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昨日知人のお見舞いに行った。
50代前半のご婦人で、二週間ほど前に脳梗塞を起こして緊急入院した。
最初は集中治療室に入れられて、半身が不自由になり、しゃべるのも上手くいかなかったそうだ。
まだ二週間しかたっていないのだが、リハビリしながら、しゃべるのはほとんど聞いていて違和感ないほどに回復していた。
でもまだ左半身は不自由で、車椅子も必要だ。
最初は泣いていたそうだ。一緒に行った娘さんが言ってた。
でも今はそんな気配は微塵もない。
家族が支え、肉親が支え、親戚、友人が支え、それを純粋に受け入れることが出来る彼女は、
その事が心から嬉しくて、ありがたくて、
「かつてないほどに、今心が平和で豊かなんですよ」
「病気になってこんなに心が豊かになれるとは思わなかったわ」
「なんだか笑い上戸になっちゃって、なんでもかんでも可笑しくて仕方がなくて、笑ってばかりいるの」
と言っていた。
あんなに幸せそうな彼女を見たのも初めてだし、
あんなに幸せそうな入院患者のお見舞いに行ったのも初めてでした。
経験自体が創造である。存在する者すべてがクリエーターだ。
病気という経験を通して創造をする者もいる。
同情は湧かないし、いらない。
あるとしたら、感歎と感動と尊敬と祝福と感謝くらいなものだろう。
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みんな病気という言葉にばっかり敏感で、人の心に鈍感すぎる。 (ひとりごと)
2008/3/13(木) 午前 1:05