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玉の井は、現在の墨田3丁目、東向島5丁目にあたるところに存在した私娼街である。 玉の井の起源は、大正7年頃に浅草観音堂裏に言問通りが開かれるに際して、その近辺にあった銘酒屋(表向きは酒場の看板を掲げ、2階で女たちが客をとるシステム)がこの地へ移ってきたのが始まりとのこと。 その後、関東大震災によって、当時1,000軒あったといわれる浅草十二階下の銘酒屋街が壊滅し、亀戸やこの玉の井に分かれて移ることになりました。耕地整理の出来ていない水田を埋め立てて作った土地のため、あぜ道の名残の細い路地が何本も、密集した銘酒屋街の中を縦横に入り組んで通っていたそうです。 昔は、そんな路地の入り口に「近道」「抜けられます」とかの表示があったようで、永井荷風の私小説「?彦東綺譚」では、「ラビラント」(ラビリンス、迷宮)と表現されています。 所轄の警察署の統計によると、昭和8年には、この街にあった銘酒屋の数は497軒、そこで働いていた女性の数は1,000人いたという。 昭和20年の東京大空襲によって全焼してしまったので、戦後に焼け残った現在の場所で営業が続けられました。銘酒屋街は警察の指導により、「カフェー」風の店(一般家屋と見分けがつくように外観的特徴としてバルコニーがあったりタイル貼りになっている)に改めさせられ、いわゆる赤線地帯となりました。 昭和33年に売春防止法施行後は、この地区に娼家はなくなり、ほとんどは商店や住宅が建ち並び、一部に町工場のある東京の普通の下町となりました。そんな中に、現在でも辛うじて当時の面影を残す建物があります。 建物だけでなく、永井荷風がラビリンスと表現した入り組んでいる路地も面影が残っていて、歩いていても面白い街でした。建物の方は現在でも住人がいたりして、撮影はかなり躊躇してしまう感じでしたが、目立たないようにサッと撮影して終了。 アールのきいたバルコニーはカフェー建築の特徴であり 1階部分の窓枠にも装飾が施されていました。 現在残っている赤線地帯の建物の中でも一番目をひく建物である。 きっとこのバルコニーからお客さんを見送っていたのでしょうね。 関連記事:呑んべ横丁と赤線跡<葛飾区立石> 探索日:2009.10.18
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SPOT:東京








へぇ〜そういう歴史のある土地なんですね。
知っていると建物の一軒一軒が途端に興味深いものになりますね^^
オシャレな窓枠とすりガラスが気に入りました♪
2010/4/20(火) 午前 11:14
街の歴史を紐解いてみると、なかなか面白い史実に出会えますね。
と同時に、この街には往時の娼婦たちの悲哀が今も其処此処に残されているような感じがします。
pochi。
[ Kitaro ]
2010/4/20(火) 午後 5:07
下町にこういった一角が残っているなんて知りませんでした(^ω^;)
確かに最後の建物はいちだんとモダンですね。でも大きな地震がきたら壊れてしまいそう。我が下町再発見にWポチっと。
2010/4/20(火) 午後 10:33
ォトモさん
赤線だった建物という目で見ないでも、
こういった窓枠の装飾や古い建物を見るだけでも楽しいものです^^
先日も近くに行ったので、ついでにこの町を歩いてきたのですが、同じようにカメラをぶら下げて散策している方がいましたよ。
2010/4/20(火) 午後 11:25
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
私の場合は赤線跡に興味があるので、町の昔の事を調べたりしますが、
赤線に限らず町の昔を調べると色々と知らないことが多く分かって面白いものです^^
2010/4/20(火) 午後 11:27
流浪の民さん
WPありがとうございます!
今ではかなり残っている建物も少ないですが、まだこうやって残っているんです。
最後の建物は赤線跡という目で見ないでも、あのバルコニーだったり見所のある建物ですが、仰るように大きな地震がきたら大変そうです・・・
2010/4/20(火) 午後 11:29
本持ってます^^
わたしも赤線跡けっこう見に行きましたよ〜でもここは未開拓;;
うちのほうの赤線跡をうpしようと思うのですが、ファイルがありすぎてどこになにがあるのかわかんなくなってしまいましたぁー!
ここは建物も雰囲気も結構残っていていい感じですね^^♪
2010/4/21(水) 午前 9:14
ruins-riderさん、東京の下町の旧赤線街、当時の賑わいを思い浮かべると今の寂れた様子がよりいっそう物悲しいな感じですね(^^ゞ
WPいきますね!
2010/4/22(木) 午前 0:59
ちぴまろさん
やはりお持ちでしたか^^
なんとか写真を探し出して記事にしてくださいよ〜♪
横須賀の方も行ってみたいのですが、まだ残っているんですかね。
先月は伊豆の赤線跡を少しだけ見学したのですが、あそこも良いですよ^^
2010/4/22(木) 午前 3:43
Shaneさん
WPありがとうございます!
かつては相当賑わっていた時期もあったのですが、今は普通の住宅地ですし赤線をしらない方であれば何の変哲もない場所です。
町の歴史を知っていると色々な見方が出来るので面白いです^^
2010/4/22(木) 午前 3:45
バルコニーがカフェー建築の特徴なんですか!
知らなければちょっと古めの住宅街ですね。
京都の五条もそういう街があると聞いてちょっと行ってみたのですが、わかりませんでした。
こういう特徴を知ってから行けば、分かったかもしれませんね。今度再度見に行ってみます。^^
[ tamazo ]
2010/4/22(木) 午後 11:31
tamazoさん
五条楽園は私も昔、見学にいったのですが
何故か写真が一枚も残っていませんでした><
五条の場合は遊郭建築なのでバルコニーは無いと思います。
確か旅館に転業して、そのまま建物が使われている場所があったような気がします。
2010/4/23(金) 午前 3:55
おお〜、我が地元!東武伊勢崎線の駅名も「玉ノ井」から「東向島」に変わってしまって淋しいですけど・・・(涙)。
鳩の街商店街も赤線の名残のあるレトロな街ですよ。
実家周辺も昭和の匂いがプンプンしています♪ポチ☆
2010/4/25(日) 午後 4:20
下町おやじさん
ポチありがとうございます!
この辺が地元だったのですね^^
鳩の街商店街も見学していますよ〜
赤線に限らずに昭和の匂いがしている場所は散策していても楽しいです♪
2010/4/26(月) 午後 10:08
おもしろい!
ためになりました。
こちらにもこういった作りの建物をみかけます。
同じような流れなんでしょうね。
2010/4/29(木) 午後 5:29
なんこさん
一概に全部がそうだとは言えないかもしれませんが、似たような造りであれば可能性はありますよね。
廃墟だと気軽に撮影できるのですが、こういった歴史があり今でも住んでいる方がいると撮影も気が引けてしまいます^^;
2010/4/30(金) 午前 1:14
バルコニーがある建物は壊されました。
[ おじさん ]
2013/9/12(木) 午前 10:56
http://www.sumida-gg.or.jp/wp-content/uploads/mirai_1504.pdf
[ nec*e*wi ]
2015/4/26(日) 午前 10:06