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石巻で自宅避難生活をしているリア友テンの言葉です。
↓↓↓

石巻ボランティアセンターの炊き出しが

突然なくなって3日。

見捨てられた?



**********

どういうこと?

まさか、ボランティアセンターの人までが、食料は充足しましたとか言うのかhttp://i.gree.jp/img/com/icon/240.gif

避難所にも見捨てられ

自宅避難民を支援するはずの渡波支所にも見捨てられ…


ボランティアセンターにまで見捨てられたら。



自宅避難民は、どうしろっていうつもり?

めまいで寝込んでたテンが心配だょ…。

倒れて病院に運ばれたばかりのうーも心配だょ…。

渡波の自宅避難民のみんなも、どうしてるんだろう…。
 

 
この記事を知らされて、即刻走った王冠さんの日記が↓
 
 
今日、というか昨日、「王冠サポーターズ」の管理人「もも」が、愛媛−宮城を走破 してチーム王冠に合流してくれた。
挨拶もそこそこに、失礼な言葉を聞き流し、現場に送り出してやった。

そんな時、急遽一報が届いた。
先日行った石巻渡波周辺エリアで3日間、給水も食事の配給も止まった。
「?????なんで????」
また、現地に走ってもらえないかという依頼を受けて、OKした。

炊き出し用のストックはあるが、食事系の在庫はそんなに無い。
他のボランティア団体も、支援受付ストップしているところが多く、在庫もあまりな い。
最悪、途中で買い込むことを覚悟して、準備を進めた。
情報収集もしながら、仲間と合流。いざ、石巻へ。

まず、21日から配給が炊き出しから弁当に変わったらしい。
その必要数から、自宅難民のリストを削除したことがわかった。
さらに、炊き出しを担当するボランティア団体(天下りか?)のボランティアが、学 校再開などで登録数が激減してまったく機能しなくなった。

そして、わりと活躍を耳にするボランティアグループも、食事系の在庫はあるが、も っとひどいと言われる牡鹿半島を中心に動いているため、石巻地区まで手が回らない らしい。驚くことに、石巻市で所有している給水車はわずか3台。
稼動しているのはたったの3台のみだ。

理由は定かではないが、自衛隊の風呂部隊も引き上げ、再開は1週間後。

すいません。何でこんなことが起きるのか?
誰か、頭のいい人教えていただけませんか?
マスコミも、震災の話題はもう古いとか、ボランティアチームの売名行為だといって 取り合いもしない。
ミヤギテレビ、東北放送、俺は言ったからな。

行政もクソだが、マスコミもクソ虫だ。

県庁職員も、他行政区職員などツテをたどって調べてもらって帰ってくる言葉は、「 石巻のヤツらは、アホばっかりだ。」争いを好まない公務員にこれ以上は期待できな い。

亘理高校の避難所の担当も避難民を自分の家畜と勘違いしているのか、エサを与えな いで下さいと言わんばかりに、助け舟を追い返す。

必要な物資が目の前にあり、手を伸ばせば届くところにあるのに、つかませてはもら えない。
「おまえらのやっているのは自己満足だろうがっ!」と、噛み付かれた。
何人かの人は、何でもらえないんだと声を上げたが、食事がご飯と汁だけだと、戦う 力もわいてこないだろう。

亘理高校、亘理高校、亘理高校。

ここの生活は、刑務所以下です。洗濯もできません。

老人が多くて、杖ももらえない、老眼鏡ももらえない。
「靴が欲しい。」という老人に、サイズの合わない、他人から借りている靴を履いて いる老人に配給するくつが無いとは言わせない。
巨大な体育館を埋め尽くし、2階席も埋め尽くし、玄関まであふれ出し、置き場所が 無く屋外にブルーシートをかけてロープグルグル巻きでとってある支援物資に1足の 靴も無いとは言わせない。

どっから出してくるのか知らないが、毎日賞味期限の切れたパンを配給しやがって、 それが同じ人間のすることか?


