「ハティ・ハット・ヘテ・ヘタ」と呼ばれ、これが「ハタ」に変化したと考えられ、韓国語のパタ(海)を語源とするより自然である。

秦氏は八幡神の象徴として鳩を、賀茂大社の象徴として八咫烏を伝説にしているが、鳩も烏もノアの方舟から飛び立った鳥だった。

マナ

妙法蓮華とマナの壺の正体


漢字の楷書の正字のことを真字(マナ)と言うが、鑑真の名に字を加えると「鑑真字」となり「真字鑑(マナカガミ)=真字鏡」となる。マナと言えばユダヤの三種の神器の一つであり、出エジプト後のモーセ一行の飢餓を救った食べ物を入れた壺のことだが、マナの壺のマナは「何だろう?」という謎かけの意味の言葉とされているのだ

古代インドでは、黄金の単位がマナであったし、日本では漢字の楷書の正字をマナと呼んだ。ユダヤではマナの壺の食べ物のマナ(何だろう)は、大勢の人々が食べても翌日には供給されているという不思議な食べ物だった。日本でも真魚鰹の「真魚(マナ)」は食べ物である魚を示している。

日本のまな板の「マナ」も食べ物に関する名であり「学(マナ)ぶ」は「真字(マナ)ぶ」のことで、漢字の楷書の字を学ぶことが語源であり「字」の漢字から「学(學)」の漢字が出来ている。

さらに物部氏の祖の海部氏の祀る丹後一宮の籠神社の奥宮には真名井神社があり、「真名(マナ)」という言葉が神に関係している。真名井の「真」は鑑真の「真」であり、真字(マナ)の「真」でもあって「真名=真字」である可能性が高い。

さらにだ、日本語にはマナコ(眼)という言葉があって、ユダヤのマナの壺の「マナ」に符合する言葉が真魚・俎板・真字・学・真名・眼と六つもあるということは尋常ではない。「学」は「真字」が語源であったから除外すると、真魚・俎板・真字・真名・眼の漢字に共通するのが「目」となる。

「目」は天照大神と月読神がイザナギ神の目から生まれたことに関係し、観音の原名の金星神イナンナの象徴の六芒星は籠目と言われ、籠神社の「籠」と真名井神社の真の漢字の中の「目」の合体も籠目であった「目」の漢字もマナコと読み、真魚・俎板・真字・真名・眼のマナに関係する言葉が、すべて天照大神と月読神がイザナギ神の「目(マナコ)」から生まれた神話に関連していることがわかる。

妙法蓮華の妙は、明けの明星の金星の「明」のことであって「明」は天照大神と月読神の「日・月」を示している。天照大神と月読神は「目(マナコ)=眼」から生まれた。マナの壺の「壺」は「コ」と音読みする。マナの壺は契約の櫃に納められていた。「櫃」に納められた「匚」の中身の「貴」の漢字も、中央に「目」が隠されていた。

マナ壺は日本では「眼(マナコ)」という暗号となって、封印された。

「眼」の漢字は天照大神の生まれた左目(籠目)を示すように左に目があり、右には艮の金神を示す「艮」の漢字がある。真実の艮の金神とはマルドゥークが授けられた神々の支配のシンボルのシムトゥのことであり、月神シンと太陽神ウトゥを象徴する鏡であった。これが真字鑑(マナカガミ)であり、漢字の楷書を生む亀鑑と呼ばれる物で、天照大神を象徴する八咫の鏡であったし、釈迦の説いた妙法蓮華鏡でもあった。

八幡神の正体と太秦の語源

八幡神信仰と弥勒信仰

八幡信仰の総本山の宇佐八幡宮(宇佐神宮)の一之御殿の八幡大神が祀られたのは、紀元725年(神亀2年)であり、二之御殿の比売大神が祀られたのは八年後の天平5年であった。

