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『ヘドバン VOl.22』はなんとX JAPAN(当時はX)の『BLUE BLOOD』(1989)30周年記念号だそうです。もうメジャー・デビューを果たしてから30年も経つんですね。
私は当時6歳〜7歳だった気がします。宮崎勤元死刑囚の女児殺害事件の年でもあったので、この年はよく覚えています。なぜなら、平成時代が始まった年でもありますから。平成というと幼稚園の壁に「へいせい」とひらがなで書かれていて、門松や鏡餅やら動物やらの絵が描かれていたのを覚えているからです。その年ですね。
私が鼻タレ小僧で幼稚園バッグに制服や遊び着で身を包んで幼稚園バスで送り迎えして幼稚園の先生が「おはよう〜!」「さようなら〜!」と声をかける最も平和な時期。幼稚園の卒園を迎える時期が平成の始まりで、小学校入学と同時に1989年度はスタートしたわけです。その時にX JAPANはメジャー・デビューした。
当初はBURRN!で「アニメのサビかと思ってしまった」とか「まるでメタル歌謡のようだ」などとこき下ろされたのが1986年〜1988年あたりで、メジャー・デビュー・アルバム『BLUE BLOOD』(1989)がリリースされると手のひらを返したように高評価をした。これは彼らの音楽がIRON MAIDENやHELLOWEENに影響を受けていることを堂々と公言したことが大きかったと思います。
それまではIRON MAIDENのように70年代パンクと70年代プログレだけとか、あるいはJUDAS PRIESTのように正統的なハードロックからヘヴィメタルに移行したりとか、もしくはMETALLICAのようにスピードを上げてみるとか、ぐらいしかなかったと思います。90年代にはデスメタルにメロディというだけでマニアが驚愕した時期がありましたが、この時は同様に今では当たり前とも思えるメタル・サウンドとメロディの同居が仰天した時代だったのです。でも、これがのちのメタル・バンドに多大な影響を与えたことは紛れもない事実です。ここからメタル・バンドが増えた。
今でこそメロデスだって当たり前なわけですが、90年代はデスメタルとメロディに仰天したし、それと同じように80年代はそもそも正統的なメタル・サウンドにメロディを乗せることが仰天した事実だったのです。その10年間でシーンはだいぶ変わりました。
ノートルダム大聖堂の火災もあって世界が傷心し悲しみに暮れている現在ですが、音楽でも聴いて張り切って行きましょう。好きな音楽でいいですからね。
あと”メロパワが主戦場の人”のウソが見破れる理由はここにもあります。例えば「楽しい時に聴く明朗な音楽」と「悲しみに暮れた時に聴く明朗な音楽」があって、さらに「楽しい時に聴く悲哀な音楽」と「悲しみに暮れた時に聴く悲哀な音楽」はぜんぜん違いますからね。”メロパワが主戦場の人”は同じ音楽ばかり聴くとか言ってバカにしているわけですが、それはむしろ、あんたに根気がないからだと思ってしまうわけです。だから試験とか自分にとってイヤなことがあると逃げてしまう(強迫神経症?)。
大学に行ったから勉強し慣れているわけではないですよ。なぜなら、この世は正解なんてひとつたりともありませんから、勉強の仕方なんて未だに分かっていない人だらけです。学校教師なんてもっと分かっていませんよ。それが本当に分かったら全員が偏差値70以上に達してなければおかしい。むしろ、みんな嫌々ながらも仕方ないから勉強してクリアすると楽しいことが待ってるな〜と思ってやってるだけです。
勉強の仕方と同様に音楽を聴いた感じ方は人によっても違って当たり前だし、そもそも同じ音楽を聴いても、自分の気持ちが違えば当然違って聴こえてくるわけです。まさに自然(風の音や川の流れや木々の囁き)と同じなのです。つまり、いくら90年代へヴィロックを薦められても、私は法学出身だけに正義感があって、基本的に何があっても暴力反対のタイプなので、暴力的な音楽はもう二度と聴きたくないのです。
それぐらいは”メロパワが主戦場の人”以外の真面な考え方を持っている人は分かるでしょう。キリスト教のカトリックだって聖フランシスコが小鳥に話しかけるところからスタートするわけです。それは情報化社会(自然)は変わらず、人間の気持ちが変化することによって見方が変わることを言っているわけです。それをキリスト教では「イエスは言われた。〜〜〜」などと訳の分からない理屈で諭すわけですが。
それと浦和高校は県立ではなく市立でしたね。母方の伯父と東京のオバハンはここの卒業生です。20代の頃に我が家(福岡県)と東京のオバハンの家(埼玉県)がなぜそんな遠距離で出会うのか、初めて知った瞬間だったのです。
あと、私はもともと埼玉県民でもないし、中高一貫に通っていたので公立高校は知らないのです。自分にとってどうでもいいことは省くんです。小学校高学年の時に通っていた進学塾の先生に「〇(普段から名前で呼ばれる)はどう見ても私立タイプだよな」と言われたのを今でもハッキリと覚えていて、小学校の内申書で「音楽が”たいへんよい”」だった反面で「体育が”ふつう”」なのを見ると、やっぱ自分は公立タイプのオールラウンダーではないな〜と、自らを悟っていたのでした。
悟ることは私だけではありません。藤原正彦(数学者)氏も「京(けい)」という単位を知らない。数学は大きい単位を「10の何乗」と表すから、学者ほど知らない。
むしろ、教科書レベルの方こそ最も重要で、だからこそこうやって高校生でも吹奏楽部で「紅」が演奏できるようになる。知っているかどうかは口では分かってもらえない。結局、小学生はどうか…というぐらいだが、せめて中学生なら「4拍・8拍・16拍」とリズムは倍々に増えて行くんですよ、というのは授業で聞いているはず。
分からない、知らない、という理由はたったひとつで、基本が出来ていないのです。応用問題も基本を理解して、基本問題が出来ないと応用問題も出来ない。実は本当に優秀な人ほど基本を疎かにしないんです。これはHR/HMも決して特別なわけではない。
1986年〜1989年はX JAPANの「紅」がこんなにブームになるとは思ってもみなかったみたいですね(山野車輪『ジャパメタの逆襲』参照)。それだけ日本の音楽ファンはメロディを重要視するということでしょう。あと、著者が1971年生まれだということを考えれば本当に”メロパワが主戦場”なのは1970年代生まれだと分かるはず。
もっと言うと「HELLOWEEN大好き!」とか言いだすのはEDGUYのトビアス・サメット(1977年生まれ)の前後のファンで、トビアス・サメット自身がEDGUYのライヴでもAVANTASIAのライヴでもことあるごとに「俺がここにいるのはミヒャエル・キースケのおかげだからね!」と話しているのはマニアの皆さんならよく知るところ。シーンはこうやって成り立っており、私(1982年生まれ)はかなり後ろの方ですね。
【ニューソース】
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