【自由な城】

そろそろ、寒くなってきました。風邪には注意しましょうね。〔伊達政宗〕

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 元亀元年(1570)夏、柴田勝家は六角(佐々木)義賢(よしかた)に攻められ、近江長光寺の城に

籠城した。対して六角方は城の水の手を断つ作戦に出た。炎天下での籠城。蓄えている水は三つ

の甕に残っているものだけで全部である。将兵たちの気は残っている水ばかりに向き、戦いへの

集中力が散漫になった。

 ある日、勝家は残った水を将兵に与えた。全員が水を堪能した。すると、目の前で甕を割った。

地面にしみこむ水を見ながら勝家は「水はもうない」と宣言し明朝の出撃を命じた。乾坤一擲の

勝負に出て、活路を開くのである。勝家の作戦は成功。城兵は六角勢を撃退した。以上は

『甕割り柴田』という名称で知られる逸話であり、勝家の豪勇を今日に伝える。

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すてきなエピソードですね!
この時代の人々は常に死に向き合っているからこそ、輝いているのでしょうね。
私たちも、いつの瞬間も真剣に生きたいものです…

2008/11/8(土) 午前 11:22 Kayo

Kayoさん こんにちは

何時の時代の人も、やはり水が無かったりすると辛いと思います。

そこを解ってあげれる、リーダーこそ本当の指導ができる

のだと思います。

2008/11/8(土) 午前 11:28 [伊 達 政 宗]

伊達政宗殿
ご機嫌麗しゅうございます。宇喜多でございます。
柴田勝家は好きな武将の一人ですね。人間的にも素晴らしいと思います。鬼柴田・瓶割り柴田・かかれ柴田などの異名を持つ、戦国を代表する屈強な武将ですが、実は情に満ちた一面がありました。勝家の配下だった前田利家は、迷ったあげく秀吉方に付きました。これにより勝家は秀吉との戦いに敗れる訳ですが、彼は裏切った前田利家を責めませんでした。逆にこれまで仕えてくれた労をねぎらったと聞きます。NHKの「そのとき歴史は動いた」を見て非常に感動しました。宇喜多の西勝楽町ミニ曳山に、柴田勝家の人形を作って乗せています。勝家殿にポチでござるwww

2008/11/9(日) 午後 9:36 権中納言・宇喜多

宇喜多殿 こんばんは

今回、柴田勝家公について書きましたが、彼は誠に人情の方で

また、戦も強くて魅力のある武将ですね。ただ最後が悲劇に

なりましたが。彼はあれで満足だったと思います。とにかく

武将として、戦って敗れたのですから武将の死に方としては

これ以上の事は、なかったと思います。

最後に、傑作ポチ感謝いたします。有り難うございました。

2008/11/9(日) 午後 10:03 [伊 達 政 宗]


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