八幡信仰は御許山を神奈備山とし、御許山には奥宮の大元神社がある。八幡神は紀元571年に大神比義が、菱形池ほとりの笹の上で光りを発する三才の童子を観得したことに始まるとされているが、元来は下賀茂神社の祭神の建角身命の子の玉依彦(宇佐津彦)と玉依姫(宇佐津姫)を祖とする宇佐氏の石信仰が始まりであった。御許山の三つの巨石を聖石として崇拝していた宇佐氏の信仰と新羅系帰化人の辛嶋氏の鉱業神を主神としていた信仰の融合によって始まった。 比義伝説の、三才の童子が「我は誉田天皇(応神天皇)、広幡八幡麻呂なり」と告げ、金色の鷹となったり、金色の鳩になったりして止まった地に、鷹居瀬社を建てられたのが708年(和銅元年)で、現在地に遷座されたのが、一之御殿の創建の時になる。

宇佐八幡宮の現在地への創建は、宇佐氏一族の僧の法蓮によってなされ、法蓮は八幡宮の神宮寺となった弥勒寺の別当職ともなった。弥勒寺の創立は虚空蔵寺と法鏡寺とが合体したことに始まり、金堂は大神氏、講堂は宇佐氏が統括した。天平9年(727年)弥勒寺は神宮寺となり、翌年には国分寺となった。

三輪山の三輪氏の出身の大神比義が、八幡神と応神天皇を同一神としたことで、奈良朝中期からは八幡神=応神天皇の説が一般化することになるが、それ以前の八幡神は宇佐氏の崇拝する神奈備山(御許山=馬城峰)の石神崇拝であり、辛嶋氏の鉱業神の崇拝が主力であったし、辛嶋の「辛」は「加羅」を示していた。宇佐地方は仏教の伝来が早く、神仏混合も奈良朝以前に始まっていたと言われている。

『法華経』の妙法蓮華から法蓮の僧侶名が作られ、八幡神の菩薩名の護国霊験威力神通大自在王菩薩も、『法華経」の一節の「神通自在」から取ったものだった。

弥勒寺の前身であった虚空蔵寺の名は、『古事記』の山幸彦の別名の虚空津彦の由縁となり、法鏡寺の名が『妙法蓮華経』の「法経」を「法鏡」であることを示唆していた。ようするに『妙法蓮華経』とは「明法蓮華鏡」であり「明宝蓮華鏡」という太陽と月を象徴する花模様の鏡のことになる。

弥勒寺の名の弥勒はアッカド・バビロニア神話の主神マルドゥークのことであり、マルドゥークの持っていた神々の支配のシンボルのシムトゥが明宝蓮華鏡であった。虚空蔵菩薩は摩尼宝珠(如意宝珠)を仏格化した仏であり、如意宝珠とは妙法蓮華鏡のことである。山幸彦は海神ワタツミから塩盈珠と塩乾珠を授けられた。これが如意宝珠であり、妙法蓮華鏡だったことになる。

シムトウ

鬼門の名の由来と天照大神の名の由来

『法華経』の「国名常立勝幡」の「国名常立」は、『古事記』の天常立神と国常立神の「常立」になるが、本来は
「国名常立」から、「名」を取ったという意味の「国常立」であった。さらに艮方角を鬼門と言う由来は、『法華経』の中の『観世音菩薩普門品二十五』に、「龍魚諸鬼難」・「是諸悪鬼」・「羅刹鬼国」・「毒龍諸鬼等」・「地獄鬼畜生」などに五度にわたって書かれる「鬼」と、普門品の「門」の合体であるし、「龍魚諸鬼難」の「難」が阿難尊者と阿難陀龍王を示し、阿難尊者の「尊」が、国常立尊の「尊」になっている。

何故天照大神の祀られている伊勢神宮の守護を、法華経の守護神の八大龍王がするのかと言えば、天照大神の名の「天照」も、『法華経』の『観世音菩薩普門品二十五』の「普明照世間」の「普照(アマテル)」の漢字転換から名づけられているからだ。さらに「大神」という言葉は、『摩訶般若波羅密多心経』の「是大神呪 是大明呪 是無等等呪」の「是大神呪」の「大神」から名づけられたものだった。『観世音菩薩普門品』には「諸」の漢字が八回出て来るが、これが三輪山の別名の御諸山の由来となっている。