これが現実です。
日本の現実なんです。
 
王冠さんは、元々ボランティア団体とか、全く関係ない。
まったくの個人で、ちゃんと本業は別にある。
そしてこれからも、ボランティアという蓑をかぶって、それで食っていくような人じゃない。
その人に、何の売名が必要なのか!?
 
売名どころか、彼や彼のチームに助けてもらった人たちは、彼の名前さえよく知らないだろう。
 
役所のクソどもに、上から目線で石巻市民を兵糧攻めさせるために、義捐金送ってるわけじゃない。
靴もなくて、歩けなくさせられて、介護なしで生きられない人間をつくるために、必死になってるわけじゃない。
 
これが現実です。
あなたの市町村は大丈夫ですか?
 
あなたの親が、祖父母が、兄弟が、子が孫が、
あなたの大事な恋人が、大事な友人が、大事な恩人が、こんな目にあわされて、平静でいられますか?
 
これが現実なんです。
 
 

転載元転載元: 北斗砂姫の「ハンパ道をゆけ!」

<東日本大震災>関連倒産15社に 九州などにも拡大

毎日新聞 4月20日(水)19時58分配信
 東日本大震災による企業倒産が20日時点で15社に達し、これとは別に21社が倒産準備に入ったことが民間調査会社、東京商工リサーチの調べで分かった。95年1月に起きた阪神大震災では同年末までに144社が関連倒産したが、東京商工リサーチは「当時に比べ被災地以外の倒産が多く、業種も多岐にわたる。影響はより深刻だ」と分析している。

 15社のうち、店舗が損壊して民事再生法適用を申請した青森市の老舗百貨店「中三」を除く14社が、直接の被災ではなく間接的な理由で倒産した。被災地からの部品や製品供給が滞った製造・卸売業者に加え、消費手控えによる予約キャンセルでバス会社や旅館、イベント企画運営会社などが破産に追い込まれた。

 阪神大震災では倒産企業の8割超が被災地の近畿地方に集中し、大半が工場などの直接被害による倒産だった。今回は北海道や九州などにも倒産が拡大。震災発生後の倒産ペースも1カ月半で14社だった阪神を上回る水準で推移している。【赤間清広】
 
