【自由な城】

そろそろ、寒くなってきました。風邪には注意しましょうね。〔伊達政宗〕

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きんぴらごぼう

「きんぴら」は「金平」で江戸初期に流行した人形浄瑠璃「金平浄瑠璃」にちなむ。金太郎で有名な

坂田金時の子供で坂田金平の武勇伝で、そこから丈夫で強く荒々しいものを「きんぴら」と呼ぶように

なった。唐辛子を利かせたごぼうの料理も固くて辛いことから、やはり「きんぴら」と呼ばれた。 

福島正則の一言

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福島正則の側近が、「この頃の世の中は、昔に比べると本当に悪くなりました。いったい

これからどうなるのでしょう」と言った。正則は笑った。「昔からそういう言葉をよく聞く。

とくに今の若い連中はなっていないという言い方で、昔と今を比べる。が本当にそうだろうか。

われわれが若い頃も、年寄りからは今の若い奴は仕方がないし言われたものだ。その繰り返しだ

あまり気にするな」と応じたようだ。

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 伊豆を征服した北条早雲はさらに、相模国に進出し小田原に拠点をかまえた。北条氏は五代で

滅びる。滅ぼしたのは豊臣秀吉だ。秀吉は北条氏が治めていた土地に徳川家康を入れた。が、家康は

北条氏の旧領が非常に治めにくかったという。後年、勝海舟はこの辺を分析して、「家康公が

関東地方に入って、特に旧北条領が治めにくかったのは、北条氏の政治が行き届いて民に温かかった

からだ」といっている。北条早雲は伊豆から相模国を治める時に、まず税金を安くした。そして

いままでの経験から、薬事に詳しかったので、どんな貧しい病人でも救った。特に、老人の

一人暮しの家には兵士を介護人として二人ずつ交替で添えた。こういう状況が、四代にわたって

続いた。小田原は、全国の商人が集まって賑いをきわめた。しかしその根源は、

「民は子だ。国主は親のような気持にならなければいけない」という北条早雲の言葉にある。

名古屋市の「浅井」の事故米を、同じ名古屋市の「ハラキン」が精米してスーパーなどに販売した

ことが岐阜県の調査で分かった。「ハラキン」は「事故米とは承知していなかった」と述べている。

これは、名古屋のケースだが、これはほかでも起きている可能性がある。しっかりとした

調査が必要である。

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