さて、阿難尊者の未来生の仏である山海慧自在通王如来の名は、日本の国土が、山と海の自然の恩恵に恵まれ、山海の幸が豊富であり、山海の幸の流通が自由自在であることを、的確に表現していたし、「国土は清浄で瑠璃を地となし」は、日本の浄瑠璃の由来が『法華経』の釈迦の予言にあることを示し、「劫を妙音遍満と名づける」は、劫は時代のことで、我が国が古代から「言霊の幸はう国」と言われたことの由来である。妙音遍満は和歌のように懸け詞になっていることを好み、漢字と漢字の音が暗号化されているものが遍満しているのが
『記紀』であり、日本神道なのだ。山海の恵みは、山幸・海幸になり、『記紀』の山幸彦と海幸彦に引用されることになる。


先述したように、『観世音菩薩普門品』には御諸山の語源となった「諸」が八回出て来るが、仏教の須弥山思想の金輪・風輪・水輪の三輪を名の由来とする三輪山は、神仏混合時代から、平等寺という観世音菩薩を本尊とする曹洞宗の名刹がある。聖徳太子の創建と言われ、かっては大神神社の神宮寺として、天台宗の僧侶が時勢を誇った寺であった。

三輪山(御諸山)が龍蛇信仰の山であることも、『観音経(観世音菩薩普門品二十五)』の「龍魚諸鬼難」と「毒龍諸鬼等」の「龍」と「諸」の漢字に由来していることになる。さらに、三輪山が三諸山と言われるのは、『旧約聖書』のイザヤ書の第二章で、「諸の山の頭」・「諸の峰々よりも高く」・「諸の国の間に」と書かれる、「三つの諸」を由来としていて、三輪山が仏教・『旧約聖書』=ユダヤ教・中国道教の三つの宗教の和である日本神道の本山であったことから、三和山とも書かれている。

国名常立勝幡の「勝幡」も神道の神名になった

『法華経』の釈迦の予言の国名常立勝幡の「勝幡」は、一体何処に暗号化されたのかと言うと、天照大神の五男神の長男の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命という長い名に、三度にわたって「勝」を強調して書かれ、忍穂耳の妃の万幡豊秋津師姫(栲幡千千姫)の名に「幡」が書かれ、全国に数万社にものぼる八幡宮の八幡にも「幡」の漢字が書かれている。

正勝吾勝勝速日天忍穂耳命と万幡豊秋津師姫の夫婦仲良くセットで、順序良く「勝幡」が神名に入っているとなると、偶然ではない。

日本神道の中心的な神の天照大神の長男の忍穂耳命と妃の豊秋津師姫の間に生まれたのが、物部神道の石上神宮の祭神で、十種神宝を操ったニギハヤヒ命(フルの御魂)と、三種の神器を携えて、天孫降臨して来たニニギ命である。

ニギハヤヒ命は石上神宮(石神上宮のアナグラム)の祭神だから、「石神(イスラエルの神の意)」であり、ニニギ命の正式名の天饒石国饒石天津彦瓊瓊杵尊(アメニギシクニニギシアマツヒコニニギネノミコト)の名の饒と饒の間に、「石国」が隠されている。「石国」とは中国の景教文献では「イスラエル王国」のこととされているから、
『法華経』の国名常立勝幡の「勝幡」を引用した忍穂耳命と、豊秋津師姫の御子の二人がともに、イスラエルの神と古代のイスラエル王国を暗号にしていることになる。

『日本神道に封印された古代ユダヤの暗号』日本文芸社刊で、私は石上神宮の十種神宝はユダヤ秘教文献の『天使文章』の図形と同じ物が七種あることを図説した。十種祓いの呪言で唱える、「天下万物聚類化生大元乃神宝(アメノシタヨロズモノノタグイイデナムオオモトノカンダカラ)」は、イスラエルのエルサレムの地下にある聖なる岩のエベェン・シティア(万物が発生したとされる世界の礎石)に起因することなどを考え合わせると、日本神道とイスラエルの深い関係がわかるというものだ。

さらに、『記紀』の「宇比地邇(泥土煮)」という神の名は、「初人(泥土人)」のことで、『旧約聖書』の『創世記』に書かれる、「赤土から造られた人類最初の人間のアダム」のことであるのも見逃せないし、国常立神の後に書かれる豊雲野神は、『日本書紀』では葉木国野尊(ハコクニノミコト)とも書かれ、「ハコクニ」と言えば、『旧約聖書』のノアの箱船や契約の箱の国のイスラエルのことになる。