 
過剰な自粛はやめてできるだけ消費頑張りましょう!!
東日本大震災:世界の善意、ありがとう 支援、135カ国・地域から

東日本大震災に見舞われた日本に世界中から支援の手が差し伸べられている。被災地の人々は海外から届く心強い支えに、感謝の思いをかみしめている。外務省のまとめでは、135カ国・地域が支援を表明。うち20カ国・地域から救助隊や医療隊、原子力専門家らが現地入り(大半はすでに撤収)した。39カ国・地域が毛布や食料品などの物資を届けた。外務省を通じた支援以外にも、各国赤十字社や民間団体などから義援金や物資が続々寄せられている。
◇日本語で医療活動−−宮城・南三陸町
大津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町では、イスラエル軍の医療チームが3月29日から約2週間、町総合体育館「ベイサイドアリーナ」で医療活動を行った。内科、外科、周産期医療も受けられる産婦人科など8科を開設して専門医を配置。延べ200人以上に対し、日本人医師の後方支援を続けた。
受診第1号となった佐藤仁町長は、津波にもまれた際に漂流物が体に当たり「せきをしても響くほど左の肋骨(ろっこつ)が痛かった」。医療チームはX線撮影を行い、その際、「『息を止めてください』と日本語で言ってくれて安心した」という。
だが「はいてくださいという日本語は知らなかったらしく、苦しくなった」とエピソードを語り「異常が見つからなかったので安心できた。感謝している」と話した。
町では、地域の基幹病院である志津川病院が津波で全壊した。アリーナ医務室で指揮を執る西沢匡史医師(38)=志津川病院内科診療部長=が医療チームと調整し、日本人医師が診断した後にイスラエルの専門医が助言したり、検査を行う体制を整えた。医療チームからはX線や血液検査などの医療機器の提供をうけたという。【垂水友里香】
◇心満たしたカレー−−宮城・石巻市
避難所となっていた宮城県石巻市立釜小学校では震災発生から約1週間後、日本在住のパキスタン人約10人のグループがひき肉と豆のカレーとナンなどの炊きだしを行った。おにぎりやパンなどは届き始めていたが、温かいものは食べられなかった時期。鈴木達男主幹教諭は「非常にありがたかった」と話す。
鈴木教諭によると、グループは各地の避難所を回っており、ワゴン車2台に物資や鍋、ガスボンベを積んで訪れた。2日間、慣れた手つきで調理や片付けをやってくれたという。釜小に避難している会社員、佐々木みゆきさん(49)は「スパイシーで普段食べるカレーとは違ったが、気持ちがありがたかった。8歳の娘たちは、チャイを飲ませてもらったり、言葉を教えてもらって楽しんでいたようだ」と笑顔を見せた。【垂水友里香】
◇サンタから冷蔵庫−−岩手・陸前高田市
 牛丼に具だくさんのみそ汁、デザートにオレンジ……。発生直後はおにぎりやパンが続いた被災者の食事は大きく変わった。岩手県陸前高田市内で最も多い約750人が避難する市立第一中学校では、調理室にある真新しい業務用冷蔵庫が、食事作りに大きな貢献をしている。
冷蔵庫は家庭用の3〜4倍の大きさで、ドイツのNGO「DEMIRA(デミーラ)」が3日に贈った。調理を担当する坂井勝さん(38)は「冷蔵庫が来るまではメニューが限られていた。栄養バランスを考えた食事を出せるようになった」と喜ぶ。
被災地とDEMIRAとの橋渡し役になったのは、世界各地で震災を取材している兵庫県在住のオランダ人ジャーナリスト、キエルト・ドゥイツさん(51)。避難所を回ってニーズを調べ、ほかの避難所や自宅避難者にも新鮮な野菜や果物が届くよう手配した。
