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成熟に20年を要した傑作戯曲

生命の力は死の力より強い
(片山敏彦訳『ロマン・ロラン全集【10】』所収
「愛と死との戯れ」みすず書房 P352)


ロマン・ロランの戯曲『愛と死との戯れ』の校正刷りである。1925年に出たサブリエ版の校正刷りで、「12 DEC. 1924」とスタンプが押してある。ロランの自筆で「修正後に校了」と書き込まれているので、最終の校正刷りだと思われる。


『愛と死との戯れ』はロランの「フランス革命劇連作」の一つで、1924年6月、スイス・レマン湖畔のヴィルヌーヴで書き上げられた。ロベスピエールの恐怖政治を背景に、愛と死を巡って揺れ動く登場人物の相克を描き、人間の根源的な問題を浮き彫りにしている。本書を捧げられた作家シュテファン・ツヴァイクが、「ロランがこれまでに仕上げた最も完璧なもの」(ツヴァイク著/大久保和郎訳『情熱の人ロマン・ロラン』角川文庫 P336〜337)と評した傑作だ。

校正刷りにはロランの自筆で各所に修正が加えられている。着想から脱稿まで20年以上の成熟を要した本作にかけるロランの情熱と真剣さが伝わってくる。


「君は、わしらが閉じ込められている気狂い部屋がどんなものか、
その中では理性的な言葉を口に出すことがどんなに不可能なことか、
それを十分に想像することはできないのだ」
(片山敏彦訳『ロマン・ロラン全集【10】』所収
「愛と死との戯れ」みすず書房 P387)

「僕は打算的な沈黙者どもを憎む」(同・P388)

特定の価値観に憑かれ、熱に浮かされた人々の間では、どんな理性的な言葉も、彼らの気に入らなければ裏切りとなる。その集団を信頼し、人々のためを思ってした言動であっても、彼は反逆者の烙印を押され、追放される。革命時代に、それは死を意味しただろう。21世紀の日本にも、そんな「気狂い部屋」はある。狂っていると知りながら、保身のため集団の利益に献身する臆病者や卑怯者も少なくない。

「真理や愛や、
あらゆる人間らしい徳性や自尊心を
未来のために犠牲にするということは、
とりも直さず未来そのものを犠牲にし亡ぼすことだ。
正義は罪に汚れた地面からは生えはしない」(同・P399)

人間は結局、何かを信じ込んで生きていくものだとしても、偽善や欺瞞から生まれる未来は偽りの世界、かりそめの人生でしかないと思う。

「卑怯者と暴君ばかりの卑怯な時代に、
一つの自由な魂の実例を示すならば、
それはもうわし一個の生命ではないのだ」(同・P400)

19世紀末から第1次、第2次大戦へと続く困難な時代に、獣性に抗して人間らしさを失わなかったロランの「自由な魂の実例」は、現在もより良く生きようと望む人々の希望であり続けている。

「ソフィー(心に苦悩をたたえて) ほんとうに
せめて一人の子供でも残してあれば!
……いったいなんのために、なんのために、
人生が私たちに与えられたのでしょう?

ジェローム(確固として) それに打ち克つために」(同・P414)


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