|
富士吉田市下吉田に残る古い街並みの続きになります。
まっすぐな道の先には富士山があり、富士山のお膝元であることが分かります。
ここは、絹屋町というかつて織物の町として栄えた場所で、
多くの糸屋や染色屋が軒を連ねていたようです。
最盛期には東京・大阪・名古屋などから問屋や仲買人が訪れ、取引をしたり
市を開いたりと賑わっていたそうです。
市が開かれるときは、取引の場として一般家庭から医師宅までが使われるほどで、
反物を乗せた自転車が行きかい、また店の前などに駐輪したりで人が通り抜けるのも
困難なほどの賑わいをみせていたようです。
この一画ではその当時の面影が今でも残り雰囲気を感じることが出来ます。
ちなみに、テレビ東京で放映されている「モヤモヤさまぁ〜ず2」という番組でも
さまぁ〜ずがこの下吉田の方へ来たことがあるみたいで、このような物が展示されていました。
下吉田の街並みの中でも見てみたかったのが、こちらの建物。
この立派な建物が何に使われていた分かりますか?
プレートにも書かれているのでお分かりだと思いますが、病院として使われていた建物なのです!
※廃墟ではありません。すぐ隣には新しい自宅がり、こちらもしっかりと管理されています。
いつ頃まで使われていたものなのかは分かりませんが、内部が非常に気になるところです。
元々は料亭として使われていたのですが、廃業後に医院として使われることになりました。
戸袋や他の細部などもかなり凝った造りになっていて、建物も存在感があり圧倒されるものがあります。
昭和8年に東京からわざわざ宮大工を呼んで造らせた料亭の建物で、かつては
この建物の奥に200畳もある大宴会場もあったようなのです。
まさしく下吉田のシンボル的な建物だったことでしょう。
小料理屋で1円出せば1本のお酒と5品の料理が出る時代に、
この料亭では1人200円の料理が出ていたようです。
銀座の超高級クラブなど行ったこともないので分かりませんが、今でいうならそんなレベルなのでしょうか。
この料亭があることによって、織物の町として栄えていた頃の隆盛ぶりを窺うことが出来ます。
それにしても凄い話ですね^^;
また、出征兵士を送る壮行会場としても使われ、戦地に赴く青年達にご馳走を振舞い
皆で送り出していたこともあるようです。
色々な歴史が詰まった建物、内部の一般公開などが行われれば非常に有難いのですが。
こちらは、日昇旅館という旅館だった建物で、現在は飲み屋として使われているようです。
街をブラブラと歩いているだけで、このような建物が次々と出てくるので本当に驚きます。
放射状のストライプが描かれ、その中央に外灯が設置されています。
このライトが照らされていた当時の雰囲気はどんな感じだったのでしょうか。
日昇旅館の向かい側にはアポロと書かれた飲み屋があり、
こちらも素敵な佇まいをしています。
こちらの狭い路地にある建物が和風ユースホステル。
2階の部屋からは富士山を見ることも出来て外国人観光客に人気があるようです。
昭和11年に割烹旅館として建てられ、昭和31年頃からユースホステルとして使われています。
階段が印象的ですね。
こちらは旧下吉田町役場。
明治末から大正くらいに建てられた建物で、役場としての役目が終わった後は
一時、小学校の校舎としても使われていたときがありましたが、
残念ながら今は使われることなく放置されているといった感じになってしまっています。
役場や学校という集落のシンボルとして使われていた建物が
こんな姿になってしまっているのは寂しいことですし、きちんと保存していただきたいものですね。
下吉田の記事はまだ続きます。
|
SPOT:山梨・静岡









街並みになんとなく覚えがありますね。
しかしこの役場は年季が入ってますね。
手を入れて資料館にでも出来ないんでしょうかね。
ナイス!
2012/12/20(木) 午後 0:31
通りの道が、斜めになっている所が、良い雰囲気ですね〜
絹で栄え、また出征も見送った場所、陰陽のおもむきを感じます。
役場…もったいない…
[ 広町鈍足銀輪隊 ]
2012/12/20(木) 午後 8:00
う〜ん、見応えのある町ですね!ナイス!
