もうろく爺ぃの悪あがき

手に取らで、枯れるの待ちゃいいレンゲ草。 か?

雑記「うそ八百」

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 小池知事の記者会見。 問題の会場について記者からの問い掛けに対して、「相手が有る事ですから」 だってさ。
 
 もうダメだな。 これじゃぁ。
 
 相手が云々などといいだしたらもうダメだと思いねェ皆の衆。 ちょっと手直しして三か所とも現状のまんまさ。
 やっぱり思ったとおりだったてぇ訳さ。 選挙のためにやりもしねぇことを言ってみたってことさ。
 
 
 それにしてもひでぇはなしさ。 あそこに使う金がありゃ保育所立てたり、赤貧洗うが如きつつましく暮らし老後の行き場のない年寄りのために施設を造ったりさ。 
 なぁ、考えてもみねぇ。社会福祉の貧しいこの国でなんで遊び半分のオリンピックなんぞやらなきゃならねぇんだ。
 
 外国へ行っちゃカネをばらまく愚かな宰相が足許の貧困に気がついちゃいねぇのに、せめてお江戸だけでもと思ったのにな。
 
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   .   
 オリンピックの会場問題、関係者の言い分ってもんが、まるで聞き分けのねぇ子供がダダをこねてるって趣だぜ。
 
 たった、2週間程度しか使わねぇ入れもんにだ、莫大な税金を使おうなんざ滑稽なはなしで、そんなに造りたきゃ自分たちで金の工面して造りゃいいんだよ。おっちょこちょいめ。
 
 だれぞが「レガシー」とかなんとか言うもんだから、こぞって「レガシー」なんぞと訳の分らぬことを言うがだ、既存の施設でやりゃあいいんだよ、そんなもん。
 
 小池さん、頑張って聞き分けのねェ連中に言って聞かせてくれや。
.     
     
    
 どのジャンルへ投稿すりゃいいか分らねぇもんだから取敢えず音楽で普段聴いてる古典ところにしたてぇ訳だ。
 
 近頃、なんだってねぇ。昔懐かしいレコード盤が流行りだしたんだってねぇ。ひと頃なんざスタイラスが姿を消しちまったとかで困ってた御仁もいらしたようだし、関西の方の注文生産におすがりしてたような話も聞いてたんだ。
 
 小生も相当数保有してたLPも1966年にお袋殿に貰った1枚を残してすべて処分しちまったんだ。処分と言うか、親父の形見の装置が健在でいい音楽を聴いてみたいという嘘つき野郎に、ま、一杯喰わされちまって、大事に使って貰えるのならと優にダットラ1台分ほどのLPをタダで贈呈しちまったんだ。
 
 後に、友人に話したら、そりゃおめぇバカなことしたな。そんな手合いはその持ってったLPは今頃、その手の専門業者へ売っ払ってるに違ぇねぇぞ。
 で、なにかい。自慢してたカートリッジやらトーンアームとかターンテーブルもか? 一緒にくれてやっただと。 結局、アンプとスピーカーだけが残ったてぇことか。
 市へ寄贈するって申し出たけど管理するもんがいねぇって断られちまったし、CDの数も増えてきちまったし、外国製のスタイラスも手に入りにくくなっちまったし、半世紀の収集品とも潔く決別したんだ、とか、話を聞いて腹ん中じゃ半べそと憤りが交錯してたが努めて平静を装ってみせてたあん時の思い出が甦ってきたんだ。
 
 自分で言うのもヘンな話だが、小生はてぇとアンプやスピーカーなど新しいものを手に入れるとそれまで不都合無く使ってたもんをさっさと人にあげちゃう癖があり、それが禍してのことだったが、未だにその癖は改まっていねェし、そう遠くねぇお迎えが来るまじゃそのまんまなんだろう。
 今度、注文したスピーカーは納期が6月になるとのことだが、現在活躍中のモンはてぇと貰い手が早々と決まっちまってる始末さ。
 オーディオマニアじゃねぇからあまり未練を感じねぇからかもしれねぇんだ。
 
