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今までに桃太郎神社、布袋大仏とB級スポットをご紹介してきましたが、今回は第3弾。 今回ご紹介する関ヶ原ウォーランドは、約1万坪の敷地内に彩色した実物大のコンクリート像を配置して関ケ原の合戦を再現している場所なのです。 なんと開園は、東京オリンピックが開催された昭和39年と歴史は古いのです! 「我こそは武田信玄の亡霊じゃ!!もう争いはやめい!ノーモア関ヶ原合戦じゃ!」 いきなり武田信玄の亡霊が出てくるあたりB級スポットですよね〜^^ ただ、他は徳川・石田の東西両軍の武将や陣地などちゃんと再現されていますのでご安心を♪ 園内にあるコンクリ像の有名武将には立て札が付いているので、関ヶ原の合戦をあまり知らなくても、自分の知っている武将を探し出して見るのも面白いかもしれません。 山内一豊は関ヶ原合戦の後に、戦前の功績を高く評価され土佐一国を与えられました。 以前からの山内家家臣を上士、それまで土佐の領主だった旧長宗我部氏の家臣を郷士とした差別的扱いが生まれ、これが幕末まで続いた事によって坂本龍馬をはじめとした郷士達の爆発が起きるのです。 ちなみに、園内にあるコンクリ像は桃太郎神社の像も制作した浅野祥雲作になります。 今回の東海ツアーでは他にもう1ヵ所浅野祥雲作の像が置いてある場所に行ったのですが、これだけ面白みのある像であれば他にも色々と見学したくなってきます^^ 今まさに討ち取られる瞬間かもしれませんが、何か良い表情していますね〜♪ この戦いの様子なんて、雰囲気が伝わってきて上手く作られているのではないでしょうか! 西軍を裏切り徳川家康の東軍に味方した当時19歳の小早川秀秋。 内応を約束しながら動こうとしない秀秋に家康は、裏切りを促す為に秀秋陣地に向けて発砲したと言われています。その時の様子を再現しているのでしょうか。 秀秋が寝返った事により東軍に勝利をもたらしたのですが、関ヶ原から僅か2年後の21歳で秀秋は亡くなっています。 石田三成との友情をとり、勝ち目の無い戦いに命をかけた大谷吉継の自害の様子・・・ 大谷吉継は、自害する前に側近の湯浅五助に「病み崩れた醜い顔を敵に晒すな」と伝えて果てました。 五助は主君の命を守り、取った吉継の首を戦場から離れた場所に埋めたのですが、五助は藤堂高虎の軍に所属する藤堂高刑に発見されてしまいます。 五助は、「私の首の代わりに、主君の首をここに埋めたことを秘して欲しい」と頼み、藤堂高刑はそれを受けて五助の首を取りました。 徳川家康に五助の首を見せた際に家康は手柄を褒めつつ、大谷吉継の側近中の側近である五助なら主君の居場所も知っているはずと、高刑を詰問しました。 「知らない事はないが、五助と他弁をしないと誓って首を取ったのでこのことはどなた様にも言えませぬ。どうぞ、私を御処分くだされ」と高刑は答えるのです! 吉継の首の在処を言えば、更なる大手柄になるというのに頑として在処を言わない姿勢に家康は感心し、自分の槍と刀を与えたという話が残っています。 様々なエピソードを再現しているので、関ヶ原の合戦の内容を知っていれば本当に面白いと思いますし、知らなくても広い敷地内に配置されているコンクリ像の表情を見るだけでも満足になる場所になっていると思います^^ 探索日:2008.8.21 地図
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SPOT:東海北陸地方






おはようございます。
すぐそばの国道をよく通ってたんですが
知りませんでした^^;
鍾乳洞には立ち寄った事が昔ありました。
これで満足です^^ポチ!