日々変わるニーズをドゥイツさんに伝えている市職員の佐藤夕子さん(42)は「初めは『ありがとう』を言う余裕もなかった」と振り返る。今は物資の中に「DEMIRA」の文字を見つけると「ラブレターのように感じる。私たちのサンタクロースです」。【長野宏美】

◇海外からの主な支援物資
 ※外務省受け付け分。13日時点で135カ国・地域が支援意図を表明。掲載は各最大4品目
米国     放射線防護服1万着
       消防車2台
       ホウ素9トン
       寝袋、簡易ベッドなど
中国     テント900張り
       ゴム手袋326万組
       仮設トイレ60個
       ガソリン1万トン
香港     缶詰2万個
台湾     発電機590台
       毛布・衣類4146箱
       ストーブ900台
       食品16.5トン
モンゴル   毛布2500枚
       防寒着800着
インド    毛布2万6740枚
       水10トン
       ビスケット10トン
カナダ    毛布2万5000枚
       放射線計測機5159台
タイ     毛布3万6000枚
       サバイバルキット1100個
       ラーメン2万8000食
ウクライナ  毛布2000枚
インドネシア 毛布1万枚
キルギス   水2.5トン
フランス   防護服・防護マスク2万1000着
       医薬品5トン
       消毒用アルコール12トン
       環境測定車両など4台
シンガポール 毛布4350枚
       マットレス200個
       非常食4400食
韓国     毛布6000枚
       水580トン
       レトルト焼き飯3万個
       ラーメン13万袋
ロシア    毛布1万7200枚
       水3.6トン
コロンビア  水、黒砂糖、調味料など
ウズベキスタン テント200張り
       毛布2000枚
       防寒長靴2000足
イラン    ツナ・インゲン豆5万缶
オランダ   マットレス2000台
デンマーク  毛布2万3310枚
リトアニア  毛布2000枚
       寝袋300点
フィンランド 放射線計測モニター50台
ハンガリー  カップラーメン4万食
       桃缶8640個
       チョコバー2万7000個
スウェーデン 作業用手袋1万点
スロバキア  Tシャツ1000点
       ズボン1000点
       シャツ1000点
ベネズエラ  毛布5トン
       缶詰1190箱
       水2.8トン
マレーシア  食料品パック2000個
フィリピン  食料品パック1500個
       カップめん1万2000個
       バスタオル1000枚
       防じんマスク5000枚
パキスタン  水500本
       牛乳パック9トン
       ビスケット13.5トン
ネパール   毛布5000枚
イスラエル  携帯トイレ150個
       手袋8290組
       フリース毛布6000枚
       コート1万着
メキシコ   保存食料8.4トン
       衛生物品セット3.4トン
       水6.8トン
英国     水100トン
バングラデシュ 毛布2000枚
        ゴム長靴500足
        ゴム手袋1000組
トルコ     毛布・シーツ5000枚
        ツナ缶4万9000個
        ウズラ豆缶2万個
        水18.5トン
ウルグアイ   コンビーフ缶4600缶
グアテマラ   クラッカー、栄養ドリンクなど
タンザニア   インスタントコーヒー
カザフスタン  缶詰
 
