香港おもひで話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]



懐かしさと、もうこのアングルからの香港の街並みを見れない事に
涙です・・

香港が好きになったきっかけは、もちろん李小龍師匠の存在と
ホイ兄弟の映画もありますが、以前使用していた
香港啓徳飛行場への着陸時、街の下、ビルの真下を飛んで着陸する
飛行機に乗ってみたいと思ったからです。
私は大の飛行機嫌い。
でも、この着陸までの「ジェットコースター」は経験したいなと
思い、初の香港旅行の時も偶然このアングルを拝める席に座れました。

機内の放送で「まもなく〜香港、香港!」なんて感じでは言ってないですが
香港着きますよとアナウンスがあり数分後、高度を下げて
街並みが見えてきて、私の頭の中は許冠傑の「杯酒富歌」が流れ
もう興奮状態。
でもってこの画像と同じように街並みが見えてきたときは
じ〜んと来ました。

私は3回香港へ行きましたが幸い皆啓徳を利用することができ
今も思い出として残っています。
もうこのアングルは2度と見れないと思うとちょっと香港へ行く
楽しみが減って残念に思います。

開く トラックバック(1)

しかし、ミニチャイナでの2時間、どうしたらいいのだろうか?
AさんBさん、中年夫婦も別々にどこかへ行ってしまって、私一人で回ることにしました。
しかし、つまんねぇ。
15分位で周るのをやめました。
さて、では残りの時間をどのように過ごそうか??
集合場所のベンチで寝ていました・・
なのでミニチャイナの事はこれだけです。印象無いです。
寝ていたら、Bさんに起こされ「いろいろ見たの?」と聞かれ
寝てましたと言ったら「若いんだからいろいろ動いてみなきゃ」
とムカつくお言葉ありがとう。
どこからともなく、リュウさんがやって来てバスに乗り込みました。
「次は公専市場へ行きますよ」
中国の市場かぁ、こういうのも見ておこう。
数分で到着しました。
到着すると、道路からドドッと子供たちが私たちを囲みました。
そうです、孤児達だったのです。
私はこういう経験初めてだったので、どうしていいかわからず
戸惑っていました。
皆手を出していました。
中年夫婦が、その子達に持っていたお貸しや小銭をあげようとしたその時
リュウさんが子供たちを怒鳴り、追い返してしまいました。
中年夫婦が「あんた、ちょっとあんな小さな子供にそんな怒らなくてもいいんじゃないか」
と怒鳴ったら「あの子達にお金あげたら、それを見ていたほかの子供もくるんだよ!」
と怒鳴り返しました。
そうか、影で見ている子供もいるのかもしれない、かわいそうだけど
この子達に物をあげたりしてはいけないのかもしれないな。
でも、私が気になったのはその子供達ではなく、ちょっと離れたところで壁に寄りかかり
身動きのない子供が気になりました。
「リュウさん、あの子動いてないよ、大丈夫かな?」
「大丈夫、寝てるだけ」
そんな一言で片付けていいのか?あの子達は今でも元気に暮らしているのかな?
結局助けられずに、市場を見てまたバスで移動しました。

「さあ、皆さんお昼です、シンセンの美味しいお店でお昼にしましょう」
ここで、また不安が頭をよぎりました。
ツアーで行く食事は不味いと2日目の香港市内観光で経験していたので、憂鬱になりました。
ちょっと洒落た中華料理屋へ通されました。
最初、ビールが出てきて飲みまして、飲茶が数品。
お、結構美味しいぞ。
その後、四川でないのに麻婆豆腐が来ました。
半端でない辛さがまたたまらなく、ご飯をお代わり出来るところだったので
ご飯をお代わりしました。辛いけどイヤになる辛さではありませんでした。
その次は、海老の茹でた物。
生きた海老に紹興酒を振りかけ、海老が酔っ払ってきたところに
お湯を張った鍋に入れて茹で、食べる料理でした。
なかなかイケましたよ。
そして、次に出てきたのが青梗菜のとろみスープ煮
これは美味しかった。
早速日本へ帰って真似して作ったのがこの料理です。
食事に関しては、シンセンに来てよかったと思っています。
お腹いっぱい食べました。