2009/11/15(日) 午前 8:25
このウォーランドは、ブログ仲間の記事を見て知ったのですが、バカには出来ない、なかなか内容が濃いようですね。一度、ゆっくり見てみたいですが、関ヶ原にはなかなかいけません(涙)。WP☆
2009/11/15(日) 午前 10:26
あのレストハウスのお向かいだよね??
2009/11/15(日) 午後 5:29
こんな場所があるんですね(^□^=)記念写真撮るのにこの人形とからんだりすると面白いかも。
Wポチっと。
2009/11/15(日) 午後 7:07
作り物の人形ではありますが、なんか怖いですね…
造形物には魂が乗り移るとか言いますし…
夜だったら絶対いけません(;_:)
病院の廃墟だったら平気なんですけど^_^;
2009/11/15(日) 午後 7:22
ここもまた行ってみたい〜!pochi!!
しかし、桃太郎神社以上に不気味ですな〜。
夜は入れないようになってるんでしょうが、もし、暗くなってから道に迷って、
この茂みに入り込んでしまったら、もうオシッ○ちびりそうですぅ〜!(>_<)
夜間の園内(?)、ヘタなお化け屋敷よりもコワイかも…
[ Kitaro ]
2009/11/15(日) 午後 8:18
もうB級バンザイ!
おいしくいただきました。この作者は天才ですね。
もも太郎といい、へたうまの真髄を極めています。
[ . ]
2009/11/15(日) 午後 9:44
ruins-riderさん、関が原を自転車で駆け巡った時、石田三成の陣地の近くにこのウォーランドがあったのですが、立ち寄りませんでした(^^;
こうしてみると、合戦の色々なシーンを眺めることが出来ますね!
WPいきます!
2009/11/15(日) 午後 10:39
コーラ瓶さん
ポチありがとうございます!
すぐ近くを何度も走行していましたか!
これで満足と言わず、機会があれば楽しい場所ですので是非寄って見てください
2009/11/16(月) 午前 0:25
下町おやじさん
WPありがとうございます!
B級スポットではありますが、仰るようにバカには出来ない造りになっていますよ
関ヶ原合戦場跡だけでなく、こういった分かりやすい屋外展示も併せて見ると楽しいですよ〜
2009/11/16(月) 午前 0:34
むにゅさん
向かい側にはレストハウスもありましたので、むにゅさんが仰っている場所と同じだと思います(^O^)
是非一度どうぞ
2009/11/16(月) 午前 0:36
流浪の民さん
WPありがとうございます!
確かに記念写真やネタ的な写真を撮るにはもってこいの場所ですね〜(^_^)v
2009/11/16(月) 午前 0:42
たあ坊さん
私は廃墟好きではありますが、怖いのは苦手なので夜の病院廃墟には絶対に行けません><
まだここを夜に探索したほうが良いですよ〜^^
2009/11/16(月) 午前 0:53
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
17時には閉園となってしまうので夜に入ることは出来ないのでご安心下さい(笑)
何も知らないで夜にここに放り出されたら、それは恐いかもしれませんね!
2009/11/16(月) 午前 0:56
トキジさん
この時の東海ツアーは廃墟よりもこういったB級を楽しんできましたよ^^
ここの像を造った時には作者の浅野祥雲は70代だったようなので、最後の集大成として頑張って作ったのかもしれません。
本当に最高ですよ^^
2009/11/16(月) 午前 0:58
Shaneさん
WPありがとうございます!
Shaneさんの関ヶ原の記事はよく覚えていますが、やはりここには寄っていないのですね^^;
もしまた行かれる機会があれば是非とも寄ってみてください^^
時にはこういうB級も楽しいと思いますよ♪
2009/11/16(月) 午前 1:00
ウォーランド…それはそうだけどそのままじゃない!って感じですね(笑)
でもどうしてか惹かれちゃうんですよね(*^m^*)
2009/11/19(木) 午前 8:10
ォトモさん
確かに言われてみると、名前からしてB級の要素がありますね^^
もっと違う名前だったら、この場所も違う運命を辿っていたかもしれませんね。
2009/11/22(日) 午後 3:59