支援はアジアの兄弟達から沢山きているのにマスコミ報道は少ないですね・・・
アメリカの友達作戦にも感謝ですがそれ以外のアジアの国からも支援は沢山あります。
アジア以外の本当に貧しい国からも気持ちが届いているのに日本のマスコミは
欧米諸国以外からの支援報道が少なすぎます。
感謝の気持ちをマスコミから世界に発信して下さい!!
このままでは日本人は恩知らずな民族と誤解されてしまいます。
本当に貧しいアフリカの国からも善意の支援が送られてきています。
 
世界の皆さん ありがとうございますm(__)m 
 

平均年収150万円なのに、100億円の募金! 台湾からの熱い支援
2011/4/4 15:49
3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震。未曾有の被害をもたらした大災害に心を痛め、
「困っている親友を助ける時が来た!」と立ち上がったのが台湾である。台湾人は、1999年9月21日に発生した台湾中部大地震と、一昨年の8月に台湾南部を襲った台風災害に苦しんだ時、日本がどの国よりも早く支援すると表明し、多くの救助隊を派遣し、多くの援助金をくれたと、深い恩を感じているとのこと。
政府だけでなく民間人も一丸となり、「恩返しする時が来た」と募金活動を始めたのだ。
九州ほどの面積しかない台湾の人口は約2,300万人。サラリーマンの平均年収は約150万円、コンビニ・バイトの時給は約300円と日本に比べ、とても安い。しかし「"親友"である日本が大変な思いをしている。
一人でも多くの被災者が家を建てられるよう、少しずつ出し合おう」と老若男女こぞって募金に参加。
募金総額は30日時点で100億円(交流協会発表)に届こうとしている。
地震発生から1時間後、台湾外交部は馬英九総統が約2,500万円の援助金を送り、要請があればすぐに救援隊を派遣すると発表。夜には、親日家として知られる李登輝元総統が「現在の日本の皆様の不安や焦り、悲しみなどを思い、私は刃物で切り裂かれるような心の痛みを感じております」「自信と勇気を奮い起こしてください」という哀悼メッセージをインターネット上で発表するなど、政治関係者の反応はとても早かった。
李元総統は個人的に義援金を送ったことも後に明かしている。
また同日夜11時、台湾人女性がFacebookで「今、できることは祈ること。青のペンで手のひらに日本語か中国語で『日本の平安を祈ります(祈祷日本平安)』と書きましょう! 祈りましょう!」と呼び掛けたところ、12時間後にはその写真が200枚を超えた。女性はこれをまとめた動画を掲載している。
一夜明けた12日、被害が尋常でないことを受け、馬総統は義援金を2億8,000万円に増やすことを決定。訪台中であった海部俊樹元首相に緊急電話し、哀悼と慰問の意を表明した。
13日午後には民間救援隊35人が寝袋500枚、石油ストーブ500台など数多くの救援物資と共に成田入りした。同日、921(1999年9月 21日に発生した台湾中部大地震)の被災者たちが、「921では多くの日本人に助けてもらった。今度は、私たちが手を差し伸べなければ」と募金活動を開始。
17日ゴールデンタイムには、国民的人気メロドラマ『夜市人生』の出演者たちなど、台湾国内で活躍するタレント200人が集結した電話募金番組が生放送され、約3億5,000万円が集まった。
18日の夜8時からは、ジュディ・オングなど台湾国内外で活躍するタレントや著名人200人以上が集まる電話募金番組『相信希望 Fight & Smile』が主要テレビ局で生放送された。夫人と共に自ら電話番をした馬総統は「日本人は粘り強く、物事を冷静に処理する能力がある。どんなに苦しくても生活を立て直す力がある。第二次世界大戦後もそうだった」とコメント。有名タレントたちと共に、各県市の上級指導者らも電話番をした。
この番組にはサッカー元日本代表の中田英寿も出演し、サイン・グッズなどをチャリティーオークションに出展。台湾を代表する彫刻家・朱銘も、自身が最も気に入っていた太極シリーズの作品を出展し、約7,300万円で落札された。放送中に、電子機器受託生産大手の鴻海グループの総裁が約5億 5,000万円を寄付したほか、台湾を代表する企業が次々と高額寄付をした。
番組後半では、「少ないけれど、ぜひ福島原発の現場で奮闘している50人の家族に渡してほしい」と1億4,000万円を寄付した人も現れた。放送中、画面下に誰がどれだけ寄付したのかが流れたのだが、そのテロップが途切れることはなかった。番組のテーマソング「believe 相信愛」は、この日以降、台湾中で流されるようになる。
 23日には台湾の企業「エバーグリーン・グループ」の総裁が日本赤十字社に10億円寄付したことが明らかに。同日、国民党は彰化県100世帯で被災者のホームステイ受け入れ態勢が整ったと発表。大手自転車メーカーGIANTは5,600万円相当の自転車・電動自転車を寄付すると発表している。
 その後も、台湾全土で募金活動が続いており、各自治体、国民小学校、中学校、高校、大学でも募金活動が行われている。また、各企業では「1日分の給料を寄付しよう」という活動が広まっている。
 27日には李登輝元総統が、88歳という高齢であるにも関わらず立ち上がり、「日本の被害は、とても深刻なものだ。みなで、より一層の支援をしよう」と、今後も募金活動を続けていこうと呼びかけた。
 30日、台湾の経済建設委員会は、主要貿易国である日本を襲った今回の震災被害が台湾経済へ与える損失は、540億円を超えるとの予測を発表。台湾人は見返りを求めて募金活動をしているわけではないが、もし台湾に何らかの恩返しができるとすれば、一日も早く日本を復興することではないだろうか。募金・支援活動は今日も、台湾全土で行われている。
 
台湾総統「台湾からの義援金は日台間にある深い感情の表れ」
サーチナ 4月9日(土)16時10分配信
台湾の馬英九総統は、台湾で東日本大震災のために集まった義援金が40億台湾ドル(約120億円)を突破したことは、日本と台湾の間にある深い感情の表れだと語った。聯合早報網が伝えた。
馬英九総統は、これまでに義援金40億台湾ドル(約120億円)と救援物資500トン以上が集まったことを明らかにし、「台湾の人びとの日本への深い愛を示し、日台関係において双方の感情がどれほど深いかがよく分かる」と語った。
馬英九総統はさらに、「日本と中華民国は断交して40年近くになるが、数多くの具体的な政策をとったことにより日台関係は改善し、日台双方が特別なパートナー関係であるとの位置を固めることができた」と指摘。
さらに、台湾故宮博物館にある国宝を日本で公開することを実現したいと表明した。(編集担当:畠山栄)
 