 ところで、その昔のレコードは、LPが出てから長い間はてぇとどこのレコード屋でも売り物を店頭で聴かせてたもんなんだ。数寄屋橋の中古レコードを扱ってた店でも同じで、そこのなんか、スクラッチノイズが賑やかだったが、最近、手回しの蓄音機の音を聴いたら妙に懐かしく、往時の雰囲気がなんだか新鮮?に聞こえたから不思議な事もあるもんだ。
 
 LPの時代になり、S△NYとかいう電気屋がレコード業界に参入したときからジャケットからレコードが取り出せないように封印されるようになったが、そんなことしたバチが当たってレコードの原材料を供給してた信越化学てぇメーカーが爆発事故を起こして初手から躓き、外注委託で凌いだなんてこともあったんだ。
 
 当時から音楽評論家と称するモンと親交があり、白レーベルの試聴盤も横流しで譲り受けゴーストライターをしたこともあったっけ。 コンセルトヘボウの録音会場のホールトーンについて初めて記事にしたのは他でもない小生だったんだ。
 
 近頃よく、CDとレコード盤との音の相違についてご高説に接する機会があるが、音楽を聴くんなら、そんなことどうでもいいじゃねぇか、と思うんだ。
 だってさ。例えばだけど、モツァルトの時代にゃ今様のピアノなんかなかったし、作曲者のご当人が聴いたこともねぇ音で演奏し、また、それを聴いてる訳で、今更、CDとレコード盤の音域の違いを云々したところで詮無いことじゃねぇのかなぁ。
 
 レコード盤が復活し始めた話を聞いて取り留めのない記事を投稿しちまいました。
 
 
 
       
 Huluで放映されていたドラマ「Outlander」を観ようとしたら、なんとも懐かしいスコットランドのフォークソングが聞こえてきたんだ。
 
 今から半世紀以上も昔、高校生だった頃に知り合った外国人から「My Bonnie」って歌を教えてもらったんだ。「My Bonnie Lies over the Ocean」 の歌い出しで始まるあの歌さ。 その時、併せて覚えた歌ってもんが 「Outlander」 の主題歌に使われていたって訳なんだ。
 その歌 「Skye boat song (スカイ島の舟唄)」 を聴いて紅顔可憐だった少年時代を懐かしみながらドラマを観たんだ。 この歌さ。
 
                
 
                
  
                  (オリジナルに近い曲を追記) 27年1月9日
              ドラマのテーマ曲(上)が終わると歌に関わるシーンが幾つか表示さ
             れるが、その中の 「Scottish Music - Skye Boat Song (VOCAL)
             お聴きあれ。 
           
            
イメージ 1
                
 歌詞の内容がうろ覚えのもんとはちょいと違ってるような気もするけどあん時のメロディーだ。ドラマじゃこんな歌詞で歌われてるけど、ハイランド地方の元唄ってぇと子守唄ってことになってるみたいだ。 
 でもってスカイ島ってもんはだ、そのハイランド地方に属するんだそうだ。
 
 
 1745年、反乱の旗を挙げたスコットランドのジャコバイトは、その当初には英国軍に対し優勢であったがご多分に漏れず兵員数や武器で優位であった英国軍に徐々に敗退したんだそうだ。さらに、翌年のカロデン・ムアっていうヒースが生い茂る湿地帯(現在より、もっと状況が悪かったらしいが)で決定的な敗北を喫し、そん時に首謀者っていうか反乱軍に担がれただけで戦の才覚が無かったらしい 「チャールズ・ステュワート(ボニー・プリンス・チャーリー)」 がスカイ島へ逃亡した様子が歌になって伝わってるんだ。
 
 ドラマの進行は 「ジャコバイト(Jacobite)」 が革命を蜂起する時代を描くようだがそれはそれとして、ジャコバイトってもんはだ、体制をひっくり返して革命を起こそうって輩を指すんだそうだ。
 かつて、「ブレイブ・ハート」 って邦題でハリウッドで映画化された13世紀の暴動も英国(イングランド)の圧政に苦しみ蜂起したスコットランドのケルトも同様のジャコバイトだったんだ。
 
