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かつて根津には、大きな遊郭があったのですが、東京帝国大学(現・東京大学)が本郷に出来ると、
教育機関の近くに遊郭はまずいということで明治21年、洲崎に強制的に移転させられました。
そこは現在でいう江東区東陽で、当時は東京湾の埋立地で海に突き出した出島のようで
廓だけの街だったようです。こうして洲崎遊郭が誕生しました。
昭和33年に売春防止法が制定されるまで、赤線地帯(公認売春地域)として隆盛を極めていました。
写真にある「洲崎パラダイス」のアーチは、廓の入り口にかつてあった物で三橋達也主演の映画「洲崎パラダイス赤信号」のロケ地にもなっています。もちろん現在「洲崎パラダイス」のアーチはなく、当時アーチが建っていた洲崎橋の跡地の石碑があるのみとなっています。
せっかくなので、映画「洲崎パラダイス赤信号」をレンタルして見てみましたが物語は、
遊郭地帯の外にある飲み屋を中心に話が進み、遊郭の中の映像などは出てきませんが、
当時の雰囲気を感じられ古い映画ですが意外と面白く見ることが出来ました^^
現在は、僅かばかり当時の建物が残っています。
この建物は、現在では区議会議員の事務所として使われていますが、当時の屋号がそのまま建物に付いていますし、タイル貼りのカフェー建築がよく見てとれます。
かつて、この建物の2階角の柱には「大賀」のネオン看板が取り付けられていました。
現在は八百屋さんになっていますが、こちらも当時の建物で「サンエス」という屋号です。
2階部分の柱は青いタイル貼りになっています。
画像を大きくして見てもらえれば分かると思いますが、2階ベランダの手摺に、
当時の屋号である「SSS」と入っているのです!
もう1軒有名な建物が残っているはずなのですが、発見出来ませんでした・・・
1軒ブルーシートに覆われて工事をしている家があったので、おそらくその建物だと思われます。
その後、確認していないので、その建物がどうなったのかは分かりません。
下の動画の22秒位に当時の「サンエス」が写っています。
探索日:2009.10.18
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SPOT:東京








2階ベランダの手摺の「SSS」、はっきり見えました!^^
根津には以前行ったことがありまして、そのときに周辺の建物や道がちょっと風変わりな感じを受けました。なるほど大遊郭のあとだったんですね。
昔、高齢の元芸者の方から「昔の東京の廓界では赤坂の芸者は別格。新橋が少々落ちるがまぁ普通。深川芸者は芸者にあらず」とうかがったことがあります。でもおそらく、どの遊郭で働いていたどなたもが、いろいろな事情と矜持を持ちながらお勤めされていたのだと思います。
建前だけでは知ることのできない史実。ありがとうございますのポチ☆
[ ずぼらー ]
2010/6/21(月) 午後 1:32
パラダイスって言葉が良いですねー!
ほぼ、死語でありながら、なにか、伝わってくるものがあります(^^)
日暮里界隈から本郷に抜ける道は、今でも良い下町の雰囲気が残っていますよね。根津なんて、ほんとそうです。
この辺りは、子供の頃、私の遊び場でした^_^;
2010/6/21(月) 午後 8:36
ruins-riderさん、東京の各地に赤線の跡があるんですね。
動画は廃止直後の様子でしょうか。道が広いのでびっくりしました。
今残る当時の建物をみると、彷彿としますね〜
WP行きますね!
2010/6/21(月) 午後 9:32
ここは現在の江東区の東陽町辺りなんでしょうか。さいきん度々東陽町に出向く用事があったのですが、こんな建物が残っている場所があるんですね。ビックリWポチっと。
2010/6/21(月) 午後 10:25
へ〜凄い動画が残ってるんですね。
最後の方の赤い服の女の人がとても魅力的!でももう軽く70近いでしょうか(笑)
[ MOO! ]
2010/6/22(火) 午前 0:09
ずぼらーさん
ポチありがとうございます!