<台湾>震災支援、突出の謎…親日派多く企業のメンツも
毎日新聞 4月18日(月)11時19分配信
【台北・大谷麻由美】東日本大震災で台湾からの義援金が今月13日までに48億5374万台湾ドル(約139億円)になり、1人当たりでは恐らく世界最大とみられる。日本への支援の背景には、日本好きの国民性や、企業のメンツなどがありそうだ。
台湾の人口は2300万人で1人当たりの義援金は約600円。人口約4900万人の韓国が聯合ニュースの集計で計556億ウォン超(約42億円超、4月中旬現在)、人口3億人の米国で同国赤十字社に寄せられた義援金が1億2000万ドル(約99億円、3月末現在)であるのに比べても台湾の突出ぶりが目を引く。 台湾は1895〜1945年まで日本が統治した。李登輝元総統のような日本語教育を受けた世代が今も活躍し親類関係も多い。経済的な結びつきも深く、長い。対日貿易総額は中国に次ぐ2位、日本からの輸入額は1位だ。「台湾企業は日本のおかげで大きくなれたという意識が強い」(外交関係者)。
義援金は恩返しの意味を含む。また、寄付は実名公表が多く、企業のメンツもあって額が増えた。
昨年の訪日者数は、韓国、中国に次いで多い約127万人。人口の5・5%が日本に行ったことになる。3時間前後で気軽に行ける日本は、身近で治安が良く、漢字が読めて便利なのだ。昨年1月の世論調査では、52%が「最も好きな国」に日本をあげ、2位の米国(8%)、3位の中国(5%)を大きく引き離した。
台湾(中華民国)は72年に日本、79年に米国と外交関係が無くなった。しかし、経済や安全保障の面で日米は特別な存在のままだ。重要性と親近感から海外ニュースは日本や米国関連ばかり。地元テレビ局と同様にNHKも見られる。東日本大震災の当日、台湾人の多くは深夜までNHKの生中継を見ていた。
台湾の世新大学放送管理学部の羅慧※助教授は支援拡大の背景を、台湾でも地震が頻発することによる日本への共感のほか▽情報発信力の高い芸能人によるチャリティー番組▽台湾メディアの特徴でもある扇情的な報道−−が影響し「日本を助けなければ、と感情的に揺さぶられた」と分析する。民衆の反応を受け、馬英九総統ら政治家たちが熱心に支援したのも効果的だった。
中国の存在感の陰に隠れがちな台湾にとって、人道支援は国際社会で存在感を示す重要な機会でもある。
今年2月のニュージーランド地震の際は、日本より先に救助隊を現地に派遣した。
外国人が日本から退去しています。地方だとあまり外国人の比率も高くないので
実感が無いかもしれませんが、都心部だと約4%は外国人です。
 
先日 震災からの国外出国は3月末で20万人を超えています。
現在はもっと増えているかも知れません。
その影響で江戸の中華、韓国、その他の飲食店は臨時休業や営業時間
短縮になっています。また、コンビニや居酒屋でも・・・
留学生で来日した1/3はそのまま退学手続きになりそうな雰囲気です。
 
ついに正式に発表した企業も出始めました。
 
外国人バイト200人退職=震災後1週間で―吉野家
 
時事通信 4月14日(木)21時1分配信
 牛丼大手の吉野家で、東日本大震災後の約1週間に、首都圏で勤務する外国人アルバイトの4分の1に当たる約200人が退職していたことが14日分かった。安部修仁社長が同日の決算発表会見で明らかにした。退職者の多くは、余震や原発事故の影響を避けるために帰国したとみられる。
安部社長によると、首都圏には当時、約800人の外国人アルバイトが登録していたが、このうちの4分の1が退職した。ただその後、新たに雇用しており、現在は従業員の確保に支障は出ていないという。
 アルバイト不足に陥った同社は、社員らを店舗に派遣。被災店舗の休業や計画停電による営業時間短縮にもかかわらず、3月の既存店売上高は前年同月比0.8%増を確保した。併せて、アルバイトの新規採用を進め、「現在は円滑に営業できている」(安部社長)という。 
 