食事が終わって、次に向かったのが、シンセン骨傷中心へ、
ここには、気で起こす電流のようなものでちょっとした病気を治す
先生がいるとの事、
怪しいなぁ、吹いているんぢゃないかい!
怪しんでいたら、到着。
学校の教室のような所へ通され、先生の話がはじまりました。
何を話したか?忘れました。でも日本語の大変上手い先生でした。
さあ、話が終わって「今日は気で腰痛を治しましょう」と
先生を中心として皆で手を繋ぎました。
「私が気を入れます。そうしますと皆さん手を通じてビビッときます。
体ちょっとすっきりしまうよ」といって「ヤッ!」と掛け声と同時に
ビリッと電流のようなものが流れた感じがしました。
気休めかもしれませんが、ちょっと体が軽くなった感じがしました。
また各自席について、私は先生の後ろ辺りにバッテリーのような物が
ないかキョロキョロ探しました。見当たりませんでした。
先生の名前は忘れましたが、すごい先生がいたものだ。

最後は、お決まりのお土産やへ連れて行かれました。
なんとも香港のツアーで周ったようなお土産やとはちがい
中国の工芸品や名産を売っていて、これはこれで見る価値がありました。
親への土産はここで買いました。
もう10年以上前の事なので、最近のシンセンも見てみたいですね。
そして、入管前までバスで送ってもらいリュウさんと握手して香港へ入国しました。
ホテルまで送ってくれるかと思ったら、銅羅湾のそごう前で降ろされてしまいました。
最後までむかつくツアー会社でした。

次回は「香港最後の夜、思い出に浸ろう」です。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

この誤植だらけの説明書、これはシンセン骨傷中心という怪しいお店で
頂きました。
「ご案内」を「で案内」
「当センター」を「当ヤンター」
「バランス」を「バテンス」・・・
などなど、日本語って難しいのだと改めて思ったしだいであります。

4日目の朝、いつものとおり灣仔のホテルの近くでお粥の朝食をとり
集合場所のホテルロビーでツアーバスが来るのを待っていました。
約束の時間を10分過ぎたころ、添乗員さんがやってきました。
くるなり「dfklghkj bkfkbh kjdfgrkldkllkんkvkjgkfgkfk・・・OK!」
ハァ?ちょっと何言ってんの?
英語で捲くし立てられてしまいました。
でも。バスに乗って見たいな事を言っていたので、バスに乗り込みました。
ありゃ?
バスの中は、西洋人がほとんど、緊張モードが最高値に達してしまいました。
こういう時ってつい、アジア系、ましてや日本人がいるかどうかすぐキョロキョロ
探してしまいます。
シンセンへの高速道路へ入るまで、緊張モードバリバリで景色を覚えておりませんでした。
アジア系の方が数人いましたが、言葉わからないので話しかけませんでした。
そうこうしているうちに、シンセンへの入国時にイミグレで提出する健康状態の
質問用紙が配られてきました。
まじかよぉ!英語と広東語でしか書いてないじゃないか!
なんとなく広東語の感じでどんな質問をしているかわかるけど、広東語で
答えなきゃならないのか?
「そこで降ろしてくれ」って言いたくなったその時
「お兄ちゃん、日本人か?」
一人のおじさんに聞かれました。
「え、はいそうです」
「君さぁ、英語わかるか?おれ判らないからこの用紙書けないよ」
「いえ、私もわかりませんので書けませんよ」
「君ぃ、だめだなぁ、英語ちゃんと勉強しなきゃぁ」
「おじさんこそ、人に言う前に英会話教室行きなよ」
なんて言いながらおじさんとその連れのおじさんと笑いながら迷っていました。
おじさんたちは、神奈川から観光できたと言っておりました。
私にツッこんで来た方は、梅沢富美男に似ていて(Aさん)、もう一人は永六輔(Bさん)に似ておりました。
添乗員が用紙を集めにきました。
しょうがないから日本語で「書き方わかんないよ」と言ったら
この添乗員、私たちの用紙を適当に丸を付けてもっていってしまいました。
なんだったんだろ?