 このジャコバイトの末裔たちが、先頃、独立を求めて国民投票を行ったが時を得ず、またもや押さえ込まれちまって涙を飲んだという次第。 皆様のご記憶に新しい出来事さ。
 
 ところでさ。 その昔にイングランドに帰化し、後の世に「音楽の父」なんぞといわれるヘンデルとかいう慌てモンが、「ユダ・マカベウス」 ってオラトリオの中で、貧弱な武器で戦うしかなかったジャコバイトを大虐殺して凱旋した英国軍を称えて 「見よ、勇者は帰る」 って今に残る曲を遺しているが、そのことを知ってか知らずか、ニッポンってぇ国では、スポーツ競技会の表彰式でだ、勝者をたたえるとしてこの曲を演奏してるんだぜ。 
 
 あの世で聞いてるジャコバイトは、じだんだ踏んでることだろうて。
 
 
 目が不自由になると、これだけ記すだけでも厄介なことだ。
 
    オリジナルに近い曲ですが、原曲と言われている曲の歌詞は4節まであり、この度ご紹介しているものとは歌詞の配置
     などかなり異なっています。原曲では逃亡するときの海の様子を怒涛逆巻き雷鳴も轟くといったようなことになっております
     がこちらでは省かれております。(ちょうど1節分程度端折っています。)
      とは言え、原曲に近く、ドラマのテーマ曲に較べますとかなり忠実ですのでご紹介しました。
 
                
  
 
門柱とか家の柱なんかに何がしかの詩歌を書き付けてあるってぇ話の続きさ。
 
韓流ドラマ「海神」の放映も終わっちまったが、終盤に「勧学の歌」ならぬ今度は「勸學文」ときたもんだ。
せんの「勧学の歌」なんざ、ドラマの設定された時代よりゃずっとあとのことだって指摘させてもらったがだ、またぞろおんなじチョンボをやってるぜ。これオマケってことかいな。
 
イメージ 1
(拡大してご覧ください。)
 
 とにかく、どんな塩梅か見ておくんねぇ。 そうなんだ。今度はてぇと、「男児欲遂平生志」と、左っ方にゃ「六経勤向窓前読」って掲げたこいつはだ、せんのとおんなじ北宋時代で、しかもだ、第三代皇帝の眞宗(968年〜1022年)が遺したとされてる「勸學文」さ。
いくら北宋時代が好きだとしてもさ、ちったぁ気を遣わなくっちゃいけねぇんだ。画面に写ってる「張保皐(チャンボゴ)」よりゃ眞宗皇帝の方が一世紀もあとだからさ、そんなとこへ張り出しちゃいけねぇんだぜ。 今更どうしようもねぇけど。
 
 
ところで、これ結構おもしれぇんだ。 即ち、若ぇ衆はおおいに学問に励めや。するってぇと本の中からカネだの黄金の家だの、傾城までもが出てくるってぇことらしいんだ。ホントだぜ。皇帝陛下だもんウソつかねぇんだ。
江戸かどっかの首長だとか倭国だとかの宰相たぁ訳が違うんだ。嘘こきゃ、ドロボウの始まりてぇことだぜ。困ったもんだが、あの手合いなんかはてぇと、そのうちバチが当たろうってもんさ。
 
イメージ 2
 
「男兒欲遂平生志、六經勤向窻前讀」 のところはこんなことらしい。
「男児平生の志を遂げんと欲せば、六経勤めて窓前に向いて読め」 要するにだ、若ぇもんは普段から志を遂げてぇと思うんなら、窓前に向かってまじめ?に六経を読め。って結んでる訳だが、各々方やって御覧じろ。 
 
因みに、六経はてぇと「儒教の経典」のことだそうだ。
 
それはそれとして、この勉学に励めっつぅか、陛下が遺したにしちゃぁエラく俗っぽく感じちまったこの文の内容だが、百歳以上長生きした小生のオフクロも、思い返してみりゃその昔に似たようなこと言ってたな。
叱咤された愚息はてぇと怠けて教えに背いたが故に、いい歳して浮世の吹き溜まりでもがく仕儀と相成ったが今更どうにかなるもんじゃねぇってことさ。
 
そう言や、極めつけはてぇと 「勉強しないと父さんみたいになっちまうからね」、だったっけ。
 
   

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