『記紀』に散りばめられた暗号は、このように止まることを知らない。『記紀』の暗号は間違い無く、古代インドの釈迦の経典の『法華経』と『般若心経』と古代ユダヤのトーラーの『旧約聖書』につながった。

伊勢神宮の正殿の間口の寸法は弥勒の数

伊勢神宮は二千年前まで、大和の三輪山の西北の現在の檜原神社の地に祀られたが、その時には社殿はまだ無かった。時代が過ぎて、天武天皇の時代に、天皇自ら社殿の設計を手掛けたが、建設前に崩御され、皇后であった第四十一代持統天皇が天武天皇の御意志を継いで、伊勢に神宮を建てられた。今から約千四百年前の持統四年のことで、現在まで寸法と形状(神明造り)は、天武天皇が定めた通り守られている。

伊勢神宮の内宮と外宮の正殿の寸法は、間口が三丈六尺九寸で、奥行き一丈八尺であり、創建時からまったく変わっていない。間口の三丈六尺九寸の寸法の数字は、3・6・9の弥勒の数で、奥行きの一丈八尺の数字は、18日を観音の命日とすることと、3・6・9の合計が18であり、弥勒下生の数字56億7千万年の5・6・7の合計数が18になることに起因している。

さらに持統天皇の幼名はサララ皇女と言い、この名はシュメールの生命の木のエシャ・ラム・アーダが古代インドにわたって、ササラ、サラ、またはサララと呼ばれたことにもつながっている。

弥勒の数字の3・6・9の根源は、シュメールの後を継いだアッカド王朝の神話にまで遡る。アッカド神話の『神々の戦争(エヌマ・エリシュ)』で、天神アンの子の水神エンキの子のマルドゥークが神々の戦争に勝利して、アンヌンナキの神々を天界と地上界に分けたことが書かれている。我が国の天神地祇(天津神と国津神)の分類法はこれに起因しているが、マルドゥークは九百柱の神々の、三百柱を天界に、六百柱の神々を地上界に分けて住まわせた。

これらの三百柱・六百柱・九百柱の数字から百を取った数字が、弥勒の数字転換の3・6・9に相当し、弥勒の名がマルドゥーク神話にあることがわかる。マルドゥークの神紋は亀甲紋であり、弥勒の兜率天界の名の「兜」は、「甲太」でもあって、亀甲紋を示している。また兜率天界とは兜を被った天界の軍団を率いることも意味していて、マルドゥークが天界の軍団を統率して神々の戦争を行ったことを示している。

弥勒はペルシャ神話のミスラがヒンドゥ教のミトラになり、ミトラが仏教でマイトレーヤとなって、日本で弥勒と表記されることになった。ヒンドゥ教ではミトラはヴァルナ神と同一視され、ミトラ・ヴァルナと呼ばれた。ヴァルナ神はヒンドゥ教の司法神であり、宇宙の森羅万象の運行を司り、神々の不正を処罰し、同時に人間の不正も見逃さないという厳格な神だった。ミトラ・ヴァルナはマルドゥークだったわけだ。

ヴァルナ神の名はシュメールのエンキ神の兄弟の、天空神のエンリルの別名のヴァル(バハァル)に起因し、水神のエンキの水に関係する神として、仏教では亀に乗る水天となった。ヴァルナ神も亀甲紋に関連し、ヴァルナの名は牛角のヴァル神を象徴し、ミトラは虎を象徴し、ヴァルナ・ミトラが艮の金神となった。P,10

神道の言霊の語源

アッカド神話の『エヌマ・エリシュ』は七つの粘土板から成るが、第三の書板に、「アンシャル(天神アンの父神)はマルドゥークの求めを受け入れることにし、神々を呼び集め宴会が開かれる。アンシャルはアンヌンナキの神々に対して、マルドゥークにシムトゥ(神命)を与えるように提案する。」と書かれ、第四の書板に、「神々はマルドゥークに力を示して見せるよう求め、マルドゥークは天空にシルシを現したり消したりして、超能力を示す。神々は歓呼してマルドゥークを讃え、シムトゥが与えられる。」その後マルドゥークは海神のティアマト軍に勝ち、魔力ある怪剣でティアマトの身体を二つに切り、天と地に分けて、アンは天の神、エア(エンキ)は地水の神とし、エンリルは中間の大気の神とされて、マルドゥークは太陽、月、恒星、遊星を造って天に配置し、一年を十二の月に分けたことなどが書かれている。

