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奥多摩のとある山奥にあった集落が、この倉沢村。
私が廃墟に興味を持ったきっかけの場所であり、初めて訪れた場所でもある。
もともと炭焼きで生計を立てていた小さな集落に、昭和19年鉱山住宅がこの土地に建設される。雛壇上
の土地には共同浴場・食堂・床屋・売店・娯楽上などもあって最盛期には200人以上の人々が暮らして
いたが、新たに社宅が別の場所に建設され昭和40年代には無人に。
残念ながら2005年11月に解体されてしまいました。
左から
1枚目:階段の両脇には本来建物があったはずだが
2枚目:ご覧の有様・・・
3枚目:山の斜面に唯一現存していた建物
4枚目:貯水槽だろうか?
5枚目:共同浴場跡
6枚目:食堂の厨房跡
7枚目:村の奥にあった鳥居
8枚目:朽ちかけたお地蔵様
私が初めて訪れた廃墟であり非常に楽しみにしていた分、解体されているのを見てショックも大きかった
が、村の構造・かすかな残留物に触れ、いつの間にか興奮している自分に気づいてしまった。
この場所を機に廃墟の虜に・・・
探索日:2006.11.25
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この集落、やはり撤去されてしまったんですね。
私も10年ほど前に訪れたことがあり、その後再訪したかったのですが、
その前に解体されたという話を聞き、そのまま行きそびれています。
その当時の写真を、一昨年のブログ開設後間も無く記事にしていましたので、
TBさせていただきますね。
(写真はごく僅かですが・・・)
[ Kitaro ]
2008/2/3(日) 午後 11:37
解体される前に行っていたんですね!
かなり羨ましいです!
もう少し早くこの集落・この趣味に気付いていれば・・・
紹介されているHPを自分も偶然見て衝撃を受けて探索に出掛けたものです。これがこの趣味に走るきっかけでしたよ。
2008/2/4(月) 午後 10:51
TBありがとうございます。
改めて拝見すると、まだ建物が残っているうちに一度見に行けてよかったなぁ、と思う半面、
こんなに早く解体されてしまうのなら、
もっと沢山写真を撮っておけばよかったと、残念でなりません。
[ Kitaro ]
2009/2/14(土) 午後 11:38
解体されているとは全く考えていなかったので、目の当たりにした時は相当ショックでした・・・
しかし何も無い場所でも十分興奮し楽しく探索する事が出来ました^^
ただやっぱり羨ましいですね。。
2009/2/15(日) 午後 2:14