あっという間に、入管へ到着。
皆がバスを降り始めたので、私たちも降りました。
パスポートを見せて、あっというまに中国へ
初めて国境を渡ったにしちゃぁ、感動も何もありませんでした。
シンセンでは、各国の観光客別にツアーが組まれていたみたいで
私とA・Bさん以外にも中年夫婦がいました。
「日本○○観光」という旗を持った添乗員の所へ行きました。
「皆さん、ようこそシンセンへ!」
すごい笑顔で私たちを迎えてくれました。
「わたし、リュウといいます。シンセンは今すごく発展してるネ」
とシンセンの発展の速さを説明しながらバスのほうへ歩いて行きました。
私たちが乗るバスはどこにあるの?
辺りを見ても大きな観光バスがありません。
「さ、皆さんこっちですよ」
何と、香港で言うミニバスクラスのバスではありませんか!
それもボディは錆が浮いてるし、タイヤはパリダカ帰りなのか泥だらけ・・・
すかさずAさんが「もうちょっとましなバスに乗せてくれよ」
リュウさん「私の会社、このバスしかないのね、動くからいいでしょ」
動くからいいでしょ・・確かにね。
でもこういうのもいいじゃないですかとAさんをなだめてバスに乗り込みました。
リュウさんが運転手さんに合図をし、いざ出発。
ウヒョー、いきなり急発進!一般道なのに飛ばす飛ばす!
自転車や邪魔な車にクラクション鳴らし続け、怖さもあって体がロールバーのように固まって
しまいました。
シンセンも、当時は香港との隣接部分は高層ビルが建てられていましたが
当時はちょっと外れると、昔の中国のように大きな看板、バラック調の建物が犇めき合って
おりました。
前を見ると、大きな道路同士が交じる交差点へ差しかかろうとしていました。
でも、信号が点灯していません。
運転手さん、ブレーキかけるつもりがないみたい。
私は、前の席に背もたれにぐっと力を入れていました。
「プワァ〜!」やっぱりクラクション鳴らして突進でした。怖かった。
少し行った所で案の定、事故で渋滞になりました。
運転手同士取っ組み合いの喧嘩をみました。
リュウさん「シンセン、事故多いネ。でもウチの運転手運転上手いから事故無いネ」
その自信が事故を招く。

そして、連れて行かれたのは「ミニチャイナ」
ミニチャイナって何だろう?と思っていたら案内をもらいました。
そして入ったら、一瞬栃木・鬼怒川温泉の「東武ワールドスクエア」へワープしたのかと
思いました。
まあ、冷静に見ましたら、ここは中国国内の建物やいろいろな物のミニチュアがあるだけでした。
シンセンに来てまで鬼怒川を感じるのか・・・
ここは2時間観光しろと言い、口笛と歌を歌いながらリュウさんはどこかへ消えていってしまいました。
2時間、どうしよう・・・

次回は「私の日曜キッチンの定番に、結構美味しいシンセンの中華料理屋」です

イメージ 1

昼飯を終え、またタクシーを拾い今度行ったのはブルース・リーの
お葬式を行った九龍殯儀館へ行きました。
建物は当時のまま、あー、ここからブルース・リーは天国へ旅立ったのかと
感慨に更けていました。
中では、どなたかのお葬式をやっていて、中へ入れませんでした。
15分くらいいたでしょうか、本当にブルース・リーを追っかけた旅を
してよかったのだろうか・・・辞めとけばよかったのだろうか・・・
よかったという満足感もなく、追っかけの旅はこれでおわりました。
もう少し今のように情報が拾い易かったら、1日かけても足りない旅に
なっていたでしょう。この当時はこれで精一杯です。

