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4547日。 つまり、12年5ヶ月ちょっと。
長かったような、短かったような。でも、やっぱり長かったかなぁ。
私自身は年齢を重ねて老けて疲れやすくなった以外はさして変わっていないのだけど、
私の周りや世の中はずいぶんと様変わりしたよなぁ。
でも、人として脂ののっている時季にここで経験や想いを重ねて過ごしたことは間違いありません。
この半月ほど、少しずつ記事を読み返して、私がたどってきた想いの数々にふれてみました。
お見せできたところにも、お見せできなかったところにも、その時々の 「 いま、ここ 」 の私の姿がありました。
非公開のつぶやきの中に時折あったのは、
“ 誰かの非常識 ” に “ 私の常識 ” が踏み荒らされて、耐えきれずに嘆き悲しむ姿。
その類のものは、ここからはもう削り除きました。
私の中の醜いものを排除したいというのもありましたが、
それよりも、それらはそれらとして今一度しっかりと読んで受け止めて、
自分で自分をきちんと慰めてあげてから前に進みたいというのもありました。
そのほかには、私が 「 守りたい 」 「 守るべき 」 と使命にも似た想いで敬意と決意をもって秘めてきたことの数々。とてもたいせつなもの、あれこれ。
そういう中の私は大体笑顔だったし健康でもあったので、たぶん総じて幸せだったのだろうと想っています。
私が 「 守りたい 」 「 守るべき 」 と想っているものを私なりに守ることこそが、これまでの私を支えていたものであり、私のプライドであり、私の正義であったのだと、そんなふうに再認識することもできました。
この部分は、この先も肝に銘じて芯じて生きていくのだろうと想っています。
外向けにはわかりづらく伝わりづらいけど、それでいいと想っています。
そうあるべき、とも想っています。
前の歳に対する想い入れが数年来それなりに強く深かった分、
「 それを越えた自分 」 を ずっとまるで想像できずにいました。
でも、越えた。越えてしまった。
だから、なんとなく 「 前の歳を越えた自分 」 は 「 おまけの人生 」 を生きているような気がしています。
歳を重ねるにつれ、いつのまにか多くを望まなくなったり求めなくなったり期待しないようになってしまいましたが、
「 おまけの人生 」 にひとつだけ望むとするならば …… うーん、なんだろう。
「 You Raise Me Up 」 の詩の中の 「 あなた 」 のようにして誰かの心に寄り添って、
近くには居られなくてもせめて心には寄り添って、それで何かしら役に立てる人になれればいいかなぁ。
誰かしら。どなたでも。
誰かを支えるなんて大それたことができる人である自信はないので、
ちょっとトーンダウンして、「 役に立てる人 」 になれればいいかな、と。
ここでは、さようなら。
いままで、ありがとうございました。
Thank you for coming.
With the song in my heart, for you........
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