 
スポーツ関係でもこちらの記事以外の外国人選手や関係者が退団しています。
 

モリーヨが退団=震災のショックで―プロ野球・楽天

時事通信 4月14日(木)20時49分配信
 楽天は14日、フアン・モリーヨ投手(27)との契約を解除したと発表した。ドミニカ共和国出身のモリーヨは東日本大震災の被害にショックを受けたことで退団を希望し、球団が受け入れた。入団1年目の昨季、救援で7試合に登板し、勝敗、セーブともなし。今季は2軍で調整していた。 
 
 【追加】
東日本大震災 中国人実習生次々帰国 農家、収穫に不安も

毎日新聞 4月15日(金)10時42分配信
キャベツ畑でビニールシートを固定していたくいを抜く楊さん=茨城県八千代町で2011年4月7日、影
東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の影響で、「外国人研修・技能実習制度」を利用して茨城県内の農家で働いていた中国人が大量に帰国した。春白菜やキャベツの産地、同県八千代町では約300人に上り、
収穫の担い手が不足。福島県から避難してきた人が穴を埋める動きも出ている。
八千代町は福島第1原発から約170キロ。中国人実習生3人とキャベツやゴーヤを育ててきた女性(49)は、
1号機の建屋が爆発した3月12日夕、実習生が寄宿舎のテレビでその映像を食い入るように見ているのを見かけた。「日本は大変」。来日3年目で一番日本語のできる楊浩さん(29)=湖北省出身=が不安そうに語りかけてきた。 「ここは大丈夫だから」。女性の家族が日本地図を広げて説明したが、表情が硬い。楊さんは畑に出るときマスクをつけるようになった。
結局、3人は帰国しなかったが、帰国を決意した実習生仲間から頻繁に「一緒に帰ろう」と誘いがかかる。
中国に残した楊さんの妻(29)も「心配だから帰ってきて」と電話してくるという。
4月上旬。女性は楊さんに「これからも仕事できる?」と聞いてみたが、「様子を見ないと分からない」と言葉を濁された。「実習生が帰ってしまったら収穫しきれないから、畑を縮小するしかない」。ハラハラしながら3人を見守っている。
4.5ヘクタールで白菜やメロンを栽培する八千代町東蕗田(ふきだ)の男性(50)。
3年前から高齢の両親に代わって受け入れてきた実習生4人のうち3人が帰国した。ケーブルテレビで中国のニュース番組を見て情報収集をしていたという。男性が「子供が外を歩いているんだから大丈夫」と説得したが聞き入れられなかった。
入れ替わるように4月初め、人の紹介で福島県浪江町から避難してきた横山進一さん(58)と長男(31)が働くことになった。メロンのつるから余計な芽を取り除く手入れを頼んでいる。「本当に助かった」と男性が話す横で、横山さんは「慣れないから足腰が疲れますね」と笑った。
横山さんは浪江町で工務店を経営し、原発工事の下請けもした。海岸から約500メートルの自宅は津波に襲われ全壊したうえ、原発から約10キロのため近づけない。今は、アパートに長男夫婦と孫2人の計5人で暮らし、農作業でようやく自立の足掛かりを得た。ただ、「農業は一時的な仕事」。メロンの収穫が終わる7月が過ぎたら、建築関係の職を探したいという。
 福島からの避難者を農家に紹介している八千代町農業委員長で町議の水垣正弘さんによると、町では15年前から同制度を利用して外国人を受け入れてきた。震災前にいた約790人の8割は中国人で、そのうち半数が帰国したという。「農業は収入が不安定で、若い人には生活のリズムが合わない。真面目に働いてくれる実習生に頼ってきた」と話す。
 水垣さんが農家に紹介した福島県の避難者は39人。ほとんど農業の経験はない。町社会福祉協議会などと協力して借家やアパート、家財道具を準備し、農家には時給800円で雇うようお願いした。
 しかし、一方で新しい実習生の受け入れにも努めている。「避難者はいずれ元の仕事に戻りたいと思うのが現実。実習生が必要なことに変わりはない」
 【ことば】外国人研修・技能実習制度 途上国の人材育成・技術発展を支援するため、3年を限度に外国人を日本の企業などに受け入れる制度。08年末で約19万人が受け入れられている。従来、1年目は研修生として仕事に携わっても労働法規が適用されなかったが、実態は労働者同様に扱われることも多く、昨年7月、全員に労働法規が適用されるよう制度改正された。財団法人国際研修協力機構によると、09年に受け入れた研修生約5万人のうち8割を中国人が占め、都道府県別では茨城県が最多で3790人だった。
 
