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生きる勇気が湧いてくる一冊

彼は自己に課せられていると感じた義務について
しばしば語っている、それは自己の芸術を通じて
「不幸な人類のため」「未来の人類のため」に働き、
人類に善行をいたし、人類に勇気を鼓舞し、
その眠りを揺り覚まし、その卑怯さを鞭うつことの義務である
(片山敏彦訳『ロマン・ロラン全集【14】』所収
「ベートーヴェンの生涯」みすず書房 P46)

「ベートーヴェンの生涯」1923年アシェット社版
ロランの自筆献辞入り(筆者所有)

仏アシェット社から1923年に再刊されたロマン・ロラン著『ベートーヴェンの生涯』である。ロランの自筆でベートーヴェンの楽節(「善への美〈 Das Schöne zum Guten 〉」)が書き込まれている。本作の初版は1903年、シャルル・ペギーの「カイエ・ド・ラ・キャンゼーヌ(半月手帖)」から出た。ロランが広く世に知られるきっかけとなった作品である。

本書の序文は気高く、やさしく、そして美しい。この数ページに慰められ、救われた人も多いのではないか。

「生活はきびしい。
魂の凡庸さに自己を委ねない人々にとっては、
生活は日毎の苦闘である。
そしてきわめてしばしばそれは、
偉大さも幸福もなく
孤独と沈黙との中に戦われている
憂鬱なたたかいである。
貧と、厳しい家事の心配と、
精力がいたずらに費える、
ばかばかしくやりきれない仕事に圧しつけられて、
希望もなく
悦びの光線もない多数の人々は
互いに孤立して生き、
自分の同胞たちに手を差し伸べることの
慰めをさえ持っていない」
(片山敏彦訳『ロマン・ロラン全集【14】』所収
「ベートーヴェンの生涯」みすず書房 P8)

「善のために悩んだ偉大な魂の人々、
雄々しい『友ら』の一群を
人々の周りに据えようと私が企てるのは
人々に助力を贈るためである。
『卓越せる人々の生涯』のこの一群は、
野心家たちの慢心へ語りかけるためではない。
これらの伝記は不幸な人々に捧げられる。
しかも詮じ詰めればいったい誰が不幸でないであろうか?
悩める人々に、聖なる苦悩の香油を捧げようではないか。
われらは戦いにおいて孤独なのではない」(同・P8)

「思想もしくは力によって勝った人々を私は英雄と呼ばない。
私が英雄と呼ぶのは心によって偉大であった人々だけである」
(同・P9)

「(ベートーヴェンが言ったように)
『私は善(ポンテ)以外には卓越の証拠を認めない。』
人格が偉大でないところに偉人は無い。
偉大な芸術家も偉大な行為者もない。
あるのはたださもしい愚衆のための空虚な偶像だけである(中略)
成功はわれわれにとって重大なことではない。
真に偉大であることが重要なことであって、
偉大らしく見えることは問題ではない」(同・P9)

「彼らが力強さによって偉大だったとすれば、
それは彼らが不幸を通じて偉大だったからである。
だから不幸な人々よ、あまりに歎くな。
人類の最良の人々は不幸な人々と共にいるのだから。
その人々の勇気によってわれわれ自身を養おうではないか。
そしてわれわれ自身があまりにも弱いときには、
われわれの頭を
しばらく彼らの膝の上に載せて憩わせようではないか。
彼らがわれわれを慰めるだろう。
これらの聖なる魂から明澄な力と
強い親切(ポンテ)さの奔流が流れ出る」(同・P9)

「人生というものは、
苦悩の中においてこそ
もっとも偉大で実り多く
かつまた最も幸福でもある」(同・P9)

「(ベートーヴェンが)
その苦しみのただ中にあって祈念したことは、
彼自身の実例が
他の多くの不幸な人々を支える力と成るようにということであり、
『また、人は、自分と同じく不幸な一人の人間が、
自然のあらゆる障害にもかかわらず、
人間という名に値する一個の人間となるために
全力を尽したことを識って慰めを感じるがいい』
ということであった」(同・P9)

「彼の実例によって、
人生と人間とに対する人間的信仰を
われわれ自身の内部に
改めて生気づけようではないか」(同・P10)

「ベートーヴェンの生涯」初版本
(1903年 カイエ・ド・ラ・キャンゼーヌ 筆者所有)

本書には特徴的なベートーヴェンの言葉も多数引かれている。

「忍従、自分の運命への痛切な忍従。
お前は自己のために存在することをもはや許されていない。
ただ他人のために生きることができるのみだ。
お前のために残されている幸福は、
ただお前の芸術の仕事の中にのみある。
おお、神よ、
私が自己に克つ力を私にお与え下さい」(同・P29)

「ソクラテスとイエスとが私の模範であった」(同・P31)

「今の時代にとって必要なのは、
けちな狡い卑怯な乞食根性を
人間の魂から払い落すような
剛毅な精神の人々である」(同・P46)

「困難な何ごとかを克服するたびごとに
私はいつも幸福を感じました」(同・P49)

ロランは最後に述べている。

「われわれが
悪徳と道学とのいずれの側にもある
凡俗さに抗しての果てのない、
効力の見えぬ戦いのために疲れるときに、
このベートーヴェンの意志と信仰との大海にひたることは、
言いがたい幸いの賜ものである。
彼から、勇気と、たたかい努力することの幸福と、
そして自己の内奥に神を感じていることの酔い心地とが
感染して来るのである」(同・P48)

「不幸な貧しい病身な孤独な一人の人間、
まるで悩みそのもののような人間、
世の中から歓喜を拒まれたその人間が
みずから歓喜を造り出す――
それを世界に贈りものとするために。
彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す。
そのことを彼は次の誇らしい言葉によって表現したが、
この言葉の中には彼の生涯が煮つめられており、
またこれは、雄々しい彼の魂全体にとっての
金言でもあった――『悩みをつき抜けて歓喜にいたれ!』
(Durch Leiden Freude.)」(同・P50)

本書の邦訳は多いが、みすず書房の『ロマン・ロラン全集』は第14巻に片山敏彦訳を収録している。岩波文庫などでも出ているが、青空文庫なら無料で読める。


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