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今回は去年この飛行場跡道路の記事を書いたときに、コメントでいろいろ こちらの飛行場の事を教えていただいた方のお話を元に記事を書きます。 こちらの跡地付近をいろいろ歩いてみました。 滑走路があるということは、格納庫や通信司令室?やその他建物もあったと思うのです。 なので道路のまわり、田圃を歩いてみました。 田圃を歩いていたら、何やら?なコンクリートの道のようなのが出てきました。 よく見ると、無数の穴が開いています。 上に乗って一体何なのか見てみようと思いましたが、割れて落ちたらどうしようなんて 考えてしまって写真だけ撮りました。 水が流れてる様子でもないようで、田圃にこんな蓋をした用水路て見たことないと 思っていましたが、何なのかがわかりました。 当時飛行場で使われてた側溝だそうです。 コメント欄でいろいろお教え頂いた方のおじい様がその側溝の事を知っており 立ったまま歩けるくらいの深さだったそうです。 また、水田跡の為水気が多かったので、せっかく芝刈りをして整備した場所が、直後の大雨で側溝のキャパを 超えてしまい水が溢れて芝が枯れてしまった事もあったそうです。 また、やはり水の関係なのですが、水田跡地で水気が多いため、元荒川の末田須賀堰が空けられなくなり、 越谷の谷中あたりの農家は大変だったらしいです。 一応、軍のほうで対処方法として飛行場の南にある池に大型のポンプ&モーターを設置して対処したらしいです。 その池というのが、今の国道463号バイパスの横にありました。 今ではほとんど埋め立てられてしまいましたが、若干残っています。 土が盛られている所も以前は池でした。 ここの飛行場建設にかかわった人は、近所の日本人だけではなく朝鮮の方々も駆り出されたそうです。 その方々は、今の岩槻区の新和小学校の近くの変電所のある鉄塔辺りにあった宿舎に住まわされていて 食料もあまり良い物は食べさせていなかったらしく、真っ黒な麦飯を与えられていたそうです。 精製すると量が減ってしまう為、ほとんど精製しないので黒っぽかったそうです。 そして、多くの兵隊さんも建設に加わりました。 当時食糧難から、正月に兵隊の数人が餅を食べさせてくれと依頼があったということです。 だがそこの農家もやはり食料(餅)が沢山あったわけでもないのでとりあえず1日目だけ食べさせたようです。 兵隊さんたちも空腹状態だったので、結構食べていったそうです。 農家の方々ももう食料は無いと言ったのにも関わらず、次の日も食べさせてくれとやって来たそうです。 そんな食糧事情だったことで、軍の方が備蓄の米を横流しをしていたそうです。 横流しがばれないよう、倉庫の真ん中の位置から徐々に米を取っていたということです。 何日かして、軍の責任者が米の在庫を確認したところ、数が合わないことが発覚し 横流しの事実が判明したそうです。 その軍のお偉いさんは、部下の取った行動に責任を感じ、自殺したということです。 そして、この飛行場が完成しました。 完成後、1回だけ離陸及び着陸が行われています。 その際、着陸時に事故があり、一式戦闘機が、大破操縦士死亡の事故も起きているそうです。 すでに戦争末期、戦闘機の数も少なくなったのか、または生産能力が低下したのか この飛行場への戦闘機の数が少なかった事で、木製のダミー戦闘機が置いてあったということです。 敵が空から偵察にきたときに「本物」の戦闘機があるように見せるためだったのではないでしょうか。 結局、この飛行場から戦地へ飛び立つという事態になる前に戦争が終わりました。 この飛行場を使うことがなかったと言うことは今となっては良かったのだと思います。 飛行場跡地に隣接する田圃を歩いていると、田んぼの中にコンクリートで出来た 飛行場の遺構らしきものがありました。 滑走路跡地から数百メートル離れた場所にあったのですが、階段のように段があって 一体何だろう?と思っていましたがいろいろお話を聞いたところ どうも格納庫跡地だったことがわかりました。 そして、さらにその格納庫跡地から南東にある4つの三角柱状の大きな石を混ぜて作った いかにも戦時中に作られたと思われる鉄塔あとも発見しました。 私は航空のことはよく解りませんが、今で言う管制塔(通信用?)の鉄塔の基礎だったのかと 思います。 この小さな橋も、飛行場建設時に作られたそうです。
この橋から一直線に伸びる砂利道は、当時トラックが砂利を積んで走ったそうです。 ただ、リヤカーを引けないくらいに、トラックが道を荒らしてしまい、農家の人は苦労したそうです。 一応、軍も道の補修の為に、トラックが空けた穴に石を入れたらしいのですが、大きな固まりの石を 入れただけだったらしく、道が凸凹になって、地元住民が、石の出っ張った所を砕くなどして ならすことになったそうです。 また、周りが水田で土が弱い為に入れた石が道から水田にはみ出す等して大変だったそうです。 今でも道を掘ると、大きな石が出てくるそうです。 |
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鍵コメ様
この辺りは夜真っ暗なのでしょうね・・
2008/8/18(月) 午後 11:19