根津周辺には今でも古い建物などが比較的多く残っていますので普通に楽しめると思いますが、遊郭関連の建物はないと思います。
芸妓と娼妓の違いはあるかもしれませんが、どの花街で働いていた方は色々と事情がありましたでしょうし、プライドを持って働いていたと思います。
赤坂の花街は場所柄、官僚などが来られていたようなので、そういった人達を対応する芸妓も別格だったのでしょうね。
2010/6/22(火) 午前 1:23
たあ坊さん
そうなんですよ!
このパラダイスという響きがたまりませんね^^
たあ坊さんは東京出身だったのですか!?
てっきり、ずっと茨城の方なのかと勝手に思っていました^^;
2010/6/22(火) 午前 1:25
Shaneさん
WPありがとうございます!
意外と今でも赤線跡の建物が残っているのですが、
間違いなく、これからもどんどんと無くなっていってしまうので、
今のうちに行ける場所は確認したいと思っています。
2010/6/22(火) 午前 1:27
流浪の民さん
WPありがとうございます!
永代通りの南側がこの辺りになります。
今では普通の住宅街なのですが、ある一角だけ辛うじて残っている感じです。
知らない人はもちろん気付かずに通りすぎてしまっていると思います。
2010/6/22(火) 午前 1:29
MOO!さん
凄いものが残っていますよね!
東京各地の赤線がこのような動画になって昔販売されていたのですが、そのビデオを欲しいんですよね^^;
2010/6/22(火) 午前 1:32
茨城には異動してきて、そのまま居座っちゃった感じです^_^;
実家は文京区の竹早(小石川)です(^^)
2010/6/22(火) 午前 5:41
洲崎という場所が、こういう歴史を辿ったところだとは存じませんでした。
ひとつ勉強になりました。pochi。
それにしても、当時の建物が結構残っているものなのですね。それがまた驚きです。
[ Kitaro ]
2010/6/22(火) 午後 2:00
古い建物にはそれなりに歴史がありますが。
赤線もも遊郭も死後となった今、その歴史を物語る建物
とても興味深いですね。
その頃はパラダイスが各地に有ったのでしょう。
門が残ってないのが残念ですね。
2010/6/22(火) 午後 9:48
たあ坊さん
そういう事だったのですね^^
小石川だと昔と風景が全然違ってしまっているのでしょうね。
現在の会社は小石川から歩いても15分位の場所にあります^^
2010/6/22(火) 午後 11:09
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
現在では辛うじて残っていますが、いつまでこういった建物が残っているのか・・・
消えて無くならいうちに色々な場所に見学に行きたいと思っています^^
東陽に住んでいても最近の人なら知らない事なんでしょうね。
2010/6/22(火) 午後 11:11
HIROさん
昭和初期に遊郭は全国で500ヶ所以上もあったようです!
現在ではその頃の名残がある建物はなかなか残っていないと思うので、
こういった建物はある意味では貴重でしょうね。
大門が残っている場所も今では少なそうですが、以前、福島に行ったときは大門だけが残されていました。
2010/6/22(火) 午後 11:14
もう一つの建物ってあれかな?あとでトラックバックしますから見てくださいね!もしかしたら、その建物かもしれない…
2010/6/22(火) 午後 11:51
むにゅさん
トラバお待ちしております^^
おそらく、むにゅさんが想像している建物だと思いますよ。
私より早く行かれている方の記事には間違いなく取り上げられています。
2010/6/23(水) 午前 5:20
どっちかな??2つあるから2つTBするけどアタシの場合は2つとも、トマソンとしての記事になってるわ・・でも、これ撮影は2001年だったのよ。それをスキャンしたと思ったなぁ・・・
2010/6/23(水) 午後 5:47
むにゅさん
トラバありがとうございます!
拝見させていただきましたが、無用扉2の建物が工事中だったと思うんですよ。
1の方の建物は、最近行かれた人の記事にも出てこないのでおそらくですがもう解体されてしまったと思います。
見てみたかったですね〜
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2010/6/23(水) 午後 11:07