何ともいえない気持ちのまま、地下鉄に乗って中環まで行きました。
さて、まだ時間があるな。
なんとなく、ピークとラムまでの無料オープントップバスのバス停に
並んでいました。
トラムに乗って再び、ピーク山頂へ足が向きました。
何時間いたでしょうか。12月で空気が澄んでいてはっきり下界が見えまして
夕方日が暮れるまでずーっと景色を見てました。
明るい景色から夜景に変わるまでって、この場所にこないと見れない
とても良い経験をしました。
ブルース・リーが亡くなった当時は、こんな高層ビルは無かったしもっと
ごちゃごちゃした街だったのだろう。
でも、空気は変わらない。私もブルース・リーと同じ空気を吸っている。
変なひらめきを思いつき、とっさに維多のミネラルウオーターの空ペットボトル
を取り出し。蓋をとり、ペットボトルへ空気を詰め込みました。
甲子園の砂ならず、香港の空気を持っていこう!

何時間いたでしょうか。お腹が減ってきたので下界へ降りようとお待ちかね
あの問題のボロバス「CMB中華巴士」で銅羅灣へ行こうとバスへ乗り込みました。
今回は初日とはちょっと様子が違いました。
グゥワァン!ガラガラガラ・・・
おいおい!大丈夫か?このエンジン音。
バスは、2階までけたたましいエンジン音が響き渡り走り出しました。
下りの連続でしたが、とにかくカーブのちょっと手前までぶっ飛ばし
急ハンドルを繰り返す・・・
私はバス酔いは今までしたことはありませんでしたが、だんだん気持ち悪くなってきて
夜景を楽しむ余裕も無くなってきました。
バスも、蛍光灯が点いたり消えたり、シートはクッションが蔕ってボロボロだし、
おまけにお客は私一人になってしまったし・・・・
このまま車庫に行っちゃったらどうしよう・・・でもいいかな?
なんてハプニングも望んでいたり訳わからないバスの旅になってしまいました。
でも、結構ここのバスのファンになっちゃってたりして・・
銅羅灣へ着きましたが、バスのおかげで気持ち悪くなってしまったので
夕食はいちおうコンビニで買っておいて、ホテルに戻りました。
ホテルでテレビを見ていました。サモ・ハン・キンポーが少年と悪い奴らを
やっつける?ようなドラマが放映されていました。
香港だと、香港スターが出るテレビを普通に見れるんだと羨ましくなりました。
この数年後、日本でもスカイパーフェクTVにてスターテレビの系列「スタープラス」
が見られました。
香港映画やドラマ、日本で言うレコード大賞のような歌番組、MTVなど楽しめましたが
急に放送を辞めてしまい、アメリカのB級ドラマばかり流しだして。がっかりしました。
がっかりしていると、放送局も無くなりました。

この1日は、非常に疲れました。

次回は「新鮮、シンセン、え?シンセンに東武ワールドスクエア?」です。

この「おもひで話」に全く写真が載らないのはなぜか?
私、香港は初めての海外で日本の国内を旅行した時、カメラを持っていくと
写真を撮りまくり、自分の目で風景を見るという事を忘れてしまい
記録としては残りますが、記憶となるとうろ覚えの旅行ばかりしてきました。
なので、この初めての香港以降は、写真を撮らず必ずその日の夜に内に
目で見た事、風景を思い出し文にするようにしてきました。
なので、この記事もその記録された「文」を元に書いております。
今後も写真は出ませんが、お付き合いください。

3日目の朝が来ました。
早朝、香港の町並みを散歩するのもこりゃ最高と思い近所のお粥屋へ
朝食を済ませました。
しかし、アワビが入っていてこんな安いなんて、朝から2杯頂きました。
さあ、今日は気合が入る・・・
そうです、我が憧れの「ブルース・リー」を追いかける旅がはじまります。
気合を入れ直すのに、日本から持ってきた栄養ドリンクを2本一気!

