|
(前回の続き)
「チャンピオンになる素質を持っているよ!
おまえに最初に話し掛けてきた男がいただろう?
あいつは五十嵐(いがらし)といって3ヵ月後に日本フェザー級チャンピオンに挑戦するんだ。
あいつは今まで苦労してきたがやっとの思いで、ここまで登ってきた男だ。
まずはあいつに基礎を教わるといい。」
僕は話を聞いている内に少しの不安が僕を過ったが、決意したからにはもう後へは引き下がれない。
ここまで来たからにはとことんやってやろうじゃねぇかの気持ちでボクシングに励もうとそのとき誓った。
会長の話が終わると今日は新しい仕事を探さなければいけなかったので、会長に礼を言い、そのジムを後にした。
それから僕は昨日コンビニで買っておいた転職マガジンの中から引っ越しの仕事を選び、そこに電話を掛けるとすぐに面接にきてくれと言われた。
その場所までいくと面接はたったの3分で終わり、明日から働かせてもらえることになったんだ。
香織にボクシングのことと働き先が決まったことを知らせるとやはりボクシングは反対された。
けれど、僕の決意を香織にぶつけると、無理はしないという約束で許可を出してくれたんだ。
これから香織には心配をかけるかもしれないが、この決意だけは曲げるわけにはいかなかった。
それから月日は流れ、3ヵ月が過ぎた。
冬の寒さが一段と増して、街にネオンの光とカップルが目立つようになった12月。
少し僕にはハードだった引っ越しの仕事にもようやく慣れてきた。
しかしボクシングの方といえば、まだ基礎体力をつける段階で、走らされてばかりの3ヵ月だった。
僕の体重は少しづつ減っていき、香織は僕の体をいつも心配していたが、弱音を吐くことはしなかった。
香織も介護の仕事を頑張っていて、最初はつらいこともあったらしいが今では、おじいちゃんやおばあちゃんに会うのが楽しみになってきたと言っていた。
僕と香織はお互いに忙しくなったせいか、会う時間は減っていったが、それでも休みの日は二人でいろんな所に出掛けた。
僕達の愛は以前よりも深まっている気がする。
あっ、これはここだけの話だが、この3ヵ月の間に僕達は・・・
愛し合ったんだ。
すごく緊張したことを今でも覚えている。
ここではそれについての話は恥ずかしいのでこれぐらいにしておこう。
そしてその日は、五十嵐さんがチャンピオンに挑戦する試合当日だった。
僕は香織を誘い、五十嵐さんの応援に駆け付けた。
香織はボクシングを生で見るのは初めてだと言っていたので、ぜひ生の興奮を味わってほしかった。
だから香織を連れてきたんだ。
とは言いつつ、僕も生の公式戦を見るのは初めてだったのだが・・・。
会場に着くと、僕達は控え室に行くことができた。
関係者のみが許された特権だ。
会長がいたので、僕は香織を紹介した。
会長やジムの人たちは、僕の彼女は耳が不自由なことを伝えていたので暖かく香織を迎えいれてくれた。
会長は紙にサインペンで、こう書いて香織に見せた。
《広田です。かおりちゃんよろしく!今日は五十嵐を応援してやってください。》
すると香織は、笑顔で会長に頭を下げていた。
部屋の隅を見ると、そこには五十嵐さんが一人で座っている姿があった。
以前、五十嵐さんは言っていたが試合の前は集中力を高めるために一人になるらしい。
それを知っているジムの仲間も試合前の五十嵐さんには近づこうとはしなかった。
|