【自由な城】

そろそろ、寒くなってきました。風邪には注意しましょうね。〔伊達政宗〕

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 今日は、なんだか書く事がなかなか浮かばなくて困ってます。いつもならもっと

書けるのに調子が悪いですね。まあこんな時もたまにはあるのかなと思いながら静にしてます。

 少し疲れたのかも知れませんね。でもまた書きだすと思うので気楽に待つことにします。

 戦争はとても汚いものである。要は、ありとあらゆる手段をつくして相手を騙して

要するに最後は勝つものであると「韓非子」は説いている。「孫子の兵法」の

「兵は詭道なり」もこれに近い。

 一般に日本人は、ペテンや謀略というものを嫌う傾向が強いのではないか。しかし、ペテンや謀略

は、人間の社会にはつきものである。まして国と国との戦争となれば、日常茶飯事といってよい。

謀略やペテンは、それを仕かける側が悪いというよりは、その罠にかかるほうが甘いのである。

 人生は、ある意味で戦いである。この戦いを生き抜くには、こうした謀略に引っかからない

ような慎重な生き方が望まれる。こちらからあえて相手をペテンにかけることは控えたほうがよい。

だが、現代のせせこましい世の中を渡っていくには、いたるところに罠が仕掛けられている

ぐらいに思って用心するに越したことはない。

なお、「兵は詭道」とは「右を左と言い上を下と言う。速いと言えば遅くし長いと言えば短くする。」

このような事いう、これらを駆使して戦術は立てるものである。

伊達の鉄砲隊

 天正18年(1590)8月、豊臣秀吉は小田原北条氏を滅ぼした後、会津黒川城に軍を進めて

威光を奥羽の地まで誇示した。

 先の6月に秀吉に臣従した政宗は居城の黒川城を明け渡すに際し、小十郎の指揮のもと、3000騎

を集めて縦横自在の軍事教練をやってのけた。

 黒と金を基調にした伊達軍団の軍装は目がくらむほどの美しさと雄々しさに満ち、秀吉傘下の諸将

は奥州を制したその「強さ」を改めて見せつけられた思いがしたであろう。小十郎の指揮には一分の

隙もなく、彼が披露した鉄砲隊のつるべ撃ちの迫力は、諸将の度肝を抜くに十分であった。

 この時、天下人たる秀吉は、小十郎に向かって思わず、「片倉の道中活火縄(いけひなわ)勝って

たるべし」とたいへんな特例を許可してしまった。

 つまり、火縄銃に点火したまま、日本中往来してもよいとのことで、伊達一の家臣片倉小十郎景綱

に許されたのである。

 秀吉はこの特例に田村5万石をくわえて、小十郎をわが陣営に誘い込む腹づもりであったが

小十郎は応じなかった。しかし、「道中火縄勝手」の特例だけは、ありがたく拝受したという。

 なお、小十郎はこの鉄砲隊に一段と訓練と工夫を重ね、彼らを馬上で鉄砲を放つ「騎馬鉄砲隊」に

仕上げた。鉄砲隊の破壊力と騎馬隊の機動力をそれぞれ取り入れたもので、鉄砲は馬上でも

扱えるようになっていた。

 この片倉の鉄砲隊は、慶長20年(1615)の大坂夏の陣の際、大坂方の豪傑・後藤又兵衛を

討ち取るなど、その威力を発揮し、政宗を喜ばせた。

 

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