この神話で重要なことは、マルドゥークが神々に認められて授けられた、シムトゥである。これは神々を支配することの出来るシンボルであり、神の生命そのものだった。「シムトゥ」は「シム ウトゥ」のことであり、月神シンと太陽神ウトゥの合体した名であった。シムトゥを受け取って、始めてマルドゥークが太陽と月と星を造っているから間違いない。

日本の天皇が日嗣の皇子と言われるのは、「日月」にあって、スメラミコトといわれる由縁が、シュメール(スメル)にあるとすれば、太陽神ウトゥと月神シンの合体であるシムトゥが、日本神道の「神道」の言霊の本当の語源となっていることになる。

今までは、中国の四書五経の一つの『易経』の文章に、「神道」の言葉が書かれていたのが、語源とされていたが、それは漢字だけにすぎない。

「神道」は「シンドゥ」と発音されずに、頑に「シントゥ」と発音させているし、日本神道の究極のシンボルも天皇
(支配者)が継承する三種の神器であり、シムトゥと神道の語源が一致することを認める他はない。三種の神器の一つの八咫鏡がシムトゥに相当するし、マルドゥークの魔力ある怪剣が、草薙の剣に相当することになる。両方ともまったく同じ物ではないが、思想の根底はまったく同じである。

さて、このシムトゥが古代のインドに渡って、シンドゥ(ヒンドゥ)となり、シンドゥラーとなり、インドラとなった。マルドゥークの怪剣が、帝釈天インドラの刀利天界の「刀」に相当し、インドラ神は悪龍のヴィリトラを退治して、水と光明を人間にもたらした雷霆神であり、二頭立ての戦車に乗ってルドラ神軍を率いて空中を馳せて戦った。インドラ神は神々の王と呼ばれ、マルドゥークも神々の王と呼ばれ、手に雷火を持って旋風の戦車に乗って、ティアマト軍の悪龍に勝っているから、両者はまったく同一神だった。

国常立神

法華経と国常立神

『法華経(妙法蓮華経)』の授学・無学人記品第九に、阿難尊者に釈迦が予言を施す場面が書かれている。阿難は阿難陀(アーナンダ)とも言われ、釈迦の十大弟子の一人である。八万四千人の大衆の目の前で、阿難尊者が未来に、山海慧自在通王如来という仏になることを、釈迦が予言する。

「汝は来世において、当に仏と作ることを得べし。山海慧自在通王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と号けん。当に六十二億の諸仏を供養し、法蔵を護持し、然して後に阿耨多羅三貘三菩提を得べし。二十千万億の恒河沙の諸の菩薩等を教化して、阿耨多羅三貘三菩提を成ぜめん。国を常立勝幡と名づけ、その土は清浄にして、瑠璃を地と為し、劫を妙音遍満と名づけ、その仏の寿命は無量千万億の阿僧祇劫ならん」と訳されている。

 経文では、阿難尊者が未来に山海慧自在通王如来という仏になる国は、「国名常立勝幡」と書かれている。授学・無学人記品第九は、『法華経』巻第四の五百弟子受記品第八に続く釈迦による弟子に対する未来予言であるが、阿難陀の名は『法華経』を守護する役目の八大龍王の頭目的な存在の、阿難陀龍王とまったく同一であり、『法華経』の阿難尊者に対する釈迦の未来予言は、『法華経』中でも極めて重要な予言であることが想像出来る。

『法華経』を守護する役目の八大龍王は、伊勢神宮の西南にある朝熊山の金剛証寺の近くに祀られていて、弘法大師空海が経塚(経文を埋納した塚)を施して、八大龍王を祀って、伊勢神宮の守護を祈願したと言われ、日本神道の中枢の伊勢神宮にとっても重要な守護神となっている。仏教の『法華経』の守護神が、日本神道の中枢の伊勢神宮の守護神になっているのだ。

