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有馬晴純

有馬 晴純(ありま はるずみ、文明15年(1483年) - 永禄9年2月28日(1566年3月19日))は肥前の戦国大名。

島原半島一帯を支配下に治め、貿易を独占して有馬氏の最盛期を創出した。その実力は時の将軍・足利義晴にも認められ、1539年、義晴から「晴」の字をもらうとともに、修理大夫に任じられている。

1546年、龍造寺家兼の居城・水ケ江城を攻めてこれを落とすが、二ヵ月後に家兼の逆襲を受けて奪還されてしまう。その後、晴純は次男・純忠を大村氏へ養子に出したりなど、政略により肥前支配を固めた。

しかし、晩年からはポルトガル船が支配地に入港するようになる。これによる南蛮貿易の利益で有馬氏はさらに発展したが、同時にキリスト教も広まるようになった。だが、晴純はキリスト教を嫌い、激しく弾圧したという。

その後は嫡男の有馬義貞に家督を譲って、隠居して悠々自適の生活を送った。

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