かつて旅館だった、元診療所は、雨戸の戸袋にある彫刻、二段になった唐破風、
そして屋根、窓、手摺、贅の限りを尽くして建てられた感じですね。
元役場も魅力的なディティールを備えているのに、放置状態は残念でなりません。
また、日昇旅館やアポロは娼窟というかカフェー建築のようにも見えますね。
[ Kitaro ]
2012/12/20(木) 午後 10:20
これは町自体がレトロ博物館のようです。富士山が見える旅館っていいですね。
外国人バックパッカーはディープな日本の旅をしてますね(笑)ナイス!でポチっと。
2012/12/20(木) 午後 10:31
文面と写真から当時の情景が浮かんできました〜富士吉田自体、地味な町だとばかり思ってましたが、結構な賑わいをみせていた歴史ある町だったのですね…!
料亭から醫院へ転用された建物、歴史あるしなんとか指定建造物にしてもよさそうな立派な造りですね。
もう驚愕。旅館にアポロに役場とレトロ建築と町並みがすばらしすぎる。
こんなとこがあったなんて〜うちは山のほうだったので下吉田へは山越えしないとならなかったので、うどん食べるときくらいしか行かなかったし(;>_<;)
てか三村…かわいそうだけどちょっとウケる(笑)
2012/12/21(金) 午前 11:52
日昇旅館のあの外灯がメチャクチャいいですね〜(興奮!)
元町役場の建物も素敵です!窓の割れ方も良い感じ〜(☆☆)〜
屋根先の緑がお洒落です!!
[ Me ]
2012/12/22(土) 午前 0:21
あなざぁさん
ポチありがとうございます!
役場は使われずに放置されてしまっているのが勿体無いですし、確かに資料館などに使われるなら良いですね。
かなり傷んできていますし何とかしてもらいたものです。
2012/12/22(土) 午後 11:52
広町鈍足銀輪隊さん
絹で栄えた頃は関連会社の社長さんたちはかなり儲けたようですし、飲み屋に行けばモテモテだったみたいですよ。
そんな社長さんたちも行っていたであろう高級料亭。
戦争に出征していく青年の為に、青年が今まで食べたことのないような料理でもてなしたというのも、大人達の精一杯の想いが込められていて切ないエピソードです。
2012/12/23(日) 午前 0:04
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
料亭だった建物は細部にまで匠の技術が見てとれますし本当に素晴らしい建物ですね。文化財に指定されてもよさそうなんですけど。
確かなことは分かりませんがアポロなどは確かにそんな雰囲気がありますよね。
戦後に進駐軍向けに歓楽街が出来たという話もあるようなので可能性はありそうですね。
2012/12/23(日) 午前 0:12
流浪の民さん
ポチありがとうございます!
富士山が見える部屋があってユースホステルのように安い宿なら外国人には人気があるのも分かりますね。
外国人がこの街の様子を見てどんな風に感じるんですかね(^^;;
2012/12/23(日) 午前 0:16
ちぴまろさん
私も下吉田の存在を知るまでは富士吉田市の印象は富士山や湖の観光しかありませんでした(^^;;
でも、こうやって下吉田の街並みに興味を持って、絹で一時代を築いていたことなどを知れて楽しかったです。
絶対にちぴまろさんにオススメ出来る場所ですよ!
2012/12/23(日) 午前 0:20
Meさん
日昇旅館の外灯は良いですよね(^^)
旅館の建物の造りも良いですし、アポロの雰囲気、料亭の建物だったり、どこを見ても興味をひかれるものばかりで楽しかったですよ〜
役場の建物も味が出ていて雰囲気は良いのですが、このまま放置されるには勿体無いです。
2012/12/23(日) 午前 0:26
富士吉田ですか…。こんな昔ながらの建物が沢山残った街並があるんですね!素晴らしい!
いつか散策してみたい、そんな気にさせてくれる街並です。
今年も大変お世話になりました。来年もまた宜しくお願い致します!
良いお年をお迎え下さい♪ナイスポチ☆
2012/12/23(日) 午後 4:49
下町おやじさん
ポチありがとうございます!
観光地化されているような昭和レトロの街並みではなくて
リアルな感じで当時の雰囲気を感じられる建物などが随所に残っているので
散策していても本当に楽しかったですよ♪
最近はあまり訪問できずにいますが、今後とも宜しくお願い致します。
こちらこそ今年もお世話になりました。良いお年をお迎え下さい♪
2012/12/24(月) 午前 9:51