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(前回の続き)
そして、その日は香織と夕方まで病院で過ごし、僕は香織に"明日も来るから"と言って病院を後にした。
香織にプロポーズをしたからには、絶対に次の試合に勝ってチャンピオンにならなければいけない。
できれば、リングの上から香織にプロポーズをしたかったが、あの状態の香織が会場に来れるはずもない。
正直を言うと、僕がチャンピオンになる前に香織が逝ってしまうのではないかと考えることも度々あった。
今だに香織の元気な顔を見ていると、あと数か月の命だなんて理解する方が難しい。
心のどこかでは、香織が元気になって退院することができるのではないかという希望を持っている。
結婚をして二人の幸せな生活が待っている。その時はまだ、そんな希望さえも持っていた・・・
そしてそれからも毎日仕事が終わると、必ず病院に寄ってからジムへと向かった。
少しずつだが香織の顔が痩せ細っていくのが、僕にもわかった。
それでも香織は僕に笑顔を絶やすことはなかった。
病室には香織のお母さんが毎日香織についていて、妹の由里ちゃんも時間ができると病院に顔を見せていた。
お母さんは心身ともに疲れていると思うのだが、香織や僕の前では一切そんな顔は見せず、香織の看病を毎日続け、僕には"次の試合頑張ってね"といつも声をかけてくれた。
しかし、お互い香織の病状については話そうとはしなかった。
そして日は流れ、香織の病状はみるみる悪化していくのが僕にもわかった。
香織が見せていた笑顔と、僕の心の中にあった希望は少しづつ消えていったんだ。
痩せ細っていく香織を見る度に、病院を出た後の帰り道になると、何度も涙を流しては、なにもできない自分に腹が立った。
なぜ香織がこんな目にあわなければいけないのか?
そう考えると、心の底から怒りが込み上げ、気が付けば壁に拳を叩きつけては血を流した・・・
それから試合の日がもうそこまで迫っていたある日。
ジムから家に帰ってきた僕はシャワーを浴びようとしたその時、ある人から僕に電話があった。
「もしもし?拓人かー?」
それは前の会社で同僚だった熊さんの声だった。
「はい。熊さんすか?ひさしぶりです。」
「ほんとにひさしぶりだなぁ。元気か?」
「元気っすよ。熊さんは元気?」
「おー!俺はバリバリよぉ!っていうか聞いたぞ!おまえボクシングで活躍してるんだってな。今度タイトルマッチがあるそうじゃないか!」
「そうなんすよ。熊さん、もしよかったら応援に来てくださいよ。まだチケット何枚かあるんで。」
「ほんとか?それなら応援に行かせてもらうよ!ところで拓人、おまえ声に元気がないなー!なにかあったか?」
「そうっすか・・?何もないっすよ。」
「そうか。でも拓人がプロボクサーになってるなんてまだ信じられないなー!
あっ。そういやあの子とはまだ続いてるのか?えー・・・たしか名前は・・香織ちゃんだったかな?」
僕は少しためらったが、熊さんに今まで僕と香織にあった出来事や香織の病気のことを詳しく話した。
すると熊さんは沈んだ声で言った。
「・・・彼女はそんな重い病気と戦っているのか・・・
でも拓人!おまえならきっと香織ちゃんの夢を叶えてやれるよ!」
「はい。ベルトは必ず持って帰りますよ!だから熊さんも応援の方は頼みますよ!」
「おー!まかせろ!香織ちゃんもおまえが勝てばきっと元気になる!おまえもくよくよせず、そう信じるんだ!」
僕は熊さんにそう言われて、なぜか目が潤んだ。
「そうっすよね・・・香織は頑張ってるのに俺が沈んでちゃ駄目っすよね。
ありがとう。熊さん。俺、チャンピオンになって香織と絶対に結婚します!結婚式は来てくださいよ!」
「おう!楽しみにしてるからな!」
その後、電話切った僕は思ったんだ。
僕はいつの間にか、痩せ細る香織の姿を見て、命がもう長くはないことを決めつけてしまっていた。
香織は病気と戦っているのに僕が諦めてしまってどうするんだ。
熊さんの"信じろ"と言う言葉に、僕は希望を取り戻したんだ。
僕は願い、そして自分に言い聞かした。
"奇跡はきっと起こる"と・・・
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