原発避難12人が就農…帰国の中国人らに代わり
 
 福島原発「腰が痛くて」と苦笑しながら汗を流す酒井さん(左)と金子さん(八千代町の白菜畑で) 東日本大震災や東京電力福島第一原発の事故で家族ぐるみで避難を強いられた福島県南相馬市の12人が、茨城県八千代町で就農生活を始めた。慣れない農作業に苦労しながら再起を模索している。
 八千代町の春白菜は県内1の出荷量を誇り、3月から出荷が始まったばかり。中国を始めラオス、インドネシアなどからの農業研修生が農作業の一翼を担っていたが、同原発の3号機建屋が爆発した先月14日以降帰国が相次ぎ、町内の研修生790人のうち約300人が日本を離れた。
 中国人研修生100人を受け入れていた協同組合「若葉」でも半数が帰国。矢代佳代表(36)は「帰国する手荷物を持って、放射能が怖いと訴えられた。引き留められなかった」と振り返る。
 同組合副代表を務める水垣正弘町議(46)から依頼された地元選出の県議がツイッターや知人へのメールで就農者を募ったところ、南相馬市の4家族21人が来県。先月31日、1日には同県双葉町の13人も加わった。時給800円で働いてもらい、1か月間はアパートを無償提供する。
 両親と25日から働いている酒井克典さん(33)の自宅は屋内退避が要請された20キロ〜30キロ圏内。腰高の津波が襲い、水道、ガスが断たれた。いったん福島市内に避難したが、「これからのことを考えれば、少しでも収入がほしい」と八千代町での生活を選んだ。農作業の経験は全くなく、箱詰めした白菜を運びながら「体を動かすと気が紛れるが、ふるさとに戻るのも不安だし、原発の影響は4、5年続くのでは」と心配そうだ。
 浜名敦夫さん(27)、広美さん(26)夫婦はともに会社員で、実家は津波で半壊。メロン農家で慣れない作業を始めたが「できれば早く戻りたいが、覚悟は決めている。生きていられたから良かった」と笑顔で目を合わせた。
 酒井さんを受け入れた金子幸雄さん(41)は「3人の研修生のうち2人が帰国してしまい、途方に暮れていた。体が慣れるまで大変だろうが、本当に助かっている」と話す。
 ただ、ホウレン草などが出荷停止になり、風評被害で春白菜が半値にまで落ち込んでいるという。金子さんは「本当に死活問題。消費者もむやみに怖がらず、冷静になってほしい」と呼びかけていた。
(2011年4月2日07時08分  読売新聞)
 
日本人はそんなに危ないとは思っていないのにどうして?
思われると思います!!
そうなんです。来日している本人たちは実際に日本に居るのでそれ程 危ないとの認識はないのですが、母国に居る 家族、親戚がとにかく戻れと毎日 連絡が来るようです。
日本人も9.11や他国で震災、戦争が始まれば とにかく戻れと家族に言うのと同じなんです。
また、日本政府の説明が正確でないために余計に不安が助長されています。
世界は日本は非常に危ない状況だと思っています。
朝のさわやにおねーさんがxxx航空パイロットの確保が困難なために欠航です。
とやってましたがバイロットが日本行きを拒否してますよ。
 
とにかく日本政府には正しい説明を判りやすく発信することを希望します。



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