|
元亀元年(1570)夏、柴田勝家は六角(佐々木)義賢(よしかた)に攻められ、近江長光寺の城に |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
元亀元年(1570)夏、柴田勝家は六角(佐々木)義賢(よしかた)に攻められ、近江長光寺の城に |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
登録されていません
登録されていません
すてきなエピソードですね!
この時代の人々は常に死に向き合っているからこそ、輝いているのでしょうね。
私たちも、いつの瞬間も真剣に生きたいものです…
2008/11/8(土) 午前 11:22
Kayoさん こんにちは
何時の時代の人も、やはり水が無かったりすると辛いと思います。
そこを解ってあげれる、リーダーこそ本当の指導ができる
のだと思います。
2008/11/8(土) 午前 11:28
伊達政宗殿
ご機嫌麗しゅうございます。宇喜多でございます。
柴田勝家は好きな武将の一人ですね。人間的にも素晴らしいと思います。鬼柴田・瓶割り柴田・かかれ柴田などの異名を持つ、戦国を代表する屈強な武将ですが、実は情に満ちた一面がありました。勝家の配下だった前田利家は、迷ったあげく秀吉方に付きました。これにより勝家は秀吉との戦いに敗れる訳ですが、彼は裏切った前田利家を責めませんでした。逆にこれまで仕えてくれた労をねぎらったと聞きます。NHKの「そのとき歴史は動いた」を見て非常に感動しました。宇喜多の西勝楽町ミニ曳山に、柴田勝家の人形を作って乗せています。勝家殿にポチでござるwww
2008/11/9(日) 午後 9:36
宇喜多殿 こんばんは
今回、柴田勝家公について書きましたが、彼は誠に人情の方で
また、戦も強くて魅力のある武将ですね。ただ最後が悲劇に
なりましたが。彼はあれで満足だったと思います。とにかく
武将として、戦って敗れたのですから武将の死に方としては
これ以上の事は、なかったと思います。
最後に、傑作ポチ感謝いたします。有り難うございました。
2008/11/9(日) 午後 10:03