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友情の果て

R・Rはぼくにとって小事件ではなかった


フランスの作家ロマン・ロランと、ロランに見いだされたルーマニア生まれの仏語作家パナイト・イストラティの自筆である。1926年4月24日付で、イストラティの妻アンナに宛てたもの。当時ロランが暮らしていたスイス・ヴィルヌーヴの風景を写した絵葉書に、2人がそれぞれ自筆でメッセージを書き込んでいる。

「2人からの挨拶を送ります パナイト・イストラティ」
「私たちの親愛なるパナイトと一緒に
あなたが来られなかったことが本当に残念です ロマン・ロラン」

仲睦まじい様子が伝わってくる。1926年といえば、自殺未遂をしたイストラティが、ロランの知遇を得て作家としての地歩を固めたころに当たる。

フランス「ロマン・ロランの友の会」が公開している資料「ロマン・ロランの自筆(AUTOGRAPHES DE ROMAIN ROLLAND)」によれば、まったく同じ日に、2人は知己の版画家フランツ・マズレールにも同様の葉書を送っている。再会の喜びを親しい人たちと分かち合いたかったのだろうか。


しかしその後、ロランとイストラティの関係は破綻する。イストラティは誕生間もないソ連を何度か訪れ、その見聞を一冊の本にまとめた。その中で、ロランの秘書で後に妻となるマリーのことをソ連のスパイだと非難したのだ。

ロランと親しかった詩人デュアメルもイストラティと同じような見方をしていたというから、まったく根拠のない話でもなかったのかもしれない。しかし、友人の書いた本の中に自分の大切な人の悪口を発見したら、腹立たしくもあり、悲しくもあるだろう。ロランはイストラティに、「わたしにとって大切な女性(そしてあなたは、彼女がわたしにとって大切な人なのを知っておられた)を侮辱しておられる半ページ」のゆえに、「さらば。[…]わたしは断ち切る」※1と告げる。2人の決裂は決定的となった。

イストラティはロランを嫌ったわけではない。むしろ最期まで慕い続け、感謝を忘れなかった。1933年、ロランの友人で「ヨーロッパ」誌の編集長を務めていたジャン・ゲーノは、イストラティから届いた手紙の内容をロランに伝えている。

「彼(※ロラン)を怒らせたことをお詫びするが、
彼はぼくが正直な男でいつづけたし死んで行くことを、
わかってくれることができたのです。
ぼくは、現在の彼の友人たちに宣言されたような
《身を売った男》ではない。
ぼくは、なおも10年前の彼の序文
[彼の処女作『キラ・キラリーナ』へのロランの序]に忠実です。
そしてぼくはけっして彼を愛することを止めたことはなかった。
しかし君が言うように、ぼくが彼に手紙を書くのは無益だと考えます。
そうなんだ。すべては終わった。
すべてのことは死ぬのです。
(ところで、彼の最近の本《告知する女》を
速かに送らせてくれたまえ。
ぼくの知らない唯一のものなのだから。)
おお、その通りだ! 
R・Rはぼくにとって小事件ではなかった」
(1933年3月10日付 ロラン宛ジャン・ゲーノの手紙)※2

この手紙をきっかけに2人の交流は再開するが、残された時間は少なかった。1935年、イストラティは突然、この世を去ることになる。

「パナイト・イストラティが死にました。
昨晩、ブカレストからの電報で知ったのです。
まだ何ら詳細はわかりません。
あの不幸な男が自殺ではなかったことを望みます。
彼が落ち込んだ咎むべきあらゆる錯誤にもかかわらず、
人びとは彼にたいして恐ろしく厳しかった(中略)
彼は絶望に追い詰められたにちがいありません。
自分の情熱的不条理の突風の――そして
彼を弄んだ危険な友人たちの餌食だったのです。
わたしはこの死を悲しみます」
(1935年4月17日付 ジャン・ゲーノ宛ロランの手紙)※3

「イストラティは、
一瞬の輝きののちに消え失せた彗星には属しません。
彼のことは長く語られるでしょう。――もっとたてば、
一巻の彼の書簡集が出版されるようにもなるでしょう」
(1935年4月20日付 ジャン・ゲーノ宛ロランの手紙)※4

その予言通り、1987年と1990年に、ロランとイストラティの往復書簡集が出版された。

※1 ベルナール・デュシャトレ著/村上光彦訳『ロマン・ロラン伝』みすず書房 P321
※2 みすず書房『ロマン・ロラン全集【41】』山口三夫訳 P250
※3 みすず書房『ロマン・ロラン全集【41】』山口三夫訳 P317
※4 みすず書房『ロマン・ロラン全集【41】』山口三夫訳 P319


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