これには深い訳がある。『法華経』の釈迦の予言で未来生で阿難尊者が仏となる国の名が、
「国名常立勝幡」と書かれていたが、この名は『日本書紀』の初発に記される「国常立尊」の名を想起させる。『古事記』では、天御中主神から始まって、別天つ神五柱の最後の天常立神に続く、神世七代の始めの神の国常立神であり、豊雲野神とセットの神である。『古事記』の解説によれば、日本の国土の根源神となっている。


国常立神は大本教の艮の金神であり、セットとなっている豊雲野神は坤の金神であり、大本教によれば、日本の国土の艮方角と坤方角に幽閉・封印・隠蔽された神とされている。

人は草

「人は草」のイザヤ預言

『旧約聖書』のイザヤ書(四十・6/8)で「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。主の息吹きがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。だが私達の神の言葉は永遠に立つ」

預言者イザヤはこのように「人は草」と表現している「人は草」という表現方法は『古事記』の黄泉の国からのイザナギの帰還で、イザナギの言葉に「青人草」があり、イザナミの言葉に「汝の国の人草」があって「全ての人を草」と表現していることに符合している。

『古事記』のイザナギ・イザナミの「青人草」と「汝の国の人草」の言葉は預言の言葉として用いているのだ。

『旧約聖書』のイザヤ預言と『古事記』のイザナギ・イザナミの預言の言葉が、「人は草」・「青人草」・「国の人草」という表現をしていることと、イザヤとイザナギ・イザナミの「イザ」の一致も全くの 偶然ではないこれは『古事記』の作者が『旧約聖書』のイザヤ書を知っていたからこそ出来た芸当なのだ。

『古事記』で「青人草」が書かれているのは、黄泉の国からイザナギが逃げて来て、桃の子三個を黄泉 軍に投げつけて、黄泉軍が退散するのだが、桃の子に向かってイザナギが預言(命令)するのである。

「汝、吾を助けしが如く、葦原中国にあらゆる現しき青人草の、苦しき瀬に落ちて患い悩む時、助くべし」と言って、桃の子に意富加牟豆美という名を与えた。

『日本書紀』では黄泉の国の一書第九に、黄泉の国から逃げるイザナギが桃の木の下に隠れて、桃の実 を雷に投げつけて、雷が皆逃げていったことが書かれ、その時に杖を投げて「ここからこちらえ雷は来 ることは出来ない」と言って、杖に名が与えられている。岐神(フナトの神)という。元の名は来名戸 (クナト)の祖神(サエの神)というと書かれている。『古事記』では衝立船戸神と書かれ、祝詞には久那戸(クナト)と書かれているところを見ると、クナトが本来の名である。

『古事記』では桃の子に名が与えられ『日本書紀』では杖に名が与えられているのだ。桃の子に与えられた意富加牟豆美の名の頭文字の「意」は、お伽話の桃太郎の三家来の猿・犬・雉のそれぞれを象徴する智・情・意の中の雉の象徴する「意」であることだ。ようするに意図があることを示唆している。

雉は我が国の国鳥であり、現在の一万円札にも描かれているし、日本の年号の始まりである大化の次の白雉に使われているほど重要な鳥である。

イザナギの名の「ナギ」は、三種の神器の草薙の剣の「薙」でもあって「薙」の漢字から草冠をなぎ 払えば「雉」の漢字になる。草薙の剣は大和建命が草を苅り払った故事に因んだ名であり、元は叢雲の剣である。大和建命の名は大和建国の意図の象徴であり、草薙の剣と名を変えたからには、それ相当の意図があった。

ようするに、草薙の剣の「薙」の漢字の草冠をなぎ払えという暗号であり「雉」を家来にした桃太郎に、大和建国の意図の奥義が渡されたのである。

イザナギは桃の子の威力によって、黄泉の国から無事に帰還したわけだが、桃の子は桃太郎に変身し、桃の子に命名された意富加牟豆美の名の頭文字の「意」の象徴である雉を家来にした。イザナギの黄泉からの帰還は、黄泉帰りであり、漢字を変えれば「蘇り」となる。

『旧約聖書』のエゼキエルの預言に、イスラエル十部族の蘇る預言がある。墓を開いて、墓からイスラエル十部族を生き返らせる預言である。この預言とイザナギの黄泉帰りと、桃太郎のお伽話と、草薙の剣がリンクしていることになる。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
ミステリー
ミステリー
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新の記事一覧

過去の記事一覧

検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事