地下鉄で九龍糖まで行き、タクシーに乗り住所の書いてある紙を差し出し
出発。
あれれ、もう到着!と言う位すぐに着いてしまいました。
九龍糖は結構高級住宅街なのですね。そうだよな、ブルース・リーが住んでいた
所だし。
でも、ここは高級住宅街でしょ?ちょっと行くとラブホテルが現れる。
おっと、そうだ。ブルース・リーの邸宅もラブホテルに変えられたんだった。
そのブルース・リーの邸宅は、現在「羅曼酒店」という名前のホテルになっている
と教えられて、キョロキョロしながら探しました。
結構、あちこちのホテルの門のところにインド人の門番?が男一人歩きの
私に向かって睨みを利かせていました。いやだなぁ。
そうしているうちに、おっ、あったあった。
これだ!この壁だ!
ブルース・リーのドキュメントビデオ「ブルース・リー生と死」で出てきた
あの邸宅だ!!!
感激しながらちょっと早歩きで近づいてみると「ガァーーーン!」
入り口の門には、青白のカーテンが中を見えないように覆っている。
間違いなく「羅曼酒店」、ラブホテルと化してしまっている(涙)

昭和47年、当時ブルース・リーがトレーニングのジョギング中にこの家を見つけ
購入したそうです。
そして死去するまでの9ヶ月、この家で家族とともに住んでいました。
確か、門を入って左側は、ビデオで見たときは日本庭園だったよなぁと思いつつ
チラッとカーテンが翻った隙に中を覗き込みました。

2度目の「ガァーーーン!」
駐車場になっていました・・・・
でも、中の建物はビデオに映し出された時のままだったのが救いでした。
さあ、やってきました。門番のインド人。
こちらが中の様子を伺っていると、何やら怒鳴った口調で捲くし立てています。
当時は今のように関連HPが無かった時代、こんなにインド人に怒鳴られるなんて
情報がなかったので、びっくりして逃げました。

今、関連HPを見ると、皆いった人は結構怒鳴られているみたいです。
でも、もう一度見てみたいと言う気持ちを抑えきれず、また近づいてみました。
ここで、リーさんはトレーニングをし、やはり撮影中に不慮の事故で亡くなった
息子ブランドンとともにトレーニングを積んでいたんだろう。
そして家族4人で9ヶ月と言う短い幸せな生活をしていたんだなあと思っているうちに
建物がこんな情けないホテルになってしまったんだと現実を見たことで
涙が出てきました。卒業式や悲しいドラマをみても泣けなかったのに。

そんな悲しさに浸っていたら、またまた出てきたインド人。
私の服装(結構目立つ格好をしていた)で覚えていたのか、先ほどより激怒
していました。
しょうがない、もうインド人のおっさんに怒鳴られるのもいやなので
この場を去りました。

しかし・・・・
ブルース・リーは、アジアで初めてハリウッドスターになった俳優です。
そして、香港のスターでもあります。
そしてカンフーを広めた方でもあります。
そして、カンフー映画で生計を立ててる俳優はこのスーパースターのお陰で
世界でカンフーアクションをこなす映画に出演することができるのですよ。
なのに、なんでしょう、スーパースターの邸宅がこの有様。
何も感じないのでしょうかね?何考えてるのかな?
今の香港の芸能界の方々も何もしないの?情けないよ。

死因が麻薬かもしれないという未だ謎なことや、死去が愛人のマンションだったことが
あまりにもイメージが悪いと言うことで、今まで記念館の建設運動等起きなかったの
だろうとも思えます。

そして、この場を去り次に着いたのがリー様が通っていた「溂沙書院・香港ラサールスクール」
へ到着。
ここって頭の良い学校なんですよね?なんだか近づけなくて遠くで見ていました。
確か、Mr-Booシリーズのマイケル・ホイとは同級生だったと聞きました。

時間があまり無い忙しい旅になりました。昼ごはんも食べるのを忘れていました。

次回は「ブルース・リーと同じ空気を吸っている」をお送りします。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
七左衛門
七左衛門
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

友だち(2)
  • オノチン
